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F.F.F.  作者: 佐久間
第二章
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ヒミツ

「葉巳は、怖くないの?」


 ヤケになったのか、葉巳は鍵を足で蹴り始めた。意外と大きな音がして、私は肩をびくつかせた。脚力は割とあるらしい。


「だってここ……葉巳の家だよ? 自分の家に訳も分からず閉じ込められて、怖くない?」

「んー……あんまり」


 ガンッ

 彼のスリッパが、鍵の上でへにゃりと曲がっていた。


「アルトがいるから。俺が一番、こわいのは――」


 ガンッ


「アルトが、俺の前から、いなくなっちゃうことだけ」


 ようやく足を下ろす。やはりドアに変化はない。


 葉巳は静かに私を見た。さっきのような、幸せいっぱいの笑みではない。その言葉は必要以上に脆く、気軽に飲み下したら跡形もなく消えてしまうように思えた。


「……いなくならないよ」


 無意識に、傘を両手で握りしめる。


「どこにもいかない。葉巳がいいって言ってくれるなら、側にいたい」


 彼は一度まばたきをして、それから、いつものように笑ってくれた。照れを表すかのように、ブランケットの端をつかんだ両手をばたばたさせる。

 私は体の向きを少し変え、小さく息をついた。心臓が不規則に収縮しているように感じる。目も渇いている気がする。


 嘘をついた。

 今日、私は葉巳に、言わなければならないことがあるのに。先延ばしにしたところで、どこかで告げなければならない。いつかこうすると思っていたこと。これから――私は――


 もう一度、傘の柄を強く握る。


 まだだ。こんな状況下で言い出すことではない。先に、どうにかしないと。


「どうにかって、何を?」


 髪をかするぐらいの近さから葉巳がぴょこっと顔を出し、私は驚きのあまり硬直した。


「え、え……口に出てた?」横を見たまま、かろうじてまばたきをする。

「うん。どうにかしないとって」


 彼の顔が引っ込み、思わず上がっていた肩を下ろす。つぶやいてしまっていたのは、その言葉だけだったらしい。


 再び息を吐き出したところで、ふとひっかかるものを感じた。

 私はくるりと葉巳に向き直った。


「『何を』?」

「だって、別に、このままでもなんにも困んない。紅茶はもっかい作れるし、あ、でも、アルトの上着は返してもらわないといけない」


 彼はしょぼんと落ち込んだ。私は開いた口がふさがらなかった。


「外、出られないんだよ?」

「もともと、そんなに出ない」

「私が帰れないんだけど」

「お泊りすればいい!」ぱあっと顔を輝かせる葉巳。

「もし出られないままなら、食料とかも必要になってくるし」家の中で遭難、というワードをちらつかせてみる。

「さっきの部屋から、倉庫、に下りれる。鍵のついてないドアだから、たぶん開くよ。食べ物以外にも、いろいろあるんだ」さすがお屋敷、非常時の備えもばっちりという訳か。

「っ、他の部屋に入れなくな」最後の抵抗とばかりに挑む。が、あっけなく遮られた。

「だいじょうぶ! とくべつ大事な場所とかないもん」


 ……怖くないのかと聞いた自分が愚かだった。

 葉巳は本当に、訪れうる危機に対して興味がないだけなのだ。いつか何とかなるだろうし、ならなければそれでもいいと考えている。本当に、こんな妙な状況でなければ、尊敬したくなるような神経の太さだ。

 この数分で何度目かになるため息をつく。


「……あ、でも」


 私のカチューシャについた花の飾りをいじりながら、彼が言った。


「図書室は、使えなくなるといやだなあ」


 そういえば、彼は無類の本好きだった。私は前に一度だけ見た、大規模すぎる図書室を思い出した。

 前の持ち主である富豪も、相当の読書家であったらしい。ホールと言ってもいいその図書室は、屋敷の最上階、つまり四階までの吹き抜けとなっている。円形の部屋の壁一面には、本がびっしりとつまった棚が備え付けられていて、迷路のように階段が交錯していたはずだ。富豪の趣味で学術書よりも小説の方が多いそうだが、葉巳はジャンルを気にせず読み漁っているようだった。


 ようやく前向きな意見が出たのを機に、私は彼を引きずっていくことにした。


「じゃあ図書室に行ってみよう!」

「アルトいれば暇じゃないから、別に……」

「ほら、私じゃ場所分からないから案内して」


 葉巳は渋々といった様子で、私の前へ行く。さりげなく、手をつなぎ直すことも忘れなかった。

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