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公書士アンリエッタ 〜いつかペンと制度の力で〜  作者: ke
第6話「送る羽ばたき、明ける後悔」
27/45

6ー1

「小さい頃、両親をなくしたのよね。それで三年くらい親族の仕事を手伝って暮らしていたんだけど」

 仕事中、ふと思い出してシモンとの関係についてアンリエッタが訊ねると、ニーナが話し始めたのはそんな身の上話だった。

 住み込みの不動産管理人として生計を立てるその大叔父は、体が良くない。ニーナが大人になるまで保てば良かったが、床の底冷えの始まった初冬のある日、風邪を引いてそのまま他界してしまう。

「その時もう十四歳だったのもあるけど……もともと世話をしてもらえる身内っていうのも、他になくってね。なんとか仕事を続けさせてもらえないかってそこの大家に直談判した」

 その大家というのが、男やもめの公書士であるシモンの父親だったという。

「困った、参ったって顔をされはしたんだけど、でもしばらくしたら折れてくれた。許されたのは管理人の仕事じゃなくって、事務所の手伝いだったけどね。シモンはその時寄宿学校に入っていたから、あの子と対面したのはもう少し後だったんだけど」

 初等教育こそ中退していたが、ニーナは中でも物覚えが良く、文字を扱うのに支障がないのは大きかった。大叔父と暮らしていた時、下宿していた学生から教えてもらったりして得た法律の知識も、仕事をこなすのに多少役立つ。素行良く過ごしていた彼女はクレマン氏からの覚えが良く、程なくして養子として引き取られることになる。養父に対する尊敬とか、関わる仕事への手応えがあったとか、資格の取得に必要な学歴を代替する手段があるとかいった種々の理由も相まって、幾らもしない内に公書士になろうと志した。

 そしてやがて、今がある。

「色々あったけど、まあ私は運が良い方よね。地面に這いつくばらなきゃならないようなことは一度もなかった。働かせて欲しいって養父(ちち)に懇願した時こそ、膝を地面に着けはしたけれど」

 冗談めいた調子でそう言うと、微笑むニーナは一つ息をついた。

「……話し込んじゃったわね。さ、お昼までにもうひと仕事、ってね」

 半ば強引に業務提携が締結されてからはや数日、出張して訪れているクレマン公書士事務所にて、小休止を取っているところだった。ひと時お茶会めいたデスクから菓子盆が下げられ、ニーナは新たな書類をそこに持ってくる。

「寄宿学校への入寮申請、ですか」

 置かれた中にあった簡素な書式の用紙に目を留めて言うと、ニーナは一つ頷いた。自身にとっても関わりのある用件だったので、アンリエッタは一瞬レームとルウィヒに向けての書類かと早合点しかけたが、どうも違う。他の資料を確認すると、そこには六歳とか七歳の児童のプロフィールが記載されていて、おそらく彼ら向けのものなのだろうということがわかった。

「廃業することになる孤児院があってね。それで、そこの子どもたちの身寄りの手配をするの。修道院とか学校とか転送先は色々なんだけど、この子たちに関しては、学校に入るにはまだちょっと早くて」

 そのため、早期に入所できるよう働きかけが必要なのだという。具体的には経緯書の作成と、教育省への嘆願と受理、寄宿学校への早期入所の申し入れ、入学書類一式の提出、面談の設定等々となる。

「ちなみに廃業の理由は」

 一通り必要書類の詳細を聞いたところで、訊ねる。資金不足による経営不振か、それとも経営者の引退か。ニーナは言うのを憚るみたいに目を伏せ下へ逸らす。

「もともと、経営が不安定になる場面はよくあったらしいんだけど……」

 前置きの先を促す心地で、アンリエッタは小さく頷く。

「ここ最近は苦労しているようには見えなくって、周りの人たちも安心していたみたい。振り返ってみればそれが逆に不審な点でもあったのかもって、そんなふうに言っていたんだけど」

 話の矛先を見失って、アンリエッタはわずかに眉を寄せる。いったん言葉を止めたニーナは、ためらう様子で下唇を軽く噛んで、それから顔を上げ目を合わせた。

「その。つまりね、不正があったの。それで処分を受けて経営停止に」

 耳にした言葉を読み直すみたいに、アンリエッタはじっとニーナの方へ目を凝らした。

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