第一巻 第六章 — 暗黒神の継承者
デイビッドは全力で走っていた。時折後ろを振り返りながら、傷だらけの体を引きずるようにして逃げ続ける。
やがて彼は山に辿り着き、必死に登ると、そこには巨大な神殿があった。顔を上げ、体を支えながら入口へと進む。扉の上にはこう刻まれていた。
「暗黒神の神殿」
中へ入ると、無数の石像が中央へと跪いている。その中心には巨大な像が立っていた。
「これは……何の像だ?」
そう呟いた彼は視線を下げ、祭壇を見つけた。力尽きたデイビッドはそこへ倒れ込み、体の自由を完全に失っていく。
大量の失血により、意識は薄れていった。
その時、重々しい音を立てて神殿の扉が開き、巨大な手が姿を現す。
爪が石をひっかく甲高い音が神殿に響き渡る。現れたのは一体の悪魔だった。そいつは辺りを見回し、やがてデイビッドの方へ歩み寄る。
終わりを悟ったデイビッドは、静かに頭を祭壇に預けた。口から溢れた血が祭壇を赤く染める。だが次の瞬間、その血は漆黒へと変わった。
瞼を閉じたその時、雪山の悪魔が爪を振り下ろす――。
しかし、巨大な像の腕がそれを止めた。
逆上した悪魔は像へ攻撃を仕掛けるが、手は虚空をすり抜け、逆に闇が絡みつく。暗黒の瘴気が腕を、そして全身を包み込み、悪魔は絶叫した。
やがて断末魔は消え、像は元の姿へ戻った。
その瞬間、デイビッドの意識の奥底に声が響く。
『番号003――運命の序章を突破した。
功績――ライハンを悪魔の手で死に至らしめ、さらに雪山の悪魔を討伐した。
これにより、至高の属性を授与する。汝は暗黒神の継承者となるであろう』
『さらに称号を与える――暗黒の主』
デイビッドは衝撃を受けた。至高属性に、称号まで……。
属性は低位・中位・高位・至高と分かれている。その最高位を、今の自分が?
呆然とする彼の耳に、再び声が響く。
『暗黒の主よ、序章は終わった。現実へ還れ』
デイビッドは瞼を閉じ、再び開いた時には病院の一室にいた。拘束具で体を縛られている。動こうとするが、外すことはできない。
鼻を突く不快な臭いに思わず顔をしかめた。
「なんだ、この臭いは……」
扉が開き、三十歳ほどの男が現れる。顔の半分には大きな傷跡があった。
「目を覚ましたか」
「……ああ。それより、この臭いは何だ?」
男は笑みを浮かべて答える。
「それはお前の体の臭いだ。人間の枷を脱ぎ捨てた証拠さ。お前はもう人間じゃない――能力を持つ超人だ」
「……なるほど」
「俺の名はイーサン。お前はデイビッドで合ってるな?」
「ああ」
「よし、拘束を解いてやろう」
解放されたデイビッドは立ち上がり、自分の体を動かす。
「……軽い」
イーサンは頷いた。
「当然だ。人間を超えたんだからな。さて、風呂に入って食事にしよう」
「分かった」
入浴を終え、鏡に映る自分を見つめ、彼は黒い目隠しを結んだ。
その後、食堂でイーサンと合流する。
「どうだ、序章を終えた気分は?」
「……最悪だ」
イーサンは笑い出す。
「俺も同じだった」
「まあいい、食べ終わったら『覚醒者の学園』へ連れて行く。そういえば聞き忘れてたな――どの悪魔と戦った?」
「雪山の悪魔だ。中級クラス」
「中級……だと? 本気か?」
「本当だ」
「……そうか」
イーサンの表情は険しくなる。
「なら、しばらくは一族たちの目に触れるな。争奪戦が起きる」
「どういうことだ?」
「中級悪魔を突破した者は、世界で十人しかいない。そして全員が神の継承者になった」
「お前は十一人目だ」
デイビッドは愕然とする。
「……分かった」
食事を終え、二人は車に乗り込む。道中は沈黙のまま。
やがて学園の門前に到着した。
「ここでお別れだ。幸運を祈る」
「ありがとう」
門を見上げながらデイビッドは呟く。
「……なんて巨大な門だ」
その時、彼の隣に一人の少女が立っていた。
年は十八ほど。腰まで届く純白の長髪、そして光のように白い肌。
彼女を見た瞬間、デイビッドは心の中でつぶやく。
「……どこかで会ったことがある……」




