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軍曹殿  作者: 鵜狩三善
6/7

6.

『88、87、86』


 鳩時計のカウントが耳に届いた。ここでようやく、私自身が現場に着いた。椅子から手を離すタイミングを若干誤り慣性をキャンセルし損ねるが、先ほど施した幸運のお陰でどうにか転倒は免れる。

 戦況は自分の目で見ていたのだから、どう動くべきかは既に組み立てある。

 突出した一体の支援に動こうとする後方の三体に向けて、私は立て続けに引き金を引いた。いわゆるガク引きになるが問題はない。EW-42の銃腔に刻まれたライフリングは、呪紋としての機能も併せ持つ。射出過程で必中と衝撃増加の(まじな)いを上乗せされた銃弾は、私の意識がマークしたポイントへ向け、青白い光の尾を()いて自由意思を持つもののように飛翔。呪詛を吐こうとする蜘蛛の顎を下から跳ね上げた。

 魔弾とはいえ、蜘蛛に対してこの口径の銃では致命傷は与えられない。だが殺傷に至らずとも、こうしてタイミングを見計らって衝撃を与えてやれば、呪詛組成を阻害するくらいは可能なのだ。


『85、84、83』


 その間に軍曹殿は、一体目の体の下に飛び込んでいる。韋駄天足で跳躍の距離を伸ばし、更に放気による姿勢制御。再び刀を肩に担ぐ格好で中空にて一回転。

 すると真っ向からふたつに蜘蛛は両断された。

 刃そのものは蜘蛛に触れてすらいない。超人的精度で精妙に、そして鋭利に練り上げられた軍曹殿の気と、ため息の出るような精緻さで織られた刀身の呪紋。それはこのふたつが共にあって、初めて成し遂げられる絶技だった。


『82、81、80』


 斬線へと陥没するように崩れる蜘蛛の屍の下を、その前に軍曹殿は潜り抜けている。柄から片手を離し、その手で己が後方に向けて放気。不安定な姿勢を無理矢理正すと同時に前方への猛烈な速力を得て、残りの蜘蛛へと突撃を開始する。

 蜘蛛たちの陣形は軍曹殿から見て丁度正三角形。手前に二体。少し下がってもう一体。

 ぐっと軍曹殿の体が沈んだ。そしてドンと、一際強い発気音。奥に位置取った一体へ向け、軍曹殿は砲弾のように高く高く跳ね上がる。次の標的となった蜘蛛は中空の彼を迎撃すべく口中に呪詛を編む。

 が、撃てない。軍曹殿の移動が早過ぎる。

 彼の体は蜘蛛の頭上を既に越え、蜘蛛の首間接の稼動範囲を逸脱している。振り仰ぐ形で狙い撃つ事は叶わない。左右の蜘蛛も軍曹殿の速度に対応できず、慌てて旋回を開始する有様だ。

 蜘蛛の腹部上空で身を捻り、軍曹殿は中に浮いたまま刃を振るう。またしても霊眼に焼きつくような強さで刀身が発光。一瞬だけ半径を伸ばした斬撃は、その途上にある蜘蛛の頸部を斬断。一瞬の間の後、それはごとりと路面に落ちる。


『79、78、77』


 軍曹殿の右足が空を蹴る。またしても蜘蛛の視界から消え失せる高速移動。更に左手の蜘蛛へ飛ぶ。軍曹殿を追って回頭していたその蜘蛛は、回頭したが故に軍曹殿を見失う。

 右手の蜘蛛には辛うじて、軍曹殿の動きが捉えられていただろう。しかし何も出来ない。仲間の体が射線を遮っている。

 地へ向けて低く飛んだ軍曹殿は、着地と同時にゆるく舞うように横回転。脇構えから振るった一刀が蜘蛛の足をまとめて切り払う。甲高く嫌な鳴き声で転倒する蜘蛛へ、刃が翻る。光の筋が胴を輪切りに抜けた。


『76、75、74』


 瞬く間に唯一の生き残りとなった蜘蛛は、倒れた仲間の体の向こうから跳ね上がった影へ向け、攻性呪詛を乱射する。編まれた属性は燃焼、呪毒、凍結。単一属性の呪詛では効果がないと判したのか、先ほどの糸よりも遥かに強力な複合呪詛だ。

 今度は手出しをしない。私はそれを看過する。

 呪詛は影を撃ち抜いて、氷結させると同時に腐食させ、更に発火させた。呪詛の引き起こした極低温化で瞬間的に付着した霜に包まれながら、それはどろりと腐り溶け、同時に燃え尽きる。

 蜘蛛に感情があったなら、快哉を叫んでいたろうか。そして自分が破壊したそれが、先ほど斬られた仲間の足の一本であったと知って、愕然と自失したろうか。


 慌てて敵影を求める蜘蛛の眼前を、ふらりとカボチャが漂った。ただのカボチャではない。ハロウィンに活躍する特別のカボチャ、顔を彫られたジャックランタンだ。これには顔だけでなく、胴体もつけてある。

 敵性障害物と判断し、反射的に噛み殺そうとする蜘蛛へ向けて、ジャックはにへらと笑う。そして手にした手榴弾のピンを抜いた。同時に待機時間ゼロ設定の眩暈と閃光の呪文が炸裂し、蜘蛛は衝撃と知覚惑乱を受けて仰け反った。

 呪文ばかりでなく、手榴弾自体も炸裂してはいるのだが、残念ながらこれも蜘蛛の体殻結界を打ち破るには至らない。熱したナイフでバターを斬るかのように、すぱすぱとそれを斬り破る軍曹殿が異常なのだ。

 だがダメージを与えられずとも、視界を遮れればそれでいい。軍曹殿への支援ならばそれで十二分のはずであり、事実その判断通りだった。

 一息のうちに、一体いくつ閃めいたろうか。私の動体視力では、波紋のように煌めく気の残光を見るのが精一杯だった。

 首を振ってたたらを踏む蜘蛛を、爆炎にも爆音にも怯まず踏み込んだ軍曹殿が解体し、それで戦闘は終結した。


「残存敵勢力ゼロです。界面下にも波紋なし。増援はありません」

「了解した」


 私の報告に返答しながら、恐らくは癖だろう。軍曹殿は刀を一振りし、拭いにかけて納刀する。


『69、68、67』


 ほっと一息ついた耳に、鳩時計の声が届く。カウントにはまだ余裕があるが、時間を無駄に費やす必要はないだろう。盾と銃を袖にしまい、車椅子を手元に引き寄せる。

 こちらへ、と声をかけようとして、軍曹殿がいつの間にか子供達の所に居るのに気がついた。

 少年少女は急転する事態を把握しきれず、ただ茫然としているようだった。彼らの目には救い主である軍曹殿すら恐ろしいものとしてしか映らないのか、一様に怯えた視線でただ彼を見つめている。


『60、59、58』


 軍曹殿は何も言わない。静かにじっと子供達を眺めている。それから片膝をつき、目の高さを合わせた。もう大丈夫だと言うように、ゆっくりひとつ頷いて見せる。

 それから我が身を盾に仲間を庇った少年の頭にぽんと掌を乗せ、破顔一笑した。途端、子供達の緊張の糸が切れるのが分かった。堰を切ったように一斉に泣き出す。

 どう対応すべきかと私がおろおろしていると、軍曹殿はそれを放置して、何事もなかったかのような顔でこちらへ戻ってきてしまった。


「あの、子供……」

「大丈夫だ。泣かせておいてやればいい」

「え、でも」

「大丈夫だ」


 言い切って、軍曹殿は滑らかな所作で車椅子に腰を下ろす。


『33、32、31』


 その挙措と使い魔の声で我に返った。己のやるべき事を思い出す。指先でて鳩時計をつついた。組成を解体され、使い魔は光の粒子を散らし弾けて消える。


「カウント破棄。胞衣術式の再構成を開始します」

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