頬を突き出してきたので、思いっきりビンタしました
ペチッ
私は、左腕に飛んできた蚊を右手で叩き潰した。右手の中心には、蚊の死骸がべっとりとしがみついて離れない。これだから庭園でのパーティは嫌いなのだ。
今日は、私の婚約者であるビンガード王子十八歳の誕生パーティ。多くの候補会場がある中で、わざわざ虫の多い王城の庭園を選択するなんて、嫌がらせにも程がある。特に蚊なんて、見るだけでも不快なのに、血を吸われたらかゆくなるし、最近病気を運んでいる事も明らかになったし、関わりたくない要素満載だ。あぁ、早く屋内に戻りたい。
「おやおやシャルラ殿。眉間にしわなどよせて、どうされたのだ?」
「――誰かと思ったらミレアじゃない。変なしゃべり方。やばい奴に絡まれたのかと思ったわよ」
ふと顔を上げると、そこにはミレア男爵令嬢がいた。ミレアとは、王立学園で同じクラスになってから、多くの時間を共に過ごしてきた親友だ。馬が合うというやつなのだろうか、彼女と話すのはとても楽しかった。
「ししし、騙してやったぜ。――それで?なんでそんな険しい表情してるわけよ」
「だって虫がたくさんいて……逆にミレアはなんでそんなに平気そうなのよ?あなたも虫、あまり得意じゃないでしょう?」
「ふっふっふ。聞いて驚くなよ?何と私は今、ミント系エキスを身にまとっているのだよ!」
「な、何ですって!?」
「そう!あの虫が嫌がるという伝説の香りよ。どれ、虫を追っ払ってやろう。ちこうよらんか」
「良かったわ。てっきり虫にまで嫌われ始めたのかと心配で……」
「誰が嫌われ者じゃーい」
ミレアが慣れないツッコミをする。私はそれがすごくおかしくて、吹き出して笑ってしまう。ミレアもそれを見て、つられて笑い出す。
ミレアと一緒なら屋外も悪くない。
「シャルラ!お前に言いたいことがある!」
突如庭園に響きわたる私の名前を呼ぶ声。
庭園につくられた簡易的な壇上の上で、本日の主役ビンガード王子が声を張り上げていた。
「なんか呼ばれてるわよ」
「どうせろくな事じゃないわ」
私とミレアはひそひそと言葉を交わす。
「シャルラ!お前との婚約を破棄する!」
王子の発言に、来賓貴族の間にどよめきが走る。隣のミレアも目を丸くして驚いている。
やっぱりろくな事じゃなかった。
「……ビンガード様。理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「理由?そんなの一つだ。お前には色気が足らんのだ!色気が!」
「はぁ?」
訳の分からない理由に、思わずため息のような、疑問符のような、曖昧な言葉が口から漏れ出てしまう。
「お前はどこか芋くさいのだ。別に顔が悪いわけではないのだがな……そうだ!付き合っている友達が悪いのかもしれん!今横にいるのはよく一緒にいるやつだろう?そいつの色気がないから、お前からも失われているに違いない!さっさとそいつと縁を切れば、もう一度婚約を考えてやるぞ!」
「はぁ!?」
今度は曖昧な言葉なんかじゃない。怒気のこもった威嚇だ。だが、王子は鈍感なのか、バカなのか、私が怒っているということに気が付いていない。
隣で、ミレアが耳を真っ赤にして俯いている。……あいつ、私のミレアに何をしてくれてんだ?
「そうだな。だが婚約破棄といった手前、縁を切るだけではな……そうだ!俺の頬に色気たっぷりにキスでもしてみろ!そうしたら許してやっても良いぞ!早くその芋女から離れてこっちにこい!お前と釣り合うと勘違いしたそいつが悪いのだから!勘違いはする奴が悪いのだ。気にする必要はない!」
我慢の限界だった。
私は、ツカツカと壇上に駆け上がる。何を勘違いしているのか知らないが、ビンガード王子はしたり顔で、左頬をズイと前に突き出してくる。
私は左手を彼の右頬に軽く押し当てる。またしても何を勘違いしているのか、王子はニヤニヤ口角が上がりっぱなしだった。
「かお、失礼します」
私は言うや否や、右手の平で思いっきり彼の頬を叩く。
バチンッ!
庭園に響きわたる爽快な音。右手に伝わる心地よい響き。
左手で逃げ場を抑えられ、もろに衝撃を受けた彼の頬は、みるみる手形に腫れ上がる。彼の両目からポロポロとこぼれ落ちる雫。
庭園では、一瞬の沈黙の後、大きなざわめきが波となってやってきた。
「にゃ、にゃにをするんだ!不敬だぞ!」
王子は叩かれた左頬を、大切な物を守るかのように両手で包み、叫ぶ。
「……何が不敬なのでしょうか?」
「な!理由無く王族を叩いて良いわけないだろ!不敬だ!死刑だ!」
「理由ならあります」
私はそう言うと、右手の平を目一杯大きく広げて王子に見せる。
「右手の真ん中を見てください。――ここに蚊の死体がへばり付いているでしょう?ビンガード様の頬に蚊がいたのです。最近、蚊が病気を運んでいると明らかになったばかりですから、ビンガード様の事が心配で心配で」
「……だ、だとしても叩く前に一言あっても良いでは無いか!?それが無かった時点でわざとだろう!ごまかすんじゃない!」
ビンガード王子は、少し痛みが引いてきたのか、頬から手を離し、私を指さしてそう言った。
「ちゃんと事前にひと声かけてますよ。――『蚊を、失礼します』って。あれ、その顔、まさか勘違いされていたのですか?……でも先ほどビンガード様、おっしゃっていましたよね?勘違いする奴が悪いのだと」
私はにっこりとそう言った。ビンガード王子は、それ以降ワナワナ体を震わせたまま、口を開くことはなかった。
******
ビンガード王子はその後、国王から説教をしっかり食らったらしい。家同士の取り決めを勝手に破棄したのだから、当然と言えば当然だ。――ちなみに風の噂によると、最近の王子のトレンドは、女性が手を近づけると「ヒィ!」となさけない声を出すことらしい。その調子でしっかりと反省していただきたい。
私はというと、結果として特に罰を食らうことは無かった。とんちが効いたのか、単純に王子の行動に問題ありと判断されたのかは知らないが、王族を殴ってお咎めがないなんて、かなり奇跡的な確率だと思う。首が繋がっていて本当に良かった。
――ミレアにはあの後こってり怒られた。ふざけないで全力で心配しながら怒ってくれる彼女を見て、本当に親友で良かったと心から思った。
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