表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

「愛していない」と公言した魔導卿の夫に離縁状を差し出したら、なぜか結界を張られて閉じ込められました

作者: 夢見叶
掲載日:2026/01/31

「君を愛することはない。三年前、そう言ったのは閣下、貴方です」


 私は、テーブルの上に置かれた純白の紙――離縁状を指先で押し出した。

 向かい側に座る夫、イグニス・ルミナス魔導卿は、手に持っていたティーカップを凍りつかせたように静止させている。


「……何の冗談だ、エルセラ」

「冗談ではありません。契約の更新をしない、それだけのことです」


 窓から差し込む朝日は、今日も残酷なほど美しい。

 昨晩、彼は夜会でカミラ様をエスコートしていた。私は一人、屋敷で彼の魔力を安定させるための特製スープを作って待っていたというのに。


 悲しくはない。ただ、すとんと腑に落ちたのだ。

 私の席は、もうここにはないのだと。


「カミラ様との仲は、社交界でも有名ですわ。私は身を引き、実家へ戻ります。お荷物は最小限にまとめました」

「待て。カミラとは、あいつが勝手についてきただけで――」

「説明は不要です。三年間、私なりに貴方を支えてきたつもりですが、それも昨日で終わりにいたします。……お世話になりました、イグニス様」


 私は席を立ち、優雅に一礼する。

 泣いて縋るとでも思ったのだろうか。彼の瞳が、見たこともないほど細められ、激しい動揺に揺れている。


「行かせないと言ったら?」

「閣下、貴方に私を止める権利はありません。この結婚は『互いに干渉しない』という契約だったはずですから」


 私がドアノブに手をかけた、その瞬間。


 ――ッ!


 空気が、物理的な重圧を伴って震えた。

 バキバキと音を立てて、部屋の四隅から紫電が走り、屋敷全体を包み込むような巨大な魔力の膜が展開される。


「……何、を」

「結界だ。私の許可なく、この敷地から出ることは、蟻一匹として許さない」


 振り返ると、そこには「冷徹な魔導卿」の仮面を剥ぎ取った、一人の執着に狂った男が立っていた。

 イグニスは、椅子を蹴り飛ばすような勢いで私に歩み寄り、その強い腕で私の肩を掴む。


「間違っていた。愛さなくていいなどと言った三年前の自分を、今すぐ殺してやりたい。……どこへ行く。君がいない世界など、私は許さない」

「離してください」

「離さない! 離すものか! 君がいないと、私はまともに眠ることさえできないんだ。あのスープも、香炉の調合も、私の魔力を抑えられるのは君だけだ!」


 それは、愛の告白というにはあまりに傲慢で、けれど悲痛な叫びだった。

 彼は私の首筋に顔を埋め、子供のように震えている。


 ◆


 イグニス様による「屋敷封鎖」から三日が経った。

 そんな中、結界の隙間を縫って現れたのは、自称・愛人のカミラ様と、私の実家である伯爵夫妻だった。

 彼らは「エルセラを説得して、イグニスの機嫌を直させよう」という浅はかな目論見で、応接間に踏み込んできた。


「エルセラ! 貴方、何様のつもり!? イグニス様にこんな真似をさせて……早く結界を解くよう言いなさい!」


 カミラ様がヒステリックに叫ぶ。隣では私の両親が「伯爵家の面汚しめ。魔導卿への不敬で首が飛んだらどうする!」と私を責め立てた。

 三年前の私なら、震えて謝っていただろう。

 けれど、今の私の背後には、冷え切った魔力を帯びた「最強の盾」が立っている。


「……私の妻に、随分な物言いだな」


 冷徹な声と共に、部屋の温度が数度下がった。

 背後から伸びてきたイグニス様の腕が、当然のように私の腰を抱き寄せる。


「イ、イグニス様! この女が貴方を困らせているのでしょう? 私が代わりに――」

「カミラ、君は勘違いをしている。私が彼女を閉じ込めているのではない。私が彼女に、ここにいてくれと『懇願』しているんだ」


 イグニス様は氷のような視線をカミラ様に向けた。


「昨晩の夜会、君が勝手についてきたせいでエルセラを傷つけた。その落とし前はつけてもらう。君の父が進めている魔導具の利権、あれはすべて白紙だ。……それと、今後二度と私の前に姿を見せるな」

「そんな……ッ!?」


 絶望に顔を白くするカミラ様に、イグニス様は追撃の手を緩めない。次は、私の両親に向き直った。


「伯爵。貴方方もだ。『身代わりの出来損ない』と彼女を呼び、虐げ、我が家に売り払った記録はすべて押さえている。……エルセラに支払われるべきだった支度金を横領していたこともな。今すぐ全額返還しろ。できなければ、貴家の爵位剥奪を陛下に進言する。……エルセラ、これでいいか?」


 彼は私を覗き込み、まるで捨てられた仔犬のように、私の顔色を伺った。

 私は静かに微笑み、彼の手を優しく握り返す。


「ええ。もう、十分ですわ」


 激昂することもない。ただ、私を「道具」としてしか見ていなかった人々が、自分たちの愚かさで自滅していく様を、私はどこか遠いことのように眺めていた。これが「冷却」――今の私には、彼らに向ける感情さえ残っていない。


 衛兵に引きずられていく彼らの叫び声が消えると、応接間には静寂が訪れた。


「……エルセラ。これで外の雑音は消した。君を苛むものは、もういない。君は、ここにいてくれるか? 契約ではなく、私の妻として」


 イグニス様は私の髪に顔を寄せ、深く息を吸い込む。その指先が、離せば消えてしまうとでも言うように、微かに震えていた。

 私は少しだけ意地悪く、彼の胸に指を立てた。


「そうですね。毎朝、私のスープを『美味しい』と言って完食してくださるなら。あと、カミラ様のような女性を二度と近寄らせないこと」

「約束する。……スープは一滴も残さない。女は、視界にさえ入れない。君以外のすべてを捨ててもいい」


 それは、帝国の最高権力者とは思えないほど、重くて、甘くて、独占欲に満ちた誓いだった。


「ふふ、合格です。……旦那様」


 私が初めて彼をそう呼ぶと、イグニス様は耐えきれないといった様子で、私を壊れんばかりに抱きしめた。

 窓の外、屋敷を覆っていたはずの「拒絶」の結界が、温かな光に溶けていく。


 監禁されたはずの檻の中は、今、世界で一番甘い居場所に変わっていた。

最後までお読みいただきありがとうございました!

「無自覚に執着していた旦那様が、逃げられそうになって初めて壊れる」という関係性と、冷却系のざまぁを楽しんでいただけたなら幸いです。


少しでも「面白かった!」「続きや別パターンも読みたい」と思っていただけましたら、下の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークで応援していただけると、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ