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軍曹殿  作者: 鵜狩三善
4/7

4.

 物思いに耽溺(たんでき)して、危うく行き過ぎるところだった。

 進めた歩みを少し戻して、私は設置した警戒針の具合を確認する。

 巡回ルート上におよそ50m間隔、計九十六本を設けたこの針は、日本的に言うなれば鳴子だ。潜行タイプの蜘蛛が界面下で起こす波紋を読み取り、反応があり次第ラインが繋がった私へ警報を発する術式である。

 探査精度は高く、侵入警告も私の意識へタイムラグゼロで送付される優秀な術法具であるのだが、ただひとつ難点がある。常時界面下干渉を行う為、非常に燃費が悪いのだ。

 最大充填しても稼動は一両日がいい所であり、これに随時賦活霊素を補充して動作を保つのも私の任務のうちだった。

 そう、これは任務なのである。

 国連から、何より尊敬する祖母から託された大切な仕事だのだ。私が歩むのは気楽な散歩道では決してない。我知らず弛緩していた自分へそう喝を入れ、軍服の襟と背筋を正す。正確な歩調を心がけて私は哨戒を再開する。


 それにしてもこの晴天は大変によろしくない。全く以てよろしくない。いつの間にか居眠りをするように、安寧に浸りきってしまう。

 しかし最もよろしくないのは、何よりこの国の雰囲気だろう。

 目に映る光景は、戦中とは思えぬほどにのどかなものだ。

 学校へ向かう学生、会社に向かうサラリーマン、道端で談話する親子連れ、ジョギングに励む老若男女。それらの光景は平和の体現そのもので、ぴりぴりと空気を張り詰めさせた私こそが異質であり、異分子であるかのような視線を受けるがままある。

 どこか小市民めいた風情を持ったこの国は、強固な結界内で戦争などないもののように日常を送っている。安寧の眠りにたゆたっている。

 しかし忘れてはならないと思うのだ。この市街も過去に幾度となく攻撃目標となっており、軍曹殿がその脅威を斬り払い、打ち払っている事を。

 恐怖から、不安から目を背けたい心情は解する。けれどどんなに固く目を閉ざしても、それは決して消えてはくれない。


 軍曹殿がこの任に就いた当初、報道各社はそれを大々的に書き立てた。それは護国どころか護界の英雄の凱旋であり、巡回ルートには行列がひしめき合い、市を成すが如きであったという。

 だがそれから数十年が経過した今、当時を知る人も軍曹殿を知る人も殆どがいない。

 それでも未だに、背筋を伸ばした最敬礼を軍曹殿に送られたり、生き神様にでもするように手を合わせたりする人もいる。彼らの敬意の中に私の存在は一分(いちぶ)たりとて含まれないので、付き添いは大変居心地が悪い。

 だがこうした好意的反応は少数派だ。前述したように、私たちはこの空間においての異物である。

 針のメンテナンスを行う私を、大抵の大人は無関心を装い目を逸らして通過する。うち若干名は行き過ぎた後ろで露骨に迷惑げな表情を浮かべるとも知っている。子供達はもっと正直で、今も数名が「何やってるんだろ」「ヘンなの」などと囁き合いながら、作業中の私を追い抜いていった。


 知覚の9割を眠らせる軍曹殿であるけれど、逆に言えば1割の外界刺激は受信している。こうした態度を垣間見る事もあるだろう。そうした声が届く事とてあるだろう。

 彼はどうして戦えるのだろうか。何の為に戦うのだろうか。

 自分が時間に、時代に置き去りにされて、忘れ去られて。それでも刃を握るのは何故なのか。

 彼は既にして富貴の身だ。望むならもう、一生涯戦地に立つ必要もない。なのにどうして術式の内に眠り続けるをよしとせず、自ら危地に立つを欲するのか。

 そこまでして彼は一体、何を守ろうとしているのだろうか──。

 そんな疑問を抱きもするけれど、覗き込む軍曹殿の顔は相変わらず穏やかに、静かな微笑を湛えるばかりだ。その胸の(うち)はようとして知れない。



 と、その時。

 警戒針のうちひとつに強い反応があった。

 近い。進行方向200m圏内。波紋の揺らぎからして数は少数であり、軍曹殿が急行すれば十二分に対処可能であると私は判断する。

 潜行タイプの蜘蛛が物理界面下から浮上、再実体化までに要とする時間は平均34秒。後は時間との勝負だ。

 粗製したイメージの手で、自身の霊基構造から少しを掬いあげて言霊を封入。使い魔として分離させたそれを携帯電話に憑かせ、地元駐留部隊への連絡を委任する。

 次いでもう一体、これは視覚リンクを結んだ使い魔を織り上げて中空に打ち出した。パラソル型のそれは地上50mほどの高度で開傘。浮遊して地上を睥睨(へいげい)する、私のもうひとつの目となる。

 複数の使い魔の同時組成及び同時稼動。これは魔女の腕の見せ所だと言っていい。

 魔術技官の多くが魔女、つまり女性であるのは、この霊基構造の複製に対する耐性が一因だった。子を生む事のない男性にとって、自我に等しい霊基構造の分割分離は負担が大きいのだ。

 更に平行して、私はパススペルを呪唱。声紋と霊素識別錠の双方で私を確認し、軍曹殿の車椅子の機能が起動する。更に無機物対話用圧縮言語により軍曹殿の胞衣解放を指示。

 本来は長い時間と手間を要する複雑な結界術式だが、魔術と技術の進歩は著しい。術法行程は椅子に組まれた言霊プログラムが全自動で行ってくれるから、私は賦活(ふかつ)させた霊素を必要とされるだけ注いでやればよかった。


 片手を霊素供給部に乗せたまま、私は袖から──仙道系の空間圧縮技法は実に有用だ──自動小銃と盾とを呼び出す。

 EW-42は国連軍も正式採用している、優れた大量生産銃だ。無反動化及び重量軽減の半永久エンチャントが施され、劣悪環境下での信頼性も高い。

 盾もただの携行防具ではない。受け止めるよりも弾く、流すに主眼が置かれた半球状の円盤は、召喚されるや浮き上がり、ゆっくりと私を中心に公転を開始する。設定以上の速度で私に接近するものがあれば、例え私が気づかなくとも反応し防衛を行う自律型の護鬼である。

 更に祖母直伝の女王陛下の叡智(クィーンズナレッジ)を起動。魔術体系に(のっと)り、幸運と矢避けの加護を自身と軍曹殿とに施した。

 正直なところ、軍曹殿の武勇を考慮すれば、些少の幸運、矢避けなどほぼ無意味だ。だがそうだとしても、出来る限りの手は打っておくべきだと私は考える。

 これらの行程を終える頃、胞衣の解放もまた完了していた。

 ゆっくりと、椅子から軍曹殿が立ち上がる。座っている彼を見慣れた身に、その背はひどく大きく見えた。

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