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公書士アンリエッタ 〜いつかペンと制度の力で〜  作者: ke
第6話「送る羽ばたき、明ける後悔」
30/45

6ー4

 開かれた玄関の外側で、マルタ・ベルジェは室内の様相をゆっくりと眺めた。フランツとアンリエッタが立つ短い通路の奥には台所と居間が繋がって、角からちょこんと、顔を出して状況を窺うレームとルウィヒがいる。

「ご機嫌よう、ムッシュー」

 フランツに対して一礼すると、マルタは自己紹介を始める。呆気に取られていたアンリエッタは、そこでやっと声を出した。

「か、母さんっ。どうしてここに……」

「何ですかエッタ、挨拶の最中に。失礼でしょう」

 顰蹙を買うが、首を振る。

「そんなことはどうでも」

「良いわけがないでしょう? お招き頂くくらい親密な御宅ではないのですか」

「お招きって。ここに住んでるのは私たちで、尋ねてきたのはフランツさん――」

 うっかり言って、しまったと思う。

「……私たちとはどういう意味です? そちらの御子さんでないのなら、あの子たちの親は」

「か」

 問い詰めようとするのを遮る形で声を上げたアンリエッタは、マルタから目を逸らし、言う。

「母さんには、関係ない」

 つい絞り出した答えが状況を進ませないのは明白で、マルタはわずかに眉をひそめる。

「ムッシュー・フランツ」

 娘への詰問に見切りをつけたマルタが、彼の方へ向いた。

「この子は今もしかして、何か面倒な状況にいるのですか?」

「んん? ああっと……面倒といえばそりゃ、そうかもしれないが」

「フランツさん!」

「いや聞かれたからっ」

 苦情と抗弁を投げ合う二人だったが、マルタはまるで意に介さずに口を開く。

「エッタ」

 まっすぐこちらに視線を合わせるマルタ。

「あなたは、仕事のためにこの街に来たはずでしょう」

「そ、そうだけど」

 射すくめるように言われたことは、元より持つ認識とも一致する内容ではあった。けれどもあまりにしかと述べられたものだったから、アンリエッタはついたじろいでしまう。

「でしたらまだ若いあなたに子どもを押し付けるような男性と、一緒になるべきではないと思います」

「へ?」

 と不意を衝かれるが、状況と証言を繋ぎ合わせたなら、そのような見解が生まれるのも無理からぬことと気が付いた。

「母さん、それは」

 違うと言いかけ、言葉に詰まる。

「それは、ええと、そうじゃないというか……」

 しどろもどろになりつつ言う。何としても解いておきたい誤解ではあったが、語ることのできない事情が多過ぎた。言えば言うだけ、誤魔化しているようにしか見えないかもしれない。

 マルタのことを見る。交わる母の眼差しに納得の色合いは毛ほどもなく、訝しげな眉根は狭まるばかりだ。アンリエッタは言葉を探して呻いて、それから隣で、ため息の落ちる音を聞く。

「失敬、マダム」

 フランツは一言マルタへ呼びかけて、続ける。

「横槍を入れて済まないが、あなたがしているような心配は、俺の知る限りないはずですよ。危なっかしく思う所がないと言えば噓になるし面倒を抱え込みがちなのも本当だが、彼女は、彼女のすべきことを立派にこなしていると思いますね」

 助け舟を出されると思っていなかったアンリエッタは、自分でも意識しない内にフランツの横顔を見つめている。呆けた眦に気が付いたらしい彼はこちらを見ると、何か考えるふうに瞳を目尻の上に動かし、しかし何も言わずにまた視線を正面へ戻した。

 そう。アンリエッタは、すごい。

 続いて頭の中でそう言われて、後ろを見ればルウィヒとレームが傍に寄っていた。じっとこちらを見上げる、兄妹の瞳がある。応える心地でアンリエッタはしゃがんで、二人の頭をそっと撫でた。

 だから、へいき。大丈夫。

 ルウィヒの声はアンリエッタがするのと同じように頭に手を伸ばされて伝えられて、額の近くをさする慰めには少しだけびっくりする。――そう、大丈夫。たぶんルウィヒを通じて、レームの声も頭に伝わる。こちらの頬に指を触れた彼が頷く。アンリエッタは「ありがとう」と、声に出して二人に述べて、再びマルタの方へと目をやった。

「あのね母さん。この子たち、御両親がわからないの。ちょっと事情があって知り合って、……放っておけなくて、それでしばらく預かってる」

 ほとんど現状だけを教えたアンリエッタの説明を聞いて、マルタは少しの間黙りこくった。兄妹とアンリエッタの三人を順番に見下ろすと、おもむろに口を開く。

「身寄りがない、ということでしょうか」

 頷く。

 兄妹がアンリエッタの前に出て、マルタとの間に割って入る。二人がそうする様子をマルタは無言で眺めて、やがてルウィヒのスカートに注目した。

「あなたの服……エッタのを仕立て直したんですね。前より刺繍が増えているけれど、縫ってもらったの?」

『はい。そうです』

 と書かれたカードをルウィヒが出して見せる。目にしたマルタがはっとアンリエッタへ視線を向けて、こちらが何も言わずに見つめ返すと、察したふうにルウィヒのことをまた覗き込んだ。

「綺麗な字。だけど、エッタが書いたものとは違いますね。これは、あなたが?」

 少女がはっきりと頷く。

 その仕草に微笑んだ母が、言う。

「私はマルタ。アンリエッタのお母さんなの。二人とも、お名前を教えて下さる?」

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