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F.F.F.  作者: 佐久間
第二章
8/14

ドロボウ

 私達は、反対側の廊下を進んでいった。途中のドアも開くか試してみたのだが、案の定ガチャガチャと硬い音を立てるばかりである。この調子では、図書室のドアも閉まっている可能性が高い。

 そう考えて廊下の角を曲がろうとした時だった。


 見えた。視界の端に。ちらつく。何か、影のようなものが。


 足がすくんで、立ち止まってしまう。葉巳の手を、強く握った。


「葉巳、今――」

「ちょっと貸して!」


 返事をする間もなく、彼は私の手から傘を抜き取った。羽織っていたブランケットを片手でつかみ、角から飛び出す。影が動くのが、今度ははっきりと分かった。

 葉巳は相手にかぶせるようにして、ブランケットを投げつけた。目くらましを受けた相手から小さく声が上がる。そのまま彼は両手で傘を振り上げ、相手めがけて振り下ろした。思わず目をつむる。


 ――ガツンッ


 響き渡ったのがやけに硬い音だったことに気づいて、私はそろそろと目を開けた。相手は紙一重で傘を避け、脇に転がっていた。

 想像以上に大きな音だったが、フライパン筋トレの効果は意外とあったのかもしれなかった。

 葉巳はその大きな目をキッと細め、追撃に入ろうとした。とそこで、ブランケットの塊がもぞもぞと動いた。


「ちょちょちょっ、まって、待ってくださいって!」


 どうやら若い男のようだ。ひとまず、葉巳が腕を下ろす。


「は、葉巳……」

「アルト、後ろにいて」


 様子を見ようとしたが、葉巳の腕に遮られてしまった。こんな時だというのに、葉巳って可愛いだけじゃなかったんだなあと感心する自分がいた。


 暴れていたブランケットの中から、不意に腕が突き出される。私は身を縮め、葉巳は傘を持ち直した。

 布が、大きくめくれ上がった。


「っ、だあっ。あーもー、ほんとビビった……」


 現れたのは、モデルのように容姿の整った男だった。まじりけのない金髪に青い目。ワイシャツに茶色のパンツというシンプルな服装を着こなす、すらりとした体つき。髪を手でかき混ぜる仕草にも、まるで嫌味がなかった。

 男はぱっとこちらを見上げ、葉巳と私の姿を確認したかと思うと、いきなり頭を下げた。


「驚かせてすみません! いや、驚かそうと思ってた訳じゃないんだけど」

「どろぼう」

「え?」私と男の声が重なった。

「泥棒さん、でしょ!? アルトの上着、返して!」


 ……まだ彼がその説にこだわっていたとは思わなかった。そしてたとえ泥棒であったとしても、第一声の選択は明らかに誤っている気がした。


「あのね、葉巳、今それはいいから」

「え、何かものがなくなったんですか?」


 予想外の反応に、私は男の方を見て目をぱちくりさせた。


「あ、あの……」

「うわあああほんとすみません! 多分オレの兄弟が……」

「きょ、きょうだい?」


 全く話が読めない。葉巳はむすっとした声で告げた。


「どうやって、入ったの」

「え? どうやってって、いつもみたいに、裏口から……」

「いつも……? あ、お客さんの人? 今日は閉館って、書いといた、はずなんだけど」

「えええっ。そうなんですか!? うわ……気づかずに入っちゃったんだオレら……重ね重ねすみません」

「葉巳、どういうこと?」


 客だの閉館だの、更にややこしくなってきた。が、私のことが目に入っていないのか、彼は男をにらみつけたまま、口を開こうとしなかった。

 それを察した男が、正座した状態で私の方に向き直った。


「オレから話します。この洋館の図書館、蔵書が多いし珍しいものもたくさんあるってことで、ここら辺じゃ有名だったんですよ。で、それを知った彼、ええと失礼ながら名前は存じ上げないんですが、家主であるこの方のご厚意で、公共の図書室として利用させてもらっているんです」


 男は小さく低頭したが、当のご厚意を示したはずの家主は、相変わらずだんまりを決めこんでいる。まだ傘を剣のように構えたままで、どこで学んだのか非常に様にはなっているのだが、表情は不機嫌の絶頂のようだった。

 とりあえず、話の流れは分かった。私はやんわりと、葉巳の制止の腕を下げた。


「つまり、今日も図書室に来てたんですよね。えっと、ご兄弟の方と?」

「そうです。なんですけど、どうもあいつら、図書室の外に出ちゃったみたいで……」

「外、って」

「屋敷の中です」


 言ってから、男はまた頭を抱えて苦悶の声を上げた。


「オレが本読んでる時に、あいつら、洋館の中に入ってみようって話してたんです。で、本当に行こうとするもんだから、連れ戻そうとしたんですけど急に真っ暗になって」


 段々状況が飲み込めてきた。葉巳はというと、床に落ちたブランケットを拾い上げ、ばさばさと払っているところだった。


「不気味な音はするし動けないしで、しばらくじっとしてたんですけど、明かりがついた時、もうみんないなくなってて。それで探しに行こうとして、ここにいる訳です」


 男は深く、ため息をついた。


「ほんっとに、申し訳ない……!」


 私は頭の中で話をまとめ直し、出た結論に青ざめた。

 男の兄弟達は、あの現象の前に屋敷に入りこんでいる。そして今、屋敷中の部屋という部屋に、鍵がかかっているのだ。つまり――


 その部屋の中に彼らが閉じ込められていたとしても、何ら不思議は、ない。

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