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プロローグ





「……………終わったぁぁぁ」



フゥッと大きな溜め息を溢しながらイスの背もたれに体重を預けつつ背伸びをする。バキバキと背骨を鳴らしながら時計を見ると時刻は既に11時を過ぎ、終電の時間へと近づいていた。


定時直前になって部長が笑顔で持ってきた利益率重視の期日の短いハードな案件。とてもじゃないが残業しなければ終わらない。



連日連夜続く残業に疲れた眼を擦りながらもパソコンに齧りつきなんとか終わらせる。



「お疲れ様ッス、先輩。相変わらず凄い量のエナドリですけど、健康診断とか平気なんッスか?」

「おー………月見里か」



終電に間に合わせるため手早く荷物を鞄に詰めていると、声を掛けてきたのは後輩の【月見里やまなし 小鞠こまり】で、俺の卓上に転がる無数のエナジードリンクの空き缶の量を見て引き気味な笑みを浮かべながら話し掛けてくる。



「まぁ、歳も歳だからいい結果にならないのは確かだが、薄給の俺達はこうやって無理しないと暮らせないのが現実だ、若者よ」

「聞きたくもない現実的なお言葉ッスね、先輩」

「で、なんのようだ?今更仕事でミスったなんて言うなよ、泣き喚くぞ」

「表情がマジじゃないっすか…………」



当たり前だ。


毎日毎日、学歴はあるのに人権や労働基準法もわからないようなクソ部長が持ってきた大量の納期の短い案件処理のため残業に残業を重ねて頑張っても、その手柄はすべて部長のもので、逆にミスはすべて俺達のせいにされ、罵詈雑言をこれでもかと浴び続けているのだ。


そんな肉体も精神も極限の状態でやっと帰れると思った時に「仕事にミスがありました」なんて聞いたら、誰だって泣き喚きたくもなる。



「って、そうじゃなくて!ウチって超絶ブラック企業じゃないですか?」

「ああ、悲しい事だが自他共に認める超絶ブラック企業だ」

「ですよねぇ〜………悲しい事実確認ありがとうございますッス!そんな日頃お世話になってる先輩にめっちゃ良い話があるんスよ!!」

「俺としてはそのお世話の頻度が減るのが1番なんだけどな………お前、ミス多いし」

「うぐッ!?それはそれとしてなんですけど、先輩ってゲーマーじゃないッスか!【アリーシア】ってゲーム知ってます?」

「まぁ、ネットニュースでも話題だからな」



【アリーシア】。


ここ最近、最新技術によって雑誌やテレビでも話題沸騰中のVRゲーム。

約2ヶ月程前に、突如ゲーム業界に現れた【バアル社】が開発したとされる【現実とゲームの世界を重ねる】をコンセプトにしたVRゲームの第1作目がこのアリーシアである。


世界観としては、別世界からの【侵略者】とされるモンスターを倒すためにプレイヤー達は【召喚師】として【ディール】と呼ばれる使い魔達と契約して、契約したディールと、ディールの持つ権能を使って戦うというありきたりな設定ではある。ただ、これがバアル社の開発したVRゲームである事と、リアルタイムで侵略の進行度が変わるのがウケているそうだ。



「実はアリーシアで現金が稼げたって噂があるんッス!」

「所詮は噂だろ?そもそもゲームで金稼ぐのって法律的に違法じゃないのか?」

「むー…………先輩って夢がないッスね」

「この歳になると夢を見るのはゆっくり寝てる時くらいなんだよ。でも、まぁ確かに興味深い話だが、まず端末を買い揃える事が無理だな。値段が高過ぎる」



悲しい事に、超絶ブラック企業に勤務する平社員にそんな貯蓄はない。

基本給は最低ラインのギリギリなのに、残業代は無く、出張含めた交通費はすべて自腹。昨年のボーナスなんてあってないような額だった。


最近は残業続きでやれてないけどゲーマーとしては欲しいけど、こんな状態じゃ最新機種のゲーム機の費用を捻出するだけの余裕も蓄えもありはしない。



「そうッスね!でも、コレを見るッス!!」



おもむろに鞄から箱を取りだして、ポンっとその箱を俺のデスクに置く月見里はニヤリと笑いながら、とあるサイトの抽選クジの当選者欄を自慢げに見せつけてくる。


その当選者一覧の中に月見里の名前も載っており、その景品はちょうどいま話題にしていたゲームのデバイスのカップルペアセットだった。



「ウチ、兄弟姉妹もいないんで、特別仲良くもない人に渡すのは論外ッスけど、でも売るのももったいないじゃないッスか!だったら普段迷惑かけちゃってる先輩にと思ったんッスよ!」

「月見里、お前…………」

「それで是非とも稼いでウチに焼肉か回らない寿司でも奢ってくださいッス!」



一瞬、月見里の気持ちにウルッと涙腺が弛んだが、その次の言葉を聞いてガックシと肩を落とす。


……………ほんの一瞬でも感動したのが馬鹿だった。



どうせ先輩である俺への気遣いは所詮は建前で、本音は俺が稼げたらそれを理由にできるし、稼げなくとも渡したことを理由にして、継続的に焼肉や寿司を俺から集る算段なのだろう。



「月見里、お前って奴は………………魂胆が見え見えだ。せめてもうちょっと隠せ」

「バレたッス!?で、でも、お世話になってる感謝の気持ちは事実ッスよ!」

「なら、余計にその見え透いた魂胆はちゃんと隠しといてくれよ。素直に感謝し辛いし」

「そ、それにぃ〜?ゲーム機じゃなくて別にウチの身体でお返しってのもいいッスよ?」

「セクハラで先輩を社会的に抹殺する気か?それにそういうのはこんなおっさん相手に言うと本気にされるからやめとけ」



豊満な胸元を寄せて露骨なアピールしてくる月見里を俺は華麗にスルーする。言われたのが俺だから良いものの、セクハラオヤジに聴かれたら何をされるかわかったもんじゃない。


とは言え、ありがたいのは確かだ。

これで晩酌の発泡酒がビールに変わるくらい稼げた暁には回転寿司くらいは奢ってやるのもやぶさかではない。



「まぁ、説明書とかも同封されてるんで、帰ったら早速やってみてくださいッス!いつか偶然、奇跡的に休暇が被ったら一緒に街中でゲームでもしにいくッス!」

「おう、そんな奇跡があればな」



それだけ言うと月見里も終電の時間が迫っていたようでバタバタとオフィスから駆けだしていくのを見送り、ふと周囲を見渡せば俺だけしかオフィスにいない事に気がつく。



「………さて、帰るまでに説明書でも読んでおくか」



腕時計で時間を確認すると、自身の終電の時間が迫っていたことに気がつき、オフィスの消灯と戸締まりを手早く済ませ俺も駅へと急ぐ。



◆◇◆◇



帰宅までの1時間で、あらかたの説明書については読み終わることができた。


読んでてわかったのはやはりこの【バアル社】のVRはいままでのVRゲームとはレベルが段違いであるということ。いままでのVRはあくまでも現実世界に映像を重ねてあくまでも視覚的にそこにいるように見せる程度のレベルだが、これは違う。

【バアル社】の開発した首に装着する【リンカー】と呼ばれる機器には、特殊な電気信号を脳へと送ることで五感にすら干渉することができ、現実とまったく遜色がないレベルでゲームを楽しむことができるらしい。


流石に痛覚までは再現はしてないようだが、他はかなりリアルに感じることができる。


まさに【バアル社】の理念通りの現実にゲームの世界が融合している。



「なるほどなぁ、最新技術だなんだと話題になるだけはあるわ」



箱から取りだしたリンカーは金属製の黒塗りの首輪そのもので、重厚感のある見た目とは裏腹に装着時に負担にならないようにするためかかなり軽い。

リンカーを首に装着すると勝手にカチカチと音が鳴りサイズが俺の首ぴったりに調節される。



「起動コードは………あ、これか。【リンク・オーバー】」


調節が終わり、リンカーの起動コードを口にするとブゥゥゥンという低い起動音とともに、目の前に魔法陣の様な幾何学的な紋様がホログラムのように何もない空間に浮かびあがり、その直後、油断していた俺へ焼けるようなほどの紫の眩い極光が瞳を襲う。



「目がァァァァァァァァァァァァッッ!??」



油断した俺は、予想外の痛みに悶え混乱しながらも、某映画の大佐のような悲鳴をあげながらジタバタと情けなく床を転げ回る。


築50年を越えるボロアパートの皆無に等しい遮音性では、深夜に悲鳴をあげながら転げ回るオッサンからでた騒音はかなりの迷惑になったに違いない。隣接する部屋から静かにしろと言わんばかりにドンッ!と壁を叩かれてしまう。


その音にビクッとしながらも、お陰で冷静さを取り戻すことができたので、恐る恐る魔法陣のあった場所を見ると【Welcome To Truth】という一文が浮かびあがっていた。


直訳だが【真理へようこそ】?



「演出にしてもやり過ぎだろ………最近のゲームってこんなのなのか?」



その言葉が消えると次は【使い魔と契約しましょう】という一文が現れる。


これが説明書にあった使い魔との契約なのだろう。

ディールとの契約は2種類があって、1つはこの最初の契約と、もう1つはモンスターとの戦いで勝利することで確率は明らかになってはいないが契約できる可能性があるそうだ。


当然、ディールにも強さの基準があり、1番弱いディールを【8等級】、そこから数字が若くなればなるほど強く、1番強いディールは【1等級】と呼ばれているが、まだその等級のディールと契約できたプレイヤーはいないため、特殊なアイテムが必要だとか、特殊なモンスターとの戦闘で極低確率で契約できるとか、そもそもまだ未実装だとか憶測が飛び交っている。


とは言え、運の悪い俺からすれば1番弱い【8等級】のディールじゃなければそれだけでいいので、とりあえず気負わずに【使い魔と契約しましょう】という一文に触れる。



「は——————?」



それと同時にまるで後頭部を殴られたような衝撃と激痛が走り、脳震盪になった時の様な脳を揺さぶられた感覚に襲われて立つこともままならなくなり思わず床に倒れ込む。

脳をミキサーにかけられたかのように思考は掻き乱され、治らない激痛はより意識すら保てないほど時間とともに強くなっていく。


あまりの痛みに顔は苦悶に歪み、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになる。

卒倒するほどの激痛に脳の防衛本能から意識が飛びそうになる直前、誰かがこっちに話しかけているような幻聴すら聞こてきた。



『——————ぇ!————ぶ?』



涙で見えなかったけど、人影が俺を覗き込んでるようにも見えたが、返事をすることもできぬまま、俺の意識は暗闇へと沈んでいった。


初投稿ではありませんが、久々に書きました!

まぁ、楽しくボチボチ書いていこうと思いますので高評価と感想があればお待ちしてます

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