男秘書?と上司の三分クッキング
「金がない……」
常に戦時下のこの世界。のほほんとしている月華皇国の場内にある一室
上司であるサブリナとその部下くさかべェはやることもなく時間を持て余していた
そして昼時、彼女の放ったこの一言が全ての発端であった
彼は貸す気などない。つい最近に天使になるためと百万を使った彼は銀行にこそ預金はあるが財布には二万しかないのだ
これで十日を生きねばならないのだから手を差し伸べる訳がなかった
貸さない、の一言に上司の顔が僅かに歪む
「確かトマトと芋といくらとポン酢と鶏と……」
「さ、サブリナ様?」
挙げていくのは食材の名前。それなのに、彼は何故か戦慄した
この国にそんな名前の士官や君主がいたからなのだろうが……
「冗談だ、砂漠にでも行こうか」
「ははは……お供します」
この人ならやりかねない。タチの悪い冗談は止めて欲しい
-カッサリ砂漠-
「暑い……」
「む、そうか? 私は何とも感じないが」
目的地は表裏激しい砂漠だった。オアシスなんてない、昼は常人なら卒倒するのではと思うほどの熱気と容赦なく照りつける太陽が辛く、夜は凍え死にそうなまでに気温が下がる
昼と夜ではまったく違うここは巨大生物がいるとしばしば話題になっていた。しかしこんなところに何しに来たのだろうか?
「さて巨大生物を狩ろう」
「……は?」
まるで「食べに行こう」と言うほど当たり前の語調で狩ると言ったサブリナに彼は開いた口が塞がらない
確かに武器もある、が巨大生物は何人もの討伐者が束になってかかり倒せるもの。僅か二名で倒せるとは思えないしそもそもアレは砂漠を徘徊している。すぐに会える訳ではーーー
「お、いたいた。あいつか」
どうやって逃げるか模索していた彼だったが都合良く現れた巨大生物に罵声を飛ばしかけた
頭部、胸部、腹部のそれぞれの間はくびれ、柔軟に動かせるのがわかる
頭部から伸びる二本の触角は周囲の状況を即座に理解させ敵を逃がさない。強靱な大顎は鉄をも噛み砕くと言うのだから人がアレに噛まれたらどうなるか想像に難くはなかった
特筆すべきはその大きさだろうか。全長五メートルのアリ、永久とも言える時を経て小さなアリが進化した化け物。六本の足は巨体に似合わない俊敏性を発揮させると同時に剣技である剣閃すら放ってみせる
数十人でかかる相手なのに二人しかいない。世代交代したばかりで技もない彼では倒せるモノではないのだ
「ああくさかべェ、手を出すな。私一人で十分だ」
「は……?」
サブリナが持っていたのは普段携行している剣ではなく雷の力が秘められた魔力塊。
そして、気がついた時にはアリの右足が根こそぎちぎられて空を舞っていた
何が起きたのか、わからず呆然。アリの醜い悲鳴が響く中、獲物を見つけた猛禽のような目付きでサブリナは動いていた
彼は以前にサブリナが剣は苦手だと言っていた事を思い出す。あの時は嘘だと思っていたが今ならなるほどそれも納得出来る
今サブリナが使っているのは魔力塊の『サンダー』を使って生成した雷撃剣だ。これならどのようにして斬ればダメージを引き出せるかわかるし、重さがないために軽々と振れる
重い上に長く使わなければ手足のように操れない実物とはまったく違う
代償として魔力の消費が激しいのだがサブリナの様子を見る限り魔力切れの心配もなさそうだ
「ははは、大変な上司がいたものです」
乱舞するサブリナにアリも反撃を試みない訳ではない。だが右側の足三本を失った状態ではその体躯を支えらず、少し揺らすのが関の山である
当然ながらその程度は意にも介さず、アリの表面を駆けると頭部まで走り飛翔。そして一閃
重いものが落ちる音に砂漠の細かい砂が衝撃で巻き上げられる
落ちたのは触角だった。レーダーの役割を担っていたそれが二本、無惨にも斬り落とされて転がっている
「運が良い」
「……は?」
とん、と横に立つサブリナにくさかべェはどこの超人だ、と思わざるを得ない
しかし彼の思いとは裏腹にサブリナは小休止のつもりなのかぼそりと呟く
「奇襲で片側の足を持っていけた。普段ならもう少しかかっていたよ」
「はぁ……」
もう少しかかっていた、と言うのがどれくらいかはわからないが少なくともこのアリはソロ討伐するようなものではない
なんと答えて良いかわからず曖昧に返すくさかべェ。だが隣には既にサブリナはいなかった。キョロキョロと視線をさまよわせた彼は空が不意に薄暗くなった事に気づき、上空へと顔を向ける
「稲妻斬り……!」
それは丁度、陽光を背にして突撃したサブリナが、技によって鋭さと長さを何倍にもした雷撃剣でアリの首から上を斬り落とす瞬間であった
会敵からジャスト三分。巨大生物は力無く砂漠に屍を晒すこととなる
-月華皇国・酒場-
「金は出来たが疲れたな」
「俺も精神的に疲れましたよ。勝てたから良いものを……」
結局、アリを倒した後すぐに戻ってきた。目的を達成したのもあったがサブリナが疲れた、と疲労を訴えたのが一番の要因だ
やはりあれだけの動きをすると疲労も通常より多いらしく、長くて十分が限度とのこと
国からも報奨金が出て氷河期を脱した懐事情に本人も大満足のようでこうして仲良く疲れを癒しているわけである
「あぁそうだ、奢らないからな」
「ちょ、付き合ったお礼をするって考えはないんですか?」
そしてふと、運ばれてきた卵とトマトの炒め物をつつきながらサブリナはくさかべェに言い放つ
聞いていない、と慌てる彼に皿を持ちながら上司はこう続けた
「困っている上司を助けない部下には奢らない」
ーーー今日も月華皇国は平和である