第1巻 第24章 — 中級悪魔(ミッドレベル・デーモン)
エマとデイヴィッドの前に、激怒した悪魔が立ちはだかっていた。
その黒ずんだ肉体には無数の深い傷が刻まれ、滴る血が地面に落ちるたび、じゅうっと音を立てて煙を上げた。
森の上空には重たい雲が垂れこめ、昼であるはずの空が夜のように暗く染まっていく。
一滴の雨がデイヴィッドの頬を伝い落ち、やがて天が裂けた。
豪雨が降り注ぎ、巨大な木々の葉を激しく叩きつけ、森は轟音と共に嵐へと変わった。
悪魔は待たなかった。咆哮をあげ、エマへと突進する。
その速さは目にも止まらぬものだったが、エマは身を翻し、辛うじて避ける。
大木の幹に爪が深く突き刺さり、木肌が裂けた。
次の瞬間、デイヴィッドの姿がその横に現れる。
影のように動き、悪魔の攻撃を受け流し、剣を一閃。
刃が悪魔の腕を裂き、血飛沫が雨と混ざって霧のように舞った。
「グアアァァッ!」
獣のような悲鳴が森を震わせる。
怒り狂った悪魔は尾を振り回し、デイヴィッドへ襲いかかる。
しかし、彼はすでにその動きを読んでいた。
雨が彼の輪郭をぼかし、その身はまるで水そのもののように滑る。
エマは黄金の剣を抜き放ち、跳躍する。
横一線の斬撃が稲妻のように閃き、悪魔の前脚を切り裂く。
だが、完全に切り落とすには力が足りなかった。
尾がうなりを上げて彼女へ迫る。
剣が幹に食い込み、抜けない。避ける時間もない。
「動けない……!」
その刹那、闇の中からデイヴィッドが飛び出した。
剣が閃き、尾の軌道を受け止める。
「……クソッ、すげぇ力だ。防いでるんじゃない、流してる…!」
歯を食いしばり、彼は力の流れを逸らす。
エマが剣を抜く隙を作り、片腕で彼女を押し退けた。
「どうやって……?」
「問題ない」
エマの頬を伝うのは雨だけではなかった。
赤い線がこめかみを流れ落ちる。
悪魔の息は荒く、動きは徐々に乱れていく。
「消耗させるんだ」
デイヴィッドの声は低く冷たい。
エマは静かにうなずき、剣を構える。
二人は同時に動いた。
互いの斬撃が交錯し、悪魔を追い詰めていく。
森は雷鳴に震え、稲光が血に染まる地を照らした。
次の瞬間、エマの剣が悪魔の腕を完全に断ち切る。
悲鳴が空を裂き、悪魔は狂ったように突進。
彼女は剣で受け止めたが、衝撃で身体が吹き飛ばされた。
「チッ……!」
デイヴィッドが舌打ちする。
尾が彼を襲う。滑る地面を転がり、すれすれで回避し、そのまま跳び上がる。
「痛みは嫌いだ……だが、感じなきゃ失う」
そう呟くと、彼は左目の布を引き裂いた。
次の瞬間、視界が変わる。
悪魔の全ての動きが、呼吸が、存在が、鮮明に見える。
「見える……全部だ」
怒号を上げ、悪魔が再び突進する。
だがデイヴィッドは、まるで未来を読んでいるかのように動いた。
その動きは冷酷で、淀みがない。
悪魔の攻撃は空を切り、次第に鈍くなる。
「終わりだ」
彼は一息で跳躍し、首筋を切り裂いた。
鈍い音が響き、悪魔の頭が宙を舞う。
血が雨と混じり、大地を染める。
エマが駆け寄る。
倒れた悪魔を見つめ、胸に安堵の表情が浮かんだ。
(彼……また強くなった)
デイヴィッドの前に立ち、静かに言う。
「おめでとう。これがあなたの核よ」
「……本当に?」
「ええ。でも、もう一つ必要ね」
デイヴィッドの顔に影が差す。
彼は知っていた。
この先の道が、さらに過酷であることを。




