第1巻 第26章 果実の代償
デイビッドは立ち上がった。
全身が汗に濡れ、息が荒い。周囲を素早く見回すと、エマとルーシーはまだ眠っていた。
――今の夢は一体……?
デイビッドはそう思った。
だが、その数秒後にはもう夢の内容を思い出せなかった。
それが、彼をさらに不安にさせた。
生まれてからずっと記憶力には自信があった。
なのに、どうしてこんなにも簡単に忘れてしまうのか。
デイビッドの瞳に、一瞬だけ不安の影がよぎった。
自分に何が起きているのか、仲間たちに何が起きているのか――彼には分からなかった。
だが、皆がそばにいるのを確認して、安心したように息を吐き、再び横になった。
数時間後、三人は目を覚ました。
デイビッドの記憶からは、夜の出来事が完全に消えていた。まるで、何者かに消し去られたかのように。
彼はルーシーを見て微笑み、優しく声をかけた。
「ルーシー、ルーシー、起きて。」
ルーシーはゆっくりと目を開け、眠たそうに彼を見つめた。
「どうしたの、デイビッド?」
「いや、散歩でもしようかと思って。」
ルーシーは少し迷ったが、友人の誘いを断ることはできなかった。
二人は外へ出た。冷たい朝の風が頬を撫でる。
まだ眠気の残るルーシーも、その澄んだ空気に触れるとすぐに目が覚めた。
デイビッドは二人を見回して、微笑んだ。
「少し歩こうか。」
ルーシーは明るく答えた。
「うん、行こう!」
だが、エマだけは違った。
どこか現実から離れたような目をしていた。
冷たい、遠くを見るような視線。
ルーシーは気づかなかったが、デイビッドは感じ取っていた。
けれど、その違和感もすぐに頭から消えてしまう。
「……変だな。」そう思う間もなく、思考そのものが霧のように消えていった。
歩きながら、ルーシーとデイビッドは楽しそうに話した。
だが、その間、デイビッドの剣が時折微かに震えていた。
まるで「危険だ」と警告するように。
それでもデイビッドは気に留めなかった。
夜になり、彼らは大樹の中の空洞に身を寄せた。
静かな時間の中で、デイビッドがふと思いついたように言った。
「歌を歌ってあげようか?」
ルーシーは目を瞬かせた。
「えっ、歌えるの?」
「もちろん。」
「じゃあ、聞かせて!」
ルーシーは目を輝かせた。
そして、デイビッドは歌い始めた。
星が空に瞬くとき
君の声が聞こえる
それは闇を照らす光
僕を導く優しい囁き
倒れてもまた立ち上がる
自分を失っても思い出す
たとえ世界が消えても
君がいる限り、僕は生きる
この想いは止められない
炎のように僕を導く
夜を越え、恐怖を越えて
僕は君のそばにいる
この想いは止められない
たとえ明日、世界が消えようとも
僕は君のために歌い続ける
歌が終わると、静寂が訪れた。
「どうだった?」デイビッドが尋ねた。
ルーシーは目を輝かせ、微笑んだ。
「すごい……本当にすごいわ。こんな歌、大好き。」
デイビッドは少し眉をひそめたが、穏やかに笑った。
「ありがとう。」
エマは冷たい声で問うた。
「その歌、どこで聞いたの?」
「昔、ある金持ちの家で聞いたんだ。食べ物を盗みに入った時にね。」
二人の少女は驚いて目を見開いた。
「えっ……」と同時に声が重なった。
しばしの沈黙。
――だが、デイビッドの脳裏にふと浮かんだ。
「待て……俺が今歌ったのは……あの歌じゃなかったはず……?」
その違和感を口に出そうとした瞬間、言葉が喉の奥で消えた。
考えも、記憶も、まるで誰かに消されたように薄れていく。
残ったのは――虚無と、胸の奥に沈むわずかな不安だけだった。




