1.中堅役人のグチ(ある酒場の日常)
ジレースの民は楽天家が多い。
そもそもその創造主たる変幻神ジレースからして何事に対しても「ま、何とかなるよ」という具合。根拠も何もなくとも明日は明日の風が吹く、つまり「成るようにしかならないのだから気にするな、きっと良いことが待っているよ」が基本の考え方。何か不都合があっても、「そのうち良いことの順番は巡ってくる、今回はたまたま自分の番ではなかったのだろう」と考える。
真に平和な思考回路である。
しかしだからといって諍いが全くないかといえば、それもまたありえないのは、各々がそれぞれの考えの下生活しているのであるから致し方ないことだろう。余所見同士がぶつかって尻餅をついたなら、互いに謝って済ますことも出来るが、たった一つしかない、分けることの出来ないものを欲する場合に譲ることができるかといえば、それは困難である。
そのような当事者同士では解決できない問題には、無関係である第三者の存在が必要となる。そしてその第三者とは常に公平・公正な判断が出来る、信頼に足る存在が望ましい。
つまり当事者の意見のみならず、広い見識でもって判断を下されたならば、従うに否やはない。
では誰が適任か。
はるか昔は其の都度たまたま通りがかった第三者に助言を受けていたらしいが、そのうち「彼こそ理想の識者である」と評判の立つモノが現れた。そして評判が評判を呼び、何か揉め事が起きれば彼を呼ぶことが定着し、そうなれば彼は多忙となる。
やがて彼を手伝おうというモノが現れ、増えてゆき……
「つまりさー、役人になろうって奴は、陛下のお力になりたいってのが基本なんだけどー」
王都(王宮のある所に何となく民が集まって出来た集落)のはずれにある酒場で、二足歩行のアフガンハウンドのような客が、店主相手にグチを吐く。
人型をとった店主は、常連といってもよい客の珍しくグデっとした態度に、そういえばしばらく来店していなかったな、とその間に何かあったのだろうと察する。
「こないだ入った新人が、使えねぇだけならまだしも……」
アフガンハウンド氏、顔を俯けカウンターの上に乗せた両手で拳を握る。気のせいではなく、肩がプルプル震えているのは、よほどの力が込められているのか。
店主としては、店壊すなよ、と一言口にすべきか悩む。
が、その心配は杞憂に終わる。
客はそのままカウンターに力なく頭を落とし、何とか苛立ちをこらえることに成功したらしい。……むしろ泣いていないか……?
「無駄に気候操作に長けてて、問題をでかくしやがって……、結局陛下の仕事を増やしやがったんだー」
仕事の多すぎる陛下の手足となる筈の役人が問題を大きくした、という事らしい。いつもと雰囲気が変わるほどオツカレという事は、本来であれば役人だけで収められる問題だったか、陛下に判断いただくとしても、代理人で事足りる案件だったのだろう。
「あー、そりゃ困った新人だなー」
店主も王都の住人として、当然陛下へは敬愛の念を抱いている。役人ほどではなくとも、王都へ集まるモノたちは皆、何か少しでもお役に立てることがあるかもしれない、と胸中に思いを抱いているものだ。
何か気晴らしにでもなれば、と。
そのため、娯楽系の店が多く集まっている。ジレースの民は成体になれば飲食も必要ではなくなるため、食事もまた嗜好品であり、手を加えることは一種の芸術的才能と目されている。つまり酒場の店主も、自分で酒を造っている芸術家であり、他者の造った酒を紹介している仲介者でもある。
「早く才能ないって諦めてくんないかなー」
役人は、完全志願制である。才能のありそうなモノに声をかけることはあるが、無理強いすることはない。そして逆に、仕事を増やされて迷惑だからといってクビにすることも出来ない。
もちろん、新人のうちは失敗するだろうことは誰でも覚悟しているのだが、それでもこんな言葉を口にしてしまうような失敗というのはあまりないだろう。
「そんなに向いていないのか?」
店主もつい、好奇心が湧いてしまった。
「んー、皆知ってるかどうかわからんけどー、役人の仕事ってのは、普通は調停者なわけー。もめてる二方の主張を聞いてー、助言をするところで終わりー。この助言も、過去の例とか挙げて、双方納得いかなかったら初めて陛下のとこまで話をあげんのー。実力行使は陛下直属の代理人以上の立場にならんとしないことになってんのにー、あの、あ・ん・ぽ・ん・た・ん・が・・・・・・!!!!」
話し始めはオツカレモードだったが、またもや握りこぶしに怒りを込めて肩を震わせている。
つまり、越権行為とでも言うべきか、新人はすべきでない事をやってしまったようだ。とはいえジレースの世界には身分制度があるわけでもなく(王だけが特別)、社会構造も個体主義というか、各個体が独立して好きなことをやっていても、他にしわ寄せが来る様な繋がりはない。
幼体の育成以外で集団行動が必要となることはそうそうないのだ。故に、王都以外の集落というものは旧都(前王以前の王都)と養育村しかない。
あとは、趣味の集いとでも言うべき、同好の士が数体集まった集団くらいで、他は皆、好き好きに気に入った場所で過ごしている。
話がそれた。彼らには明確な「権利」という概念がない。そんなものがなくとも互いを尊重していれば不都合はないのである。であるから「越権」という言葉も存在しない。しかし過去からの教訓、知識の蓄積によって慣習は存在する。ついでに法律は存在しない。常識という名の慣習さえ破らなければ、滅多に他者とぶつかることはないからだ。
それが故に、「生きた法律」といえる王が多忙になるのだが、何事かもめる度に類例を作って明文化していては、法律を制定するにもとてつもなく分厚くなるし、年毎に細目が増えていくことになるので結局諦めたらしい。何代か前の王が一度は目指したのだが、揉め事の当事者たちが納得しないため、実用には向かなかったのである。ただし、現在役人が仲裁に入る折には、似たものを使っている。
「判断力もないのに、実力行使しやがって、しかも無駄に規模が大きいから修正するのに陛下のお出ましを願わにゃならんことに……」
怒りの握りこぶしはそのまま力が抜けて、またもやへにゃりと頭がカウンターに懐く。
結局のところ彼は、新人を止めること、しでかしたことの尻拭いをすることが出来なかった事実が無力感となって、己を責めているのだろう。
「まぁ、今回のことで余計なことはしなくなるんじゃないか? あんたもそんなにこだわるなよ。元気だしな」
言いつつ、店主は冷たい水の入ったグラスを差し出した。香草を水出ししたもので、ほのかにさわやかな香りがのどを通る。
「ありがとー。……でもあいつ、陛下にお会いできたって喜んでるから、まだまだやらかしそう……」
店主の心遣いに少し気分が上向くアフガンハウンド氏とは逆に、無表情ながら店主は「本当に役立たずか……」と内心でうめくのであった。
《王都の住人》
役人:王の手足となって、世界中の揉め事調停に駆け回っているため、年の大半は外回り中。ゴクロウサマデス。
都民:微力でも何か役に立てれば、と集った「芸術家」たち。気分転換用の娯楽提供者。直接王を楽しませるもよし、王の手足たる役人の役に立つもよし、という心構えで日々創作活動(料理含む)に励んでいます。
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