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第一話 運命的な邂逅





残業続きだったせいか目覚めると既に窓から見える太陽は高い位置まで昇っている。眠気眼を擦りながらスマホを確認すると時刻はもう午後へと切り替わろうとしていた。


貴重な日曜日だというのにもう既に午前中が潰れてしまった事を嘆きつつも、この後どうしようかと考えていると、最近は節約のために昼飯も抜いて朝と夜をカップラーメンのみでやり過ごしていたからか、鼻腔をくすぐるいい匂いに寝起きだと言うのにグゥと腹が鳴る。



『ン…………ああ、遅かったわね。勝手で悪いけど朝食を用意させてもらったから。あ、勿論、契約者さんのも作ったから食べるといいわ』

「……………え?」



目覚めた俺へと発せられる声に俺は動揺する。


そして、その声をほうを見る。



(…………綺麗だ)



丁寧に結われ、菖蒲の装飾のついた簪でまとめられた腰まである長く絹のように艶のある銀色の髪。柘榴の果実ような紅みを帯びた深い赤色の瞳は見ていればどこか吸い込まれそうになり、スッと真っ直ぐ通った鼻梁、弾力を感じさせる桜色の唇がどれも完璧な配置で整っている。その途轍もない美しさとどこか妖艶さを感じさせる雰囲気は、芸術品とさえ形容できるほどで、思わず見惚れてしまいそうにもなる。



実際、一瞬心を奪われていたが………………ただ、それよりも気になったのが額から伸びている2本の黒い角の様なものと、着物の帯締めの位置にぶら下げられた刀。


御伽話で聞く【鬼】にしては随分と品のある姿だが、彼女を形容する言葉として1番適当な言葉だと思う。だとしても、鬼なんて空想の産物だ。実際にいるわけはない。

普通に考えるなら強盗か何かだろうと、俺は努めて冷静な口調で彼女へと話しかける。



「………勝手に俺の部屋で料理してるけど、誰なんだアンタは。鬼みたいなコスプレをしてるけど、強盗だとしたら悪いがウチには金目の物はないし、渡せる金なんて端金しかないぞ」

『あら、冷静ね。昔なら私を見た人間達は裸足で逃げだしてたのに。……とは言え、私を盗人扱いするのは酷い勘違いよ。契約者さんが喚んどきながらその言い草こそまさに勝手じゃない?』

「は?俺が喚んだ?」

『ええ。ほら、その首につけてる機械で私を喚んだんでしょ』



箸を置き、彼女がトントンッと指差すのは俺の首に装着されたままのリンカー。

そこで俺はこれがまだリンカーによって再現したものなのではないかと思い、リンカーを首から取ってみる。



「き、消えない!?」



取ってみて俺は再び彼女がいた場所を見て驚愕する。変わらず彼女は目の前から消えることはなく、クスクスと笑っているのだ。


戸惑う俺に彼女はカラッコロッと高下駄を鳴らしながらしゃなりしゃなりと歩み寄り、俺の頬にそっと手を添える。それによって温かい手の温もりが頬に感じられる。いくらリンカーが電気信号で脊椎から脳の五感に干渉できるとはいえ、いくらなんでもここまでリアルには再現できないだろう。


そうなると、これは現実で、彼女の言葉通りで彼女は俺の契約獣なのか?



(ははは………まるで、ゲームだと思って契約したら実際に契約獣と契約しましたなんて、どんなアニメや漫画のご都合主義だ。思春期の妄想かよ)



こんな馬鹿な事を考えつくなんて我ながらどうかしてると思う。


彼女がなんなのかはこの際問題じゃない。問題は俺の部屋に勝手に入ってきていることだ。ならばやるべきことは警察への通報だと思い、俺はポケットからスマホを取り出して110番の画面を彼女に見せる。



「悪いが、そんな妄想は信じられないんでね。それにそんな妄想をするような歳でもないしな。まだここに居座る気なら面倒事は嫌だが警察を呼ばせてもらうぞ」

『あはは、強情ね。じゃあ、逆に質問するけれど、どうすれば信じてくれるのかしら?』

「それこそ簡単だろ?君が俺の契約獣だって言い張るのなら何か契約獣だと証明できることをやってみせてくれ。契約獣なら等級に関わらずそれぞれ権能とかっていう特殊能力があるんだろ?じゃあ、その権能を見せてくれれば信用もできるかもしれないな」

『あら………そんな事でいいの?』

「やれるもんならな。できなきゃ即通報させてもらうさ」



まるで造作も無いと言った風に彼女は肩を竦めてからコホンッと小さく咳払いをする。まるで照準を合わせる様にゆっくりと腕を持ちあげて、人差し指で俺の額に触れてから彼女は一言言葉を口にする。



『【跪きなさい】』



そのたった一言の言葉を聞いた瞬間、俺の身体は俺の意思を無視して彼女へと跪く。



(……………え?)



まるで意思を持たない絡繰人形を傀儡師が糸で操られるかのように、俺の身体は俺の意思なんて関係なく彼女の言葉通りの動きをする。


催眠術のようなものの類い?


いや、違う。即座にその考えを否定する。前にテレビで観た催眠術を使える人の話では、深いリラクゼーション状態の人であれば普段は認識してない無意識の領域に干渉することによって思考や行動を誘導する事はできるそうだ。



(俺は警戒してたからテレビで言ってた深いリラクゼーション状態とは全然違う…………催眠術じゃないとしたらなんなんだ?ほんとに権能?いや、そんな訳ないだろ!?)



跪いたまま思案する俺の姿を見ながら彼女はまた楽しそうに目を細めカラカラと笑う。



『まだ信じきれないかしら?それもそうよね、この程度じゃ催眠術みたいなんて思われてもしょうがないわよね………ねぇ、契約者さん?どうすればあなたは私の言う事を信じてくれるのかしら?』

「え?」

『そうねぇ〜……あ、こうしましょうか!』



何かを思いついたのか彼女は俺が手に持ったままにしていたリンカーを徐に奪い取る。奪い取ったリンカーを手のひらに乗せて俺に見えるようにしてから彼女は一言『潰れなさい』と呟く。


その言葉とともに金属製のリンカーがバキバキッと手のひらに乗せたままの状態でひしゃげていく。男の俺の腕力でも歪むかどうかという硬さのものが、10秒もすれば原型を留めていないただの鉄の球体へと姿を変えてしまった。



『これで信じたかしら?次の証明はあなた自身でやってみせようかしら』



暗に、次は「お前の身体がこうなるぞ」と言っている。


俺の腕や脚が次はさっきのリンカーのように捻じ曲げられひしゃげて潰れる姿を想像して、その時感じる苦痛を考えると顔から血の気がサーッと引いていくのがわかる。


ここまでのものを目の前で立て続けに見せられた俺は両手を挙げて、首を横に振りながら降参の意を示す。



「わかった。信じるから勘弁してくれ。俺の身体までそんな風にはされたくない」

『賢明な判断ができる契約者さんでよかったわ』



それじゃあ改めてと言って、彼女は恭しく頭を垂れて挨拶をする。



『残忍で残酷で、人間達の畏怖たる象徴。争い、喰らい、奪い、彷徨う先には何も残らぬ諸行無常の定めなり。その体現者であり、それこそが私達【鬼】よ、契約者さん?ディールとしての等級は【2等級】。権能についてはまだ秘密。だけど契約者さんに永遠の忠誠を誓うわ。これから末永くよろしくお願いね』

「あ、え、こちらこそ、でいいのか?えっと、俺は【来栖くるす 晴時はるとき】。36歳で、まぁ、普通の薄給サラリーマンだな…………それで、俺は何をすれば?」

『とりあえず私はあなたの事をこれから晴時って呼ぶわね。で、晴時が最初にするべき事は私に名前をくれないかしら?あ、勿論素敵なやつね』



素敵な名前と言われて困惑する。

ペットの名前を決めるならいざ知らず、契約獣とは言っているが見た目は人間との差異はほとんどない相手に名前を決めるとなると変な名前は絶対に駄目だ。


最悪、変な名前を言えば最期。さっきのリンカーのようにされるかもしれない。



(何かいい名前?綺麗な銀髪だから雪……菖蒲の簪を着けてるから菖蒲?………いや、どれも普通だし、安直過ぎるか?)



何かないかと彼女を見ているとその綺麗な瞳が目につく。その瞳を見つめたまま俺は気がつけば思いついた名前を口からポツリッと零していた。



「【柘榴ざくろ】…………」

『柘榴?ふぅん、いい名前じゃない?素敵な名前をありがとう、晴時』



どうやら気にいってもらえたようでホッと胸を撫でおろす。リンカーのように潰されるような結果は避けられたようだ。


とりあえず、柘榴が用意してくれていた朝食を一緒に食べつつ、俺は気になっていた疑念を柘榴へと問いかける。



何故、ゲームだった筈が現実で契約を結んだ事になっているのか?

他の人も晴時と同じように現実で契約を結んだりしてるのか?

そもそも契約獣とは実際はなんなのか?

これから何をどうすればいいのか?


考えれば考えるほど疑念は尽きることなく頭の中に浮かんでくる。俺はそれらを柘榴へと問いかけ、暫く沈黙した後に柘榴は口を開いて質問へと言葉を返す。



『そうねぇ……まずはわかることから話すけど、なんで現実で契約を結んだことになったのかって質問だけど理由はコレよ』

「………リンカー?」

『正解』



机に置かれたリンカーだった球体を指差す柘榴に俺は答え、柘榴はその答えを聞いて首を縦に振る。



『2つ目の質問の答えにもなるけど、これは普通の人間が使うならただの機械としての機能しかないわ。ただ、晴時のように特異な素質がある人間が使った場合は別の役割を果たすようになってるわ』

「別の役割?」

『ええ。わかりやすく言うと使った人間の素質に見合った私達のような人ならざる者を喚びだして契約を結ばせるって役割ね。昔の陰陽師達が式神と契約していた術に似ているわね』



柘榴の説明では意図的にこの役割は隠されているようで、陰陽師でもない晴時のように何も知らない人間でも、素質さえあれば誰でも契約を結べるようで、晴時の他にも同じように素質のある人間が契約を結んでいてもなんらおかしくはないそうだ。


何の為にそんな役割を持たせているのか。誰がこんな事をしているのかは柘榴も知らないらしい。


それを調べるには直接、リンカーを製造販売しているバアル社を訪ねなければならないが、こんな事ができる企業相手に一般人が何かできるとも思えない。それにわざわざ藪蛇を突っつくつもりもないため、気にはなるが一旦保留にする。



「それで、結局契約獣ってなんなんだ?」

『なんなのかしらね?私自身、なんで喚ばれたのかも、喚ばれる前はどうしてたのかも思い返してみても記憶に霞がかかったようになってて何もわからないのよね』



柘榴自身もそこは疑問に思っていたらしく、記憶を辿ろうとしてもできないようで、観念したように首を横に振って肩を竦める。


聞けば聞くほど謎ばかりが増えていく。



「まぁ、考えてもわからない事をいつまでも考えたところで時間の無駄か。とりあえず、俺達はこれからどうすればいいんだ?ほら、何か選ばれた者としても使命とかあるのか?」

『さぁ?普段通りでいいんじゃない?』

「え、何かないのか?ほら、世界を救うとかそういうの」

『無いんじゃない?別に私と契約したからって何かしなきゃいけないとかはないし』



一瞬、漫画やアニメみたいな世界を救うみたいな使命があったりと期待をしたがそんな事はなかったようだ。そんな事を妄想していた時期があっただけに期待したのだが現実はやはり非情らしい。


非情な現実を前にガックリと肩を落とす晴時であった。




 








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