目がみえない 耳が聴こえない たったそれだけ
米国がベトナム戦争に本格介入した1960年代半ば、米本土では風疹が大流行した。米軍の後方支援基地になった沖縄にも、流行が持ち込まれた。妊婦の罹患により、400人を超える先天性風疹症候群の子どもが生まれた
聴覚障害のある子どもが多く、期間限定の県立聾学校が設置された。ここに野球部ができた実話を基に、漫画家の山本おさむさんは「遥かなる甲子園」を描いた。何度読んでも泣かされる
聴覚障害者の野球だけではなく視覚障害者による野球盲人野球「グラウンドソフトボール」も存在する
盲人野球のボールは大きなソフトボールを利用し 野球を行う
ビッチャーはアイマスクを付けてキャッチャーからの手拍子によってビッチャーはボールを投げ バッターアイマスクを付けて ボールが転がる音を頼りにボールを打つのだ
ランナーはコーチャーからの手拍子でベースまで駆け抜ける 守るベースとランナーベースは違うため 接着の心配なくプレイすることができるのだ
アイマスクを付けた選手がボールをとると 「フライアウト」として判定されるためアイマスク 全盲選手の力が勝利するためには重要なのだ
詳しくは盲人野球と盲人卓球を描いた僕の小説 「サウンドテーブルテニス」を読んでほしい (宣伝)
野球が好きな障害者にとっては厚い壁だった。「どうして俺たちはいつも我慢ばかりしなきゃいけないんだ」と手話や点字訴える姿が痛ましい環境だ
障害を取り巻く社会環境はずいぶん整っただろう。けれど、制度や慣習の壁がなくなったわけではない
少しでも気になった人がいたならみてほしい
会場は都内中心で観戦は無料
ユーチューブによる中継の配信もある。
障害を「できない人」として認識してほしくない。
私たちの当たり前をもっとみんなにみてはしいんだ
パラリンピックをみているといつもヒヤヒヤしてしまう なんて言葉が聞こえる
「頑張ってえらいね」なんてみんな言ってくる
僕らは大丈夫 そんなに弱くないから




