第四章 水浴び
昔々から、鬼鳴市は神社仏閣が立ち並ぶ街でした。古くから伝わる怪談や伝承、都市伝説が多く存在していて、住民はおおらかで、多少目の前で超常的な現象が起きても動じません。住宅街は閑静で田畑が点在しているけれども、駅周辺はショッピングモールや公園等の施設が充実しているのです。
そして多くある神社仏閣の中でも一際歴史のある神社が辰灯神社なのでした。
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『変身っ!』
全身が包みこまれる様な感覚がした。気付けば髪は伸び、巫女さんの服の様な赤い衣装を身に纏っていた。
今日は日曜日、翔烏はすばるに魔法の稽古をつけてもらっていた。達也とエミーには、ただ家に泊まるとだけ言ってある。
「その姿なら、通常より高度な魔法を使えます。ただしその分、変身を解いた後は疲れますよ。用心なさい。」
「はーい!」
「では、その状態であの的に魔法を放ってみるのです。」
『炎よ!出ろ!』
掛け声とともにケイトから炎が放たれ、的は跡形も無く消え去った。
「はい!今日はここまでです!」
すばるの声を合図に変身を解くと、どっと疲れが湧いてきた。
「やはりアナタは筋が良いです。アナタの年で的を消し飛ばすなど、ワタシには出来ませんでした。」
「いやーそれほどでもー。」
翔烏は褒められて少々浮かれていた。
「おおい婆さんに翔烏ちゃん!お風呂が沸いたよ!」
勇の声が家の中から響いた。
「それでは翔烏ちゃん、お風呂に入りましょうか。」
「私、先に入ってるね!」
疲れを感じさせないスピードで身支度を済ませ、風呂の戸を開けた瞬間、いた。羅喉様だ。
「……水浴び…する…のか…?」
「うん。…服、着たままで良いの?」
「……構わん。」
羅喉様は浴室の中をきょろきょろと見回し、湯気を掴もうとしたり、シャンプーの容器を眺めたり、排水溝を覗き込んだりしていた。
「まずシャワーで体を洗って、それからあそこに入るんだよ。」
「………シャワー……聞かぬ名だ……水浴びの道具か……?」
「そうだよ。ここを捻ると…穴からお湯が出てくるの。」
「……お湯……?」
翔烏は、お湯の出るシャワーを羅喉様に手渡した。
シャワーを身体に当て…驚いた様に目を見開き、すぐ細めた。
「……暖かい…水が……。」
「体濡らしたら、ボティーソープで身体あらって、それからシャンプーで頭洗うよ。」
「……そう…か…。」
シャンプーを飲もうとするのを止めつつ、自分の身体も洗っていき、いよいよ湯船に浸かった。
羅喉様はシャワーの時と同じように、目を細めている。
「お湯入るの初めて?」
「…否、……昔…我らは……お湯の中に……いた……この…お湯の様な………色………。」
羅喉様は、また眉間にしわを寄せていた。どこか、苦しそうなしわ……。
「羅喉様、 見てっ。タオルをこうするとね…ほら、「クラゲ」!」
「……それは…クラゲと………言うのか…。」
「本物のクラゲはね、海にいるよ。タオルをこうすると、クラゲとそっくりだから「クラゲ」。」
羅喉様は相も変わらず無表情だが、興味深そうに「クラゲ」をつついたり、揉んだりしている。
「楽しい?」
「………ああ、楽しい……な…楽しい…。」
この間もそうだったが、やはり、自分より小さな子どもを相手にしている気分だった。
「羅喉様は私といる間、時間止めてるの?」
「…そう、だ…。」
「二人きりが良いとか言ってたよね。やっぱり人間も妖怪も嫌いなの?」
羅喉様は頷いた。
「じゃあなんで、私とは仲良くするの?」
「……我らは……我らと、しょうちゃんは……同一…だからだ…。」
翔烏は羅喉様の言う事が理解出来ず、すぐさま「どういう事?」と返した。
「汝は……特別色濃い者だ…。この瞳が……そう語っている………。」
と言って、翔烏の瞳をじっと見つめている。やはり、羅喉様の言う事は分かりづらい…。
考え込んでいる間に、いつの間にか羅喉様は石を持ち込んで食べ始めていた。
「どうして石を食べるの?」
「この…星のもの……だから…だ…この星は………美味い…。」
「星!?羅喉様って宇宙から来たの?」
そう翔烏が言うと、羅喉様はどこかきょとんとした顔で、
「……最初に…会った…時…外から……来たと……言った…だろう………。」
と言った。なるほど…外とはそういう意味だったのかと翔烏は思った。でも、羅喉様と自分が一緒というのはどういう事だろう?もう一度聞こうとすると、羅喉様は突然湯船から立ち上がった。
「……楽し、かった……。また…遊ぼう………。」
フッと目の前から消えた。その直後、
「お待たせしました翔烏ちゃん。」
と、すばるが風呂場に入ってきた。
翔烏はすばるに、さっきあった出来事を話した。
「…そうですか、そんな事が。…確認したい事があるのですが、鬼鳴様は女ですか?」
「ううん、男だよ。」
すばるは下を向き、はあっと溜め息を吐いた。
「あっ、でも服は着てたよ。」
「そういう問題ではないのですよ…。」
翔烏は風呂から出て、すばるや勇としばらく談笑した後、床に着いた。床の間で、翔烏は考える。自分と羅喉様が同じというのは一体どういう事なのか?考えている内に、瞼は重くなっていった。