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F.F.F.  作者: 佐久間
第二章
9/14

フキゲン

 私はちらりと葉巳を見た。いい加減、いつまでも黙ってもらっていては困る。むくれた表情の彼の袖を引っ張ると、ようやく声を発した。


「それで、泥棒さんは、どうしてほしいの?」

「あ、オレは泥棒じゃなくて、リンっていいます」

「聞いてない」


 ぐさりと言葉の刃を突き刺す葉巳。こんな攻撃的な彼は、初めて見たかもしれない。

 少々びっくりしたように葉巳を見つめる男――リンに、私は慌てて声をかけた。


「あの、実は今、屋敷の中にある部屋全部にカギがかかってて」

「全部にカギ?」リンは訝しげに反芻した。

「さっきいきなり暗くなった後、どの部屋も開かなくなったんです。私達も屋敷内を確認して回っている最中で」


 なんだか言い訳のようになってきた。トラブルのあった建物で必死に状況説明をする職員の気分になる。というか、もしそうならこれは葉巳の役目なのでは。


「だから、もしかしたらご兄弟も部屋の中に閉じ込められてい」

「開きましたよ?」


 私と葉巳は驚いてリンを見た。ずっと思案するように腕組みをしていた彼が、おずおずと言う。


「失礼だとは思ったんですが、なにか悪さする前にあいつらを見つけないとって思って、部屋の中を確認しながらここまで来たんですよ。普通に……開きました。ほら、そこのドアとか」


 リンが指差したドアに、葉巳がとびつく。

 慎重な手つきでノブをひねる。――と、実に簡単にドアが開いた。


「ほんとだ……」

「え? でも今までは閉まってたのに」


 私はつい先ほど確認したドアの取っ手に手をかけた。

 軽い感触。やはり、ドアは当たり前のように動いた。


 葉巳が小走りで、歩いてきた廊下のドアを順番に開けていった。小気味よい音を響かせて、次々とドアは開く。やがてその音は玄関ホールまでたどり着き、不意に訪れた静寂が、ドアがすべて開いたことを示した。

 ゆっくりとした足取りで、葉巳が戻ってくる。その表情は先ほどよりも険しい。

 うつむき気味で、彼がぼそりと言った。


「……その子達は、俺とアルトが、探す」


 私は眉をひそめた。


「ひょっとしたら、帰ってくるかもしれない、自分達で。だから、泥棒さんは図書室にいて」

「は――」


 声をかけようとしたら、目で制された。私はひとまず言葉を飲み込む。

 だって、話の流れがあまりに唐突ではないか?


 ところがリンは不自然には思わなかったようで、申し訳なさそうにうなずいた。


「手を煩わせたくはありませんが、オレじゃこの家の造りが分かりません。こっちが迷子になっても馬鹿みたいだし。――お願いします」


 いまだに葉巳の考えが読めないまま、一度図書室に三人で行くことになった。リビングから出た私達はドアを開けることができなかったのに、図書室にいたリンは最初からドアが開いていた。こんな不可解な状況下で手がかりがあるとも思えないが、一応図書室を確認しておきたいという、葉巳の意見からだった。


 歩きながら、リンは兄弟たちの話をしてくれた。昔からやんちゃで、自分がつきっきりで面倒をみてきたこと。じっとしていられないタチながらも、本は大好きだったこと。

 だが、人数を聞いた時はさすがにくらりとした。


「な、七人……ですか?」

「はい、オレ含めて八人兄弟です。ちょうど男女半々で。毎日にぎやかで楽しいけど、逆にいえばケンカしない日もないですね」


 これから屋敷内を探し回る私達の苦労を知らず、彼はからからと笑う。そして、ところで、と後ろを歩く葉巳を振り返った。


「お二人は友人なんですか?」


 ……案の定というべきか、葉巳は返事をしない。わざわざ振り向いてまで、異常に機嫌の悪い顔を見たくない。

 私はちょっと笑って、うなずいた。


「今日、久しぶりに私が遊びに来て、のんびりするつもりだったんですけど。なんだかわけの分からないことになっちゃって……」

「ほんとに何なんでしょうね、これ。照明が落ちるのはともかく、鍵がひとりでに開いたりしまったりするなんて」


 話しているうちに、図書室の大きな扉の前にやって来た。葉巳が恐る恐るといった感じで両手を押し当てると、小さくきしみながらもちゃんと扉は開いた。

 暗めの明かりの中、葉巳がぐるりと中を見渡す。特に変わったところはなかったようで、中に入るようリンを促した。


「じゃあ、よろしくお願いします。迷惑かけて本当にすみません」

「大丈夫です。時間はかかるかもしれませんが、みんな見つけてくるので待っててください」


 もう挨拶は十分だとばかりに、葉巳が扉を押さえていた手を放す。リンは中に入りかけたが、ふと扉を押さえてこちらを向いた。


「そういえば、それ」

「? この傘ですか?」


 彼の視線を追って、黒い傘を持ち上げてみせる。リンは微笑んだ。


「いや、ちょっと大きいんじゃないかと思って。ずっと気になってたんですけど、貴女のものなんですか?」

「いえ、私のじゃなくて……」

「じゃあ、お父さんとかですかね」

「えっと……」


 私は手の中を見下ろした。

 これは確かに私のものではない。でも家にあるということは、父のものである可能性は高いだろう。今日は雪が降るのを知らずに持って出なかったのかもしれないし、もしくは別の傘を持って行ったのかも。

 なのに、このひっかかる感じは何だろう。頭に浮かぶ言葉がやけに弁明じみているのはどうしてなのだろう。

 おかしなところは、どこにもないのに。


 返事に窮した私は、リンを見上げた。


 その表情が、ひどく切なく、優しいものに見えたのは――彼の整った顔の造形のせいか、それとも何か別のものがあったからなのか。


「じゃま」


 ぐいっと腕を引かれ、背中から葉巳にぶつかる。反射的に顔を見て――

 背筋が寒くなった。

 にらんだり、怒っていたり不機嫌であったり、そんな分かりやすいものは一切表れていなかった。無表情の上に乗る瞳に映っているのは、ただの、


 冷たさ。


「じゃま、しないで。アルトは俺と行く」


 はっと気づくと、葉巳は先ほどのように口をへの字に曲げてリンをにらみつけていた。何度もまばたきするが、一瞬見えたはずの恐ろしい顔はどこにもない。

 今まで通り、リンはひるむことなく肩をすくめて笑った。


「そんなに警戒しなくても、オレは何も盗んだりしませんよ」


 葉巳が力を抜く。それじゃあ、お願いします、そう言ってリンが頭を下げ――図書室の扉が閉まった。


 私達はどちらからともなく、来た道を戻り始めた。おそらく、二階へ上がる階段のある玄関ホールに向かっているのだと思う。

 先ほどリンに会った角を曲がっても、彼は何もしゃべろうとしなかった。意地っぱりな子どものようだ。ため息をつくと、苦笑いがもれた。


「葉巳」


 肩を怒らせたまま数歩先を歩く彼の背中に、私は声を投げかけた。


「なんでそんなに機嫌悪いの。確かにあの人は勝手に屋敷の中に入っちゃったけど、悪気はないんだよ」

「悪気とか、関係ない」


 ぴしゃりと返されてしまう。私はなおも畳みかけた。


「面倒なことにはなっちゃったけど、どうせ屋敷内は回るつもりだったよね。もうこれだけぐちゃぐちゃなことになってるんだし、今更一つやることが増えたところで」


「それがおかしいって言ってるの!」


 突然葉巳が振り返った。苛立った様子で視線を外し、苦々しげに言葉を紡ぐ。


「俺とアルトの時は、ドア、開かなかったのに、あの泥棒さんに会ってから急に開くようになった。兄弟の話だって、に……にかわ? には信じられない。とにかく、全……全部的に、すごく、うさ……うさぎくさい、感じするし」


 先ほどしゃべらなさすぎたせいか、例の誤変換が抜群のタイミングで大活躍してしまっているが、言っていることはもっともだった。


「だいたいっ」


 葉巳は近くにあったドアを半ば蹴破るようにして開けた。


「そんなに時間、なかったのに、七人の子供が図書室から出て、あちこちに行ってるとか、思えな……」


 ひょこりと中を覗き込んだ葉巳が、言いかけて止まった。最初はじっと見渡していたのが、徐々に焦ったようにきょろきょろし出し、廊下に出て何度も部屋の位置を確認する。

 嫌な感じがする。私はブランケットをつかみ、無理やり葉巳の動きを止めた。


「どうしたの?」

「……部屋が違う」


 あっけにとられたように部屋の中を見ていた彼が、一つ息をのんで私の方へ振り返った。


「ドアの場所と、部屋の中身が、違う」



 ――屋敷はどんどん、足元さえ不確かな迷路へと変わっていく。

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