朧
三題噺もどき―ななひゃくごじゅうに。
カーテンの隙間から、暗い部屋に一筋、光が入り込む。
まだまだ外は明るいのか、白いその光は寝起きの目には少し痛い。
でもきっと、明るいのも今の内で、あっという間に暗くなってしまうのだろう。
「……」
そして、知らぬ間に月が昇り、いつの間にか沈んでいく。
追いかけるようにして太陽が顔を出し、その陽の下を人間は生きていく。
私のような、夜しか知らぬ化物は、その陽を憎むか、羨むかのどちらかだろう。基本的には脊髄反射的に大抵のやつらが恨んでいる。羨むのはごく少数だ。
……私はどちらでもないな。
「……」
幼い頃は、憎みも羨みもしたかもしれないが。
今はもう、その陽を浴びたところで死ぬわけでもなし、羨んだところでどうにかできる事でもなしと、分かっているから。
それに、陽を羨んで、その下を生きるようになっては、そこで生きられない私の家族と離れることになってしまう。
「……」
それはまぁ、避けたいことだし。
そこまでして陽の下を生きたいのかと言ったら、そんなものでもないから。
……まぁでも、人間の生活に興味はあるし、この国は根付く文化があるから、それに惹かれることはあるわけで。夏祭りとか、初詣とか、そういう事はやってみたいと駄々をこねるけど。
なんだかんだと付き合ってくれるから、たまにそうやってわがままを言ってみたくなる。
「……」
お祭り騒ぎなんて、一番嫌いな空間だろうに。
人との距離が近すぎるのも、苦手にしているのに。
それでも付き合ってくれるのだから、ありがたいものだ。
まぁ、そんなことを言ったら、これも仕事の一環だからとでも言うんだろうけど。
「……、」
外から、賑やかな声が聞こえてきた。
今日も変わらず、元気に走り回っている子供たちがいるようだ。
あぁ、彼らを見ていると、羨む気持ちが沸かないでもないな……。あんな風に駆けまわって、何も気にせず何にも怯えず、暮らしてみたかったと、思わなくも。
「……」
まぁ、それもこれも叶わぬことだし。
今だって、十分すぎるほどに。
幸せな生活をしているのだ。
守るべき家族が居て、守られていて。
静かな生活ができて、たまに賑やかになって。
「……」
カチ、カチ、カチ、
と。
時計の針の音が聞こえてくる。
「……」
その近くに置いてある鳥籠の中身は。
空っぽだ。
空気だけがそこにある。
空虚な、虚しい。
「……」
いつものことなのに。
なぜだか。
「……」
「……」
「……」
「……、」
「ご主人―」
「 ………」
真っ暗な部屋の中に、開けられた扉の先から光が入り込む。
廊下の電気をわざわざつけてきたらしい。
逆光のせいで少し影になっている表情は、あまり見えない。
「起きてますか」
そういいながら、容赦なしに部屋へと入ってくる。
まぁ、コイツにとっての寝室でもあるから入るなとは言えないのだけど。
「起きて、早く動いてください」
「……、」
いつもの時間になっても来ないことに痺れを切らして、起こしに来たらしい。
ぱち―と、目が合う。
それで、起きていると気づいたくせに―気づいたからか―かけていた布団をはぎ取ろうとしてきた。冷房が効いているのでここは少々冷える。かと言って切ると熱いのだからままならない。
「もう朝食できますよ」
「……」
そう言うが、いつも私が朝シャワーを済ませてから出来上がるように調節しているのは知っている。だからきっと、これも方便でこれから作るのだろう。
「……なんですか」
「……なんでも」
よく見たら今日は可愛らしいエプロンをしていた。
何かのキャラクターなのか知らないが、デフォルメされたような馬が一面に配置されている。どこでこんなもの見てくるんだか。
「……おはようございます」
「あぁ、おはよう」
つい先ほどまでの、よくわからない感情は、いつの間にか消え去っていた。
今はもう、コイツが居るから。
「……何をニコニコしているんですか」
「してないだろう、そんな顔」
「してなくても分かるのでやめてください」
「なんでだ……」
お題:お祭り・馬・脊髄