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8ー5

 目を開けてそちらを見やれば、窺うように窓の方へ顔を向けている。

「アンリエッタ」

 打って変わって真剣そうな声音を出したレームに、アンリエッタは思いがけなく戸惑った。

「ど、どうしたの?」

「……外から音がする」

「え――」

 と声を返した時にはレームは立ち上がっている。遅れてアンリエッタも窓に寄って、隣と同じくこっそりと外を覗く。

 夜の街路の視界は、やはり悪い。

 ガス灯は室内で灯した蝋燭のようにその周囲を狭く照らすが、星明りの注ぐ他の地面との落差のおかげで、その全貌はかえって暗く映った。

 その中に、気のせいかと見紛うくらいの鮮明さで、幾つか影が見えている。どし、どしんと控えめな音が合わせて立っていることに気が付いた。動く影は明かりと暗がりの間を出たり入ったりして、その内に数が減ったのか、大まかに挙動を捉えることが困難になる。

 音も――。

 気付けば聞き取れない。

 酔っ払いとかごろつきとかいった輩でないことは、少なくとも察しが付く。野良の犬とか猫でもない。そういう者たちの諍いであれば、前後最中にいきり立った唸りなどが聞こえて、すぐにわかるはずだ。外はそれと比べるまでもなく静かで、だから片が付いたらしい今になっても、下で動き回っていた彼らの正体は不明のままだった。

 アンリエッタは息を詰めて耳を澄ます。

 無音が続いている。

 嵐や雷が去るのを待つみたいに黙りこくる。

 隣を見た。レームが、気付けば室内の方へ顔を向けていた。アンリエッタも倣って振り返り、ルウィヒと目が合ったので抱き寄せる。

 かつん、とふいに、戸口から音がした。

「錠がずいぶんと痛んでおりますね。替え時かと」

 声は響きこそ鈍いものの、聞き覚えがある。

 相変わらず足音を殺して、すらりとした人影が、ぬっと闇から分かれて来たみたいに室内へ現れる。

「フォンさん、ですか」

はい(ウイ)どうもこんばんは(ボン・ソワール)

 言いながら、こちらに近付いて来る。どうも篭もって声が聞こえていたのはそれが原因だったらしく、被っていたマスクとネットを頭から外した。先に対面した時よりもぴったりと髪をまとめたフォンが、暗がりでも視認できるくらいの距離に立つ。

「夜分の訪問にご容赦を、アンリエッタさん。必要が生じまして、二人をお迎えに上がりました」

「二人……って」

 隣を見る。レームは不安げな様子もなく、フォンのことをじっと見上げている。

「あれが前に言ってた、僕らを攫いに来るはずだった人たち?」

 窓の方に目配せして彼が訊ねると、フォンは頷く。

「ええ。ハーヴェルの派遣工作員と、あとはイスタ軍部の開発局絡みの連中です。まあ、まずは移動しましょうか。別働隊が不審がって様子を見に来るまで、そう時間もないでしょうし」

「ねえ、アンリエッタも」

「彼女なら大丈夫ですよ、じきにフランツ隊長が来られます」

 レームは一瞬迷った様子で俯いたが、すぐに顔を上げた。

「アンリエッタ」

 状況がわからずに耳を傾けるばかりになっていたところに、レームの声がかかる。

「ごめん、僕ら、行かなきゃ」

 ごめんね。

 ルウィヒからその声が伝わって、するりと少女は腕から抜けていきそうになる。

「ま、待ってよ!」

 離れるのを引き止めて、アンリエッタはルウィヒの肩にしがみ付く。ずっと平静に見えていたレームの顔が動揺した様子でこわばったが、返答は寄越されない。ルウィヒも黙って息を詰め、硬い質感の感情ばかりを伝えてくる。

 否応なく、別離の気配が漂っていた。

 そんなの。

 なんで。

 いきなり過ぎる。

 だって……やっと。

 縋る一心で、アンリエッタはフォンを見上げる。

「フォンさん、教えて下さい。これは一体どういう……それにこの子たちは」

「詳細はフランツに」

「ですが」

「すみませんが、私に話せるのはたった一つなんです」

 言い置いたフォンはずいぶんと上品に笑顔を作って、それから問い掛ける。

「薬か拳。アンリエッタさんは、眠るならどちらがよろしいですか?」

「え」

 それが気絶させられる数秒前、最後に聞いた台詞で――。

 次に目覚めた時、アンリエッタが二人の姿を見ることはなかった。

次回からエピローグ。土曜日に投稿できたら良いなあ、という感じ。

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