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軍曹殿  作者: 鵜狩三善
7/7

7.

 この騒ぎのお陰で、その日私は完全に忙殺された。

 まず再構成した胞衣術式が完全かどうか、マニュアルと首っ引きで数十項目に渡るチェックを済ませ、続いて地元部隊に電話連絡。再度の状況説明を行い、周辺住民の慰撫と蜘蛛の死骸の回収、及び戦闘区域の清掃を要請する。

 お次は政府と国連それぞれ宛の報告書だ。文章ばかりは意識通訳出来ないから、作成には多量の時間を要してしまう。そしてそれらを終えてもまだ、軍曹殿と自分の装備の整備が残っていた。

 この時ばかりは、事務仕事のない軍曹殿の身の上が羨ましい。

 しかし、と大きく伸びをしながら思う。

 レポートとして改めて記述すると、軍曹殿の戦闘能力は水際立っている。まるで冗談か何かのようだ。

 ほんの十数秒で決着した今日の戦闘だが、本来なら一部隊が出動して然るべき大事件なのである。場合によっては市街に大規模な被害が発生してもおかしくなかった。

 英雄と呼ばれる人間の実力を思い知り、背筋が伸びる思いだった。

 そして同時に暗澹(あんたん)と俯くような心地にもなった。軍曹殿のような人物が居てなお、決定的な勝利は未だ掴めない。

 この戦争は一体いつまで続くのだろうか、と。



 

 明けて、翌日。

 結局夜を徹しての仕事になってしまった。

 空は今日も嫌味のように晴れ渡っている。日差しがきつく目に刺さる。ひどく眠いし、人前にも太陽の下にも出たい気持ちではなかったけれど、軍曹殿の願いであり私の任である以上、如何な障害が生じようとも毎日の哨戒を欠かす事はできない。

 集中力と平常心を欠く事この上ないが、どうにか気力を振り絞っていつものルートを歩く。そうして警戒針の手入れを行っていると、ふと気配を感じた。振り向けば昨日の子供達だった。

 少し遠い距離から、私と軍曹殿を見つめている。


「何か?」


 向き直って私が問うと、彼らはバツが悪そうに目を逸らしお互いを肘でつつきあった。それから意を決したように全員で頷いて、私たちへ向け一斉に敬礼をした。

 不恰好な敬礼だった。うるさ型の上官がいたなら、きっと叱責が飛んだだろう。

 だが心が籠もっていた。感謝の念はしっかりと届いた。


「ありがとうございました!」


 唱和してから一礼し、そして恥ずかしげに駆け去った。おそらく誰に言われたのでもない、子供たちの自発的な行動なのだろうと思われた。

 不覚にもじわり涙ぐんでしまったのは、徹夜明けで心が弱くなっていたから相違ない。

 そうして、不意に分かった気がした。軍曹殿が何の為に刃を取るのか、何を守ろうと刃を振るうのかが、ほんの少しだけ知れた気がした。

 それは、きっと未来だ。

 自分の今だけではなく、人の未来を思ったのだ。そこに少しでも雲がかからぬようにと。多くの笑顔あれかしと。


 私は、若い頃の祖母に生き写しだと言われる。

 その私を祖母が強くこの任に推したのは、時間にも人にも置き去りにされた軍曹殿が今に帰るその時、ただひとつでも見知った顔があればという気遣いだと考えていた。

 けれど実のところ祖母は、自分の歩んだ時間こそを軍曹殿に見せようとしたのかもしれない。彼に救われねば祖母の命はなく、母も生まれず、私もまたここにはいなかった。

 だから「あなたが守ってくれた未来ですよ」と、私を披露する事が本意だったのかもしれない。

 だって祖母もまた、それこそが彼が一等誇る戦果であると知っていたろうから。


 胸を張ろうと思った。何があろうと、決して下を向くまいと思った。

 過去から私へと託された、全ての祈りに恥じぬように。

 私からこの先へと繋げる、その心を絶やさぬように。

 数年先の未来を想う。

 軍曹殿におかえりなさいと言える日の事を。

 同じ時間の中、軍曹殿が自らの戦果を、誇らしく眺められる日の事を。

 初夏の薫風が、私の髪を梳る。


「──いい陽気ですよ、軍曹殿」


 呟いてみたけれど、無論応えは返らない。

 けれど車椅子の軍曹殿は、静かに、そして満足げに笑むようだった。

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