デンシャ
目が覚めたら、あたりが暗かった。
いつもの時間ならば、少しは明るいはずだ。雪でも降っているのだろうか。
布団にくるまったままベッドの上を移動し、カーテンを少し開ける。何かを溜め込んで我慢するかのような、重たい曇天。ぼんやりとした頭を持ち上げ、壁掛け時計を確認した。
「……4時」
どうりで暗い訳だ。
真冬の床は、足裏を刺すように冷たい。眠気の残る体にはもはや凶器だ。部屋のどこかに脱ぎ捨ててしまったらしいスリッパを目だけで探していると、机の上にある包みが目に入った。
あれは――すごくうきうきした気持ちで――確か――準備した――今日のための――……
はっとし、思わずがばりと起き上った。そうだ。だからこんなに早く目が覚めてしまったんだ。寝起きの悪い冷え切った胸に一気に高揚感がなだれこみ、何をするでもなく私は勢いよく手を伸ばした。
「葉巳……っ! ……っと、うあ!」
――ベッドの端、もこもこと積み上がった布団の上でそんな激しい動きをした私が、例の凶器の上に落下したことは言うまでもない。
だが、もう冷たさなんてどうでもいい。
もう一度その名前を呟く。そうやって吐き出した名前が、寝そべる床の冷気にさらされてしまわないよう、私は両手でそっと包んで握りしめた。今日やっと会える、その人の名前を。
*
お気に入りの黒のタートルネックセーターに、前開き仕様のベスト。タイトなミニスカートにアンバランスソックスを合わせ、厚手のポンチョをかぶる。長さの不揃いな腰までの髪は、いつもなら2つのゆるい三つ編みにするだけだが、今日は大きな花のついたカチューシャもつけた。これでちょっとはぼさぼさの髪も落ち着くだろう。
家を出ると、更に雲行きが怪しくなっていた。黒い傘を抱きかかえるように持って、私は駅までの道を小走りに急いだ。
普段の3倍の体力を発揮して、ホームへの階段も全力ダッシュする。だが無情にも電車のドアはホームに片足をついた途端に閉まり、発車してしまった。まあどうせ本来乗ろうとしていた電車は次のものだし、別にいいか。
ホームには誰もいない。私は氷のようなベンチの端っこに腰かけ、灰色の空を見上げた。
吐いた息が白い。その色に彼のパーカーの色を思い出して、頬が緩みそうになる。
だめだめ、早朝のホームのベンチでにやけてる女の子なんて、不審者過ぎる。
そう思っても2時間ほど後に会える姿を思い描くと、どうしても笑顔になってしまう。
「……葉巳、元気かな」
この小さな駅達をつなぐ電車の運賃は高い。バイトもできない15歳に、片道だけで1か月分のお小遣いを要求してくる。
だから、会うのは半年に一回。それが、葉巳と決めた約束だった。
葉巳とは、4年前に図書館で出会った。それから数回あったのは記憶にあるが、一体どのような経緯で仲良くなったのか、今となってはもう覚えていない。
年は離れているものの、葉巳はとても話しやすく、懐いてくれる。コミュニケーション下手な私でも、完全に心を許せるような人だ。彼の顔や、匂いや、あたたかさを思い出すだけで、まばらに降り出した雪が運ぶ冷たさなど、気にならなく――
「あ、……雪降ってきちゃった」
こすり合わせた指先に、息をふきかける。吐息も、雪も、空も、一つの白色に吸い込まれていく。
ホームに人がちらほら上ってきていた。他人の横で思いきり締まりのない顔をしてしまう前に、他のことを考えよう。
私は最近買ったばかりの本を取り出し、膝の上に広げて電車を待った。