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金魚は空を飛ぶ。

作者: 逢月 裕

夏祭りにすくった赤い金魚。


普通の痩せてスラッとしているヤツじゃなくて、少しデメキンのようなふくれた頬に、ひらひらと舞う後ろの尾びれが、お姫様みたいだった。


ひと夏もこせないまま、空の国へ行ってしまったけど。




「…きっとあんまりにもキレイだったから、カミサマがやきもちを妬いたのよ。」


空いてしまった水槽を眺めていた私に、ほたるちゃんが隣でそう言った。


「カミサマは、いじわるね。」

「そう。だからお母さんも連れて行ってしまったのよ。」


そういったほたるちゃんの顔は、少し自慢げだった。

ほたるちゃんのお母さんは写真でしかみたことはないけれど、彼女と同じ、真っ直ぐな黒髪をもった女の人が、にっこりと笑う笑顔は確かに“キレイ”だった。


「ジョゼは?」

「部屋にいないの?」

「うん。さっき見たけど、いなかった。」


水槽から離れて、窓から庭を見た。

じりじりと暑そうな太陽が、庭にびっしりはえた雑草の上で光ってる。

その太陽を、いつもぼおっと見てるジョゼは、いつも2階の部屋にいるはずなのに。


「もう一回見てくる。ほたるちゃんはジュースでも飲んでて。」

「うん。」



リビングを出てすぐにある、ジョゼの部屋へ続く階段を駆け足で上がる。

私とほたるちゃん、そしてジョゼのほかには誰もいない家は、その音もすごく響く。

部屋に上がって、ジョゼの部屋を開けると、そこには青い世界が広がってる。

初めて見たときは「海の中みたい」だと思ったけど、最近は空の中みたいだと思う。

たぶんジョゼが書いた白い雲のような落書きが壁にあるからだろう。


「ジョゼ?いないの?」

「……クー…?」


小さな返事が聞こえる。

見えないけれど、この部屋にいるみたい。


「ジョゼ。どこ?」

「……。」


返事はなかったけど、今度は小さく鼻をすする音が聞こえて、私はそこに近づいていく。

壁に吸い込まれていきそうな同じ青い色のベットの向こうに、小さなドームがある。

水色のシーツで作った秘密基地。


「ジョゼ。出ておいで。」


そういうと、少しシーツが動いた。

けど、まだ出てこない。

私はシーツの端をつかんで、ゆっくりあげる。

すると、そこに膝を抱いて小さくなったジョゼが上目づかいで私を見てた。

灰色の髪がちょっと乱れて、その黒い瞳が少し潤んでいる。


「怖い夢でもみたの?」

「クー…。」


ジョゼは答えないまま私に手を伸ばすので、そのまま私もシーツの中に入った。

シーツは外の太陽の光を通して、ジョゼの顔もしっかり見える。

薄い青色の中にいるジョゼは、とてもとてもキレイだった。


ジョゼは、入ってきた私の手を取ると顔を私の肩口につけてギュッと抱きしめた。

ジョゼの熱が、私のほうに移ってくる。


ジョゼが“秘密基地”に隠れることは何度かあったから、私は黙ってそのままじっとしている。

そうすると、ジョゼは落ち着いて基地から出れるのだ。


「下でほたるちゃんが待ってるよ。」

「ホタル…?」


そう繰り返すということは、ほたるちゃんがこの部屋に来たことを知らないんだ。

だから、ここに隠れたのね。


「夢を…見たんだよ。」

「夢?」

「うん。みんながいなくなっちゃうんだ。ママもパパも…クーもだよ。」

「ほたるちゃんは?」

「…ほたるも。」


ちょっと不機嫌そうにいうジョゼがおかしくて、私は少し笑ってしまった。

そしたら、今度はもっと強く抱きしめられた。


私はちょっと困った。

ただでさえ暑い日なのに、シーツの中でジョゼに抱きしめられるともっと暑い。

じっとりと汗が噴き出してくるのがわかる。

けど、ジョゼがあまりにも強く抱きしめるから、私はなんとなく引き離せない。



「クー…。」

「なあに?」

「クーは、どこにもいかないよね。」

「うん。いかないわ。」


そういうと、ジョゼがそっと離れて私を見た。

さっきよりほっぺが赤い。

小さな口をとがらせて、ホント?と聞いてくるみたい。


「ほんとよ。」


そういって笑ってみせる。

そうすると、ジョゼがいつもはにかみながら笑ってくれるから。


だけど、今日はちょっと違ったんだ。


「クー…。」


ジョゼは私より小さな手で私の肩をつかんで、そっと力を入れた。

いつもと同じようになんとなく逆らわずにいると、ジョゼの顔がゆっくりと近づいてきた。

あ、と思ったときには、ジョゼの赤い唇が私のそれに触れていた。


その瞬間


青と

灰色と

熱と


それは、すごく神秘的な儀式のように思えた。


そしてなぜかあの金魚を思い出した。


ひらひらと舞う尾びれが、お姫様みたいな私の金魚。

青い空の国に行ってしまった。

それは、もしかしたらこんな儀式があったからじゃないかしら。

だって、私も、空の国にいるみたいだもの。




そしてジョゼと手をつないで階段を下りていく。

まるで、空の国から逃げ出すみたいに。



(カミサマ…ジョゼは、連れて行かないでね。)



温かいジョゼの手を、もう一度しっかりと握った。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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