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3章  異形の殻

 この話は、本編の『63章・来訪者』くらいまで読んでから読んでいただけたらありがたいです。

 勝利を重ねることが理想の未来を切り開く術。

 現在いまの汚名は未来さきいしずえに。

 そう信じ、我が身を異形に変えてどれくらいの日々が経ったのか。

 忌み嫌われることをいとわない。

 積み上げたむくろは平和へと続く尊い犠牲。

 そう信じ、己の信念を貫きどれくらいの日々が経ったのか。

 

 

 夢の実現のためと信じた路。

 しかし、いつの頃からかその路を一歩々進むたび、霧に迷い込むような感覚。

 すでに目指した場所は濃霧に包まれ、思い描くことすら出来ない。

 

 

 いつの頃からか。

 未来を切り開くと信じた剣がひどく重くなった。

 身を守るはずの甲冑が、まるでその動きを封じようとするかのようにズシリとその身に圧し掛かる。

 もう剣を振るうことは出来ない。

 

  

 同士の躯。

 その倍以上になる敵の躯。

 その積み上げられた躯を前に、足がすくみ始める。

 もう戦えない。

 ここまで惰性でやってこれたのは、私を信じる同士に後押しされてのこと。

 しかし、それも限界に近づいている。

 いや、限界はとうにきていた。ただ己をごまかしていてだけだ。

 思えば私の戦いとは『剣を交える』ものだったはずだ。

 しかし、いつの間にかその戦いは他者に『剣を交えさせる』ものに変わっていた。

 命を奪ったという確かな実感が、命を奪ったと聞かされるだけの情報に変わる。

 実感を無くした心に罪悪感など存在するわけもなく、無感はその信念さえも忘却の彼方に押しやる。

 己に向けての疑念は、まるでせき止められていた水流が自由を得たように、大きな渦となって自分自身を呑み込んでいく。

 

 

 己の手を直接汚さなければならない。

 実感を得なければならない。

 死を与えた者たちに罪悪を感じ、決して繰り返さぬと心に刻むために。

 だからこそ現在いまの汚名を受け入れることが出来た。

 だからこそより良き未来さきを信じて己の心を棄てられた。

 しかし、もうそうはなれない。

 そうなれる信念がもう己の中に無い。

 

 

 地獄のような阿鼻叫喚の中、棄て去ったはずのものが頬を伝った。

 周囲の者にそれは分からない。分かるはずもない。

 ただ見えるは無機質な異形の顔。

 畏怖を与える異形の姿。

 

 

 私は逃げるのだ。

 異形の外殻を脱ぎ棄て、私は逃げるのだ。

 今までの罪から。その罪の償いから。私を信じる同士から。私を恐れる世間から。

 そして私を愛する者から。

 それら全てのものを外殻と共に脱ぎ棄て、この葛藤から抜け出すために。

 ただの敗者として怯え、犯した罪を美化する事無く。

 私は逃げるのだ。

 

 

 その脆弱な心と異形の姿を持った私に、真っ直ぐな視線が向けられた。

 少年兵……褐色の肌をした若き戦士。

 目の縁を黒く塗ったような大きな瞳が、物怖じする事無く私に向けられる。

 ただ真っ直ぐに向けられた眼差しに、私は無様にもうろたえた。

 南部で保護し、戦い方を、戦場での生き抜き方を指導した少女。

 私の罪の一つ。

 今、彼女の目に私はどう映るのか?

 私は少女に歩み寄り肩に手を置いた。

 今まで知ろうとしなかった、見ようとしなかったその肩のか細さ。

 そのことに気付いた瞬間、心の臓に突き刺さる痛感。

 久しく感じることのなかった痛み。

 なんと声をかけたのか自分でも分からない。

 許しを請うたのか、別れを告げたのか……そのどちらでもなく、何も言わずにただ見下ろしていただけなのかもしれない。

 だが、少女の黒水晶のような瞳は確かに大きく揺れた。

 その純粋な瞳から逃れるように、私は少女から背を向けた。

 そして一人。怪物の殻を脱ぎ棄て、その心に見合った脆弱な人間へ。

 そうして逃げ出すことによって私は救わるのか?

 それともより深い葛藤を背負い、永遠の牢獄に繋がれたのか?

 分からない……。

 

 

 彷徨さまよい着いた地で身の置き所を変えた。

 それは贖罪しょくざいか? ただの逃避か?

 そんな自問を繰り返す日々の中、一人の若者と出会った。

 その若者の眼差しに、不意に少女の顔がかぶる。

 少女は変わらぬ瞳をしているだろうか?

 濁らぬ瞳を持ち続けているだろうか?

 そんな疑問を抱きつつ、それを確かめる勇気もなく、私は今も怯えている。

 目に見えぬ何かに怯え、逃げつづけている……

 

 

 

 


 予定では最低あと二話分はあります。

 多少増えるかもしれませんが、また読んでいただけたら幸いです。

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