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第三話 言い訳のお時間です





月曜日。

それは俺達ブラック企業勤めの人間達にとっては終わらぬ残業へのデスマーチの幕開けの日。周りの人達を見てもみんな憂鬱そうな顔をしている。



「おっはよーございまーす!……って、うわ!!いつにも増して酷い隈ッスね!人を2、3人殺ってるって言われても違和感のない顔してるッスよ」

「あぁ…月見里か。まぁ、ちょっとな」



翌朝、まだちょっと頬の腫れは残っていたが、普段通りに出勤し、デスクで提出しなければならない書類の整理をしていたところに月見里がやってきて声を掛けてくる。


振り返った俺の顔を見て、月見里は怪我をしたはずの頬よりも目元のほうを見て怪訝そうに眉を顰める。無理もない。あれから柘榴の契約者なら【言ノ御魂】くらいちゃんと使えないとと言われ、柘榴と一緒に考えたイメージがしやすい言葉を、きちんとイメージができるまで何度も何度も何度も何度も繰り返し練習をさせられていた。


それこそ夜通しだ。

そのせいでただでさえ酷い目元の隈はより酷くなり、月見里の言うように酷い人相になっている。



昨晩、柘榴と話し合って考えた言葉は2つ。

割とイメージがし易かった【壁になれ】と、物や相手を飛ばして攻撃したり距離ととったりと便利そうな【飛んでけ】の2つ。



…………まぁ、結局、風呂場の水で夜通し練習したのだが、【壁になれ】で創れるのは50cmくらいの高さの壁が限界で、【飛んでけ】も投げるのとそんなに変わらないくらいの速さしかでなかったので、柘榴からは「まだまだね」と言われてしまった。



(にしてもスパルタ過ぎだろ……)



また今晩もやるのかと考えると思わず口からは溜め息が零れる。



「そういえば、先輩?渡したリンカーってどうしたんッスか?着けてないッスけど

「…………あ」



月見里はトントンッと自身の首に着けたリンカーを指差しながら、俺に尋ねてくるが、俺の顔からはサーッと血の気が引いていくのがわかる。



(マズイマズイマズイマズイマズイッッ!!!)



忘れてた。

月見里から貰ったリンカーは柘榴の【言ノ御魂】によって既に鉄の球体へと変貌を遂げており、とてもじゃないが直せるような状態じゃない。


そもそもそれを説明しようとすれば柘榴の事も説明しなきゃいけないが、何て説明すればいいのかわからない。



(………どうする?どれが正解だ?)



パターン1【素直に話す】。


「いや、実は現実で契約獣と契約して、その契約獣がリンカーを壊したんだ」

「は?何言ってんッスか?」



………うん、駄目だ。


もしかしたら、月見里も俺と同様に何らかの契約獣と契約を結んでいる可能性も0じゃないが、そうじゃなかった場合は現実と妄想の区別もつかないヤバイ奴になってしまう。



パターン2【最初から壊れてた事にする】。


「いや、最初から壊れてたぞ?」

「え?新品ッスよ?」



これも無理があるな。


俺が買った物ならばこれでもいけたかもしれないが、これはそもそも月見里から貰った物だ。つまり、月見里も同じ物を持っているわけだ。

月見里の持ってる物が壊れてないのに、俺が貰った物だけが壊れてるなんてまずあり得ない。



パターン3【売ってしまった】。


「すまん!金が無くて売ったんだ」

「…………」



論外である。


後輩から好意で貰ったものを即時換金するなんて最低過ぎる。この一言に尽きる。



「えっと、ま、まだやれてなくてな!」

「あー、そうなんッスね。日曜日なんか用事でもあったんッスか?」

「ちょっとな。そのせいで寝れてもなくてさ」

「なるほどッス。でも、先輩も無理し過ぎちゃ駄目ッスよ?ただでさえ普段から長時間労働で無理してるんッスから」



これが1番無難な解答だろう。

俺は乗り切れたと確信して心の中でガッツポーズをする。


幸いな事に俺達は多忙なブラック企業に勤めている。普段の仕事や残業を理由にすれば何だかんだで時間は稼げるはずだ。その間に新しいリンカーを買えばいい。


その出費額は薄給の俺にはかなりの痛手だが、最悪、カップラーメンのみで朝と昼をやり過ごせばギリギリ捻出できなくもない金額だ。



「そッスかぁ……うーん、もしかしたら……」



なぜか俺の発言に月見里はどうしようかとちょっと困った風に腕を組み考えるポーズになる。むむむっと呻りながら考えた後に、月見里は覚悟を決めたように俺のほうへと向き直る。



「先輩!ちょっと仕事終わり時間あるッスか?」

「え、まぁ、終電前までならあるけど……」

「ちょっと人前じゃ話せない事なんでお願いしますッス!!」

「あっ、おい!!」



要件を聞く前にそれだけ言うと月見里はパタパタと席へと戻ってしまう。

何の要件だったのかだけでも聞きたかったが、結局、商談や会議があったせいで残業が終わるまで話せず仕舞いとなってしまった。




◆◇◆◇




「ごめんなさいッス!!お待たせしちゃったッス!」

「ん、ああ、別にいいよ。俺もさっき着いたばかりだったし。ほら、お疲れ様!」

「ありがとうございますッス!」



職場近くの公園のベンチに腰掛けて俺が暫く待っていると、遠くから手を振りながら犬の尻尾のようにブンブンとポニーテールを揺らしながら駆け寄ってくる月見里。


余程急いだのだろう。肩でゼェハァと荒く息をする月見里に、俺はあらかじめ買っておいた缶コーヒーを手渡し、月見里はそれを嬉しそうに受け取り、俺の隣へと腰掛ける。



無言で俺達はコーヒーを飲み、暫くの沈黙が流れる。

このまま黙っていてもしかたがないので、とりあえず要件を聞こうと俺から口を開く。



「で、どうしたんだ?話って」

「………えっと、先輩だからこそ話すんッスけど、笑わないでくださいよ?」

「俺を頼って相談してきてくれたんだろ?そんな後輩の話を笑って聞くわけないだろ」

「じゃあ………もし、もしッスよ?リンカーからほんとに契約獣が現れたなんて言ったら信じるッスか?」

「………え?」



え?

まさか、月見里も?


予想外の事に思わず固まってしまったのだが、それを俺が疑ってると思ったのか、月見里は論より証拠と言って、キョロキョロと周りに誰もいないことを確認する。誰もいない事を確認し終えると、背後の誰もいない虚空へ目掛けて声を掛ける。



「いるッスか?ガウ君」

『お呼びでしょうか、お嬢様?』



月見里の呼び掛けと同時に、月見里の背後にはキッチリとした燕尾服を着こなした身長が2mを越えそうな白い体毛の狼男が現れた。

燕尾服の裾からは尻尾が顔をだし、パタパタと揺れている。



『こちらがお嬢様の仰られていた先輩様でしょうか?お初にお目に掛かります。私、お嬢様……いえ、月見里 小鞠様の契約獣となりました【ガウ】と申します。見ての通りの【狼男ウェアウルフ】では御座いますが、等級は【5等級】。権能はお嬢様から秘密にするよう仰せつかっております故、ご容赦くださいませ。何卒宜しくお願い致します』

「あ、どうもご丁寧に。えっと、来栖 晴時です。一応、月見里の先輩やってます」

『はい。お噂はお嬢様からよく聞いております』

「ちょッ!!?ガウ君ッ!!」



ペコリと優雅に恭しくお辞儀をするガウ君と呼ばれたディール。


その一連の動きは粗野で野蛮なイメージの強い狼男ではなく、美しい所作や風貌、言葉使いに月見里の事を【お嬢様】と呼ぶ事からまるで月見里専属の執事のようにも見える。



「もぅ!ガウ君は堅苦しいッス!」

『お嬢様に仕える身としましてはこれが適切で御座います。むしろ、お嬢様こそ愛しの先輩に意識してもらいたムグッ!!?』

「もう黙るッス!余計な事は言わなくていいんッスよ!!!」



何か気になる事を言おうとしていたが、それを顔を真っ赤にしながらピョンピョンッと飛び跳ねながらガウの口をそのちいさな手で懸命に覆い隠す月見里。


飛び跳ねたせいでブルンブルンッと効果音が聞こえるくらい揺れる胸を凝視する俺の姿を見て我に返った月見里は軽く咳払いをして両腕で胸元を隠しながら話を続ける。



「コホンッ!まぁ、見てもらったほうが早いと思ったんでガウ君を喚んだんッスよ。それに………あんまり驚かないんッスね、先輩」

「どういうことだ?」

『晴時様。僭越ながら申しあげますと、普通の人間であれば私の姿を見れば驚くか、怯えるかと』

「あっ………」



ガウの言葉に、俺は自身の間抜けさに気がつき衝撃を受ける。


確かに、普通の人間なら目の前にいきなりこんな狼男なんて現れたらパニックになるに決まってる。なのに俺は慌てるどころか普通に接していたのだから、これを間抜けと言わずに何と言えばいいのだろう。



『それに私が現れた時から、晴時様がご契約を結ばれた契約獣も晴時様を心配して現れたので、私は晴時様がお嬢様と同じく契約獣とご契約を結ばれていたのは気がつけましたよ』

「「え?」」



ガウの言葉に俺達がハモりながら周囲を見渡すと、公園の隅の木陰からスッと柘榴が姿を現した。



『晴時の側で誰かの契約獣の気配がしたから念の為に見張ってたのだけれど、まさか気づかれるとは思わなかったわ』

『お褒めに預かり光栄で御座います。自慢の1つなもので』



そう言って、ガウは自慢げに自身の鼻を指差す。


柘榴はカラッコロッと高下駄を鳴らしながら俺の隣までやってくると、月見里のほうを向いて、ガウの真似をしてか袖を翻しながら優雅にお辞儀をする。



『初めまして、可愛らしいお嬢さん。私が晴時の契約獣の柘榴よ。鬼で等級は【2等級】。権能はあなた達に倣って秘密にさせてもらうわね。どうぞよろしく』

「あ、は、はいッス!——————って、2等級ッスか!!?めっちゃ強いじゃないッスか!」

「え?そうなのか?」

『晴時はもうちょっと興味を持ってくれてもよかったと思うわ』



呆れ気味に言う柘榴。

どうやら自身の等級の高さにはそれなりに誇りを持っていたようで、あまり俺からのリアクションがなかった事に拗ねているようだ。


知識がなかったからとは言え、その点には申し訳なさを感じたので、また今度スイーツを奢るからと言うと柘榴は「ならまた候補を決めとくわ」と言ってニコッと笑ってみせてくれる。



「じゃあ、先輩も契約獣と契約を結んでるんなら話は早いッスね!」

「え、何がだ?」

「先輩こそ何言ってるッスか?リンカーに運営から直接メール来てないッスか?」



あー、ここでもリンカーって必要になるのね。


もう隠しきれないと判断した俺は、この後、素直に月見里へと謝罪をすることとなるのだった。






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