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公書士アンリエッタ 〜いつかペンと制度の力で〜  作者: ke
第5話「繋がりゆく共謀の輪」
26/45

5ー5

 さて、色々と特殊な展開のあった勤務を終えて帰宅してみれば、部屋には向かい合う兄妹とオッテンバールがいた。お互いに椅子に座って、手にした巻き包帯をレームの指に巻くルウィヒと、その手元を注視するオッテンバールがいる。

「ど、どうしたのっ?」

 すわまた怪我かと慌てたアンリエッタに、オッテンバールが目をやる。

「練習だよ。おチビがやりたいってせがんだんでね」

「ぼうきれ」

 短く不機嫌にルウィヒが呻く。感触を探る様子で片眉を上げるレーム。

「ルウィヒ、たぶん強く巻き過ぎ」

「ハハっ、思った通りへたくそだな」

「かいだん!」

「怒鳴ったってわかんないぜ。ほら、そんなんじゃ怪我を悪化させちまう」

 両手を重ねて補助してやって、オッテンバールはルウィヒと一緒に包帯を巻く。ぐちぐち言い訳したって始まんないぞ。何か苦情を伝えたらしいルウィヒに、そのように言う。

 置いて行かれているアンリエッタは首を捻るばかりだ。

「どういうこと?」

「それ、オッテンバールが持って来たんだ。キュウキュウバコ……って言ったっけ?」

 模擬の手当てを受けるレームが目線で示した通り、彼らの傍らの食卓には見慣れぬ木箱が置かれる。天面に刻まれた十字の意匠が印象的なその中にはハサミやガーゼや薬瓶が納められて、外観にこそ違いはあれどアンリエッタも実家の作業場で見慣れたものだ。

「治療用具……ですか?」

「そ。僕が普段扱っている商品でね、工場なんかに卸してる」

「このマークは確か、かの団体の」

「昔どこぞのおっさんが考えて表彰された奴だね。売り文句にちょうど良いんで使わせてもらってる」

「それは……当然許可を」

「必要あるか? あっちだってパクりだぜ?」

 そこの所の事情についてはよく知らないが、どこか恣意的な印象を感じさせる評価だった。大体仮にそうだとしても、無断で利用するのは道義上正しいとは言えない。

 オッテンバールとで巻いていたのを解き、再び兄の指に包帯を掛け始めるルウィヒ。

「ま、マークのことはともかく。この間も怪我をしてたしあって困るものじゃないと思ってね。持ってきてみたら教えろとねだられたわけだ」

「手当て、できるようになりたかったの?」

 訊ねると、少女からは頷きが返される。その理由を示すようにルウィヒは兄の方に目をやって、そうだね心配だもんねとアンリエッタはその頭を撫でてやる。

「お気遣い、どうもありがとうございますオッテンバールさん。お代は」

「ああ、別にいらないよ」

「え」

 あっさりと首を振られ、気まぐれな営業かと認識しかけていたアンリエッタは言葉に詰まった。

「思い付いたから持ってきただけだしね。ま、友だち付き合いの一環といったところさ。普段快く出入りさせてもらっていることだし」

「快くはしてないですし、控えて欲しいところなんですが……」

 呻いたアンリエッタの文句はしっかり耳に届いてるはずだが、オッテンバールからは黙殺される。

「でも、だとしてもそういうわけには。最初に助けて頂いた時も何もお支払いしていませんし」

「あれで僕が何か受け取れば不法行為だ。金はそりゃある方がいいけど、こういうことでせっせと稼ぐつもりもない。他に当てもあるしね」

 確かに、医療資格を持たない彼が営業行為を行うのは法に悖るが。けれどもジョゼフ医師が黙認したように、あの時のそれは十分に緊急対応とみなせるものだと、アンリエッタは思う。

「……オッテンバールさんは、医師や薬剤師になるおつもりはないんですか?」

「ないね」

「でも、知識も能力もお持ちと伺っています。勿体無いとは」

 くくく、とオッテンバールは聞いた意見をいかにも滑稽そうに笑った。

「人体と、もちろんその精神への興味は尽きないが、それを生業にしようとまではね。うだつの上がらない学生を脅しつけるとか、知識に触れる伝手はいくらでもあるし、困らないよ。莫大な借金をして何年も学校に通ってなんて、その気もないのにいかにも馬鹿馬鹿しいだろう?」

 そう言ってのけた十九歳の青年は、机に頬杖をついてアンリエッタのことを眺める。じいっと、動向を探るように視線を注いでくる。

「しかし僕にまで気配りをかけるようなことを言うんだな、君は。親気取りはこいつらに対してだけかと思ったけど」

「親って、そんなつもりでは」

「へえ、面白いな。自分で思わないのかい? 保護するだけで飽き足らず僕が横入りしてこなした治療の費用まで責任を感じるなんて、普通は親のすることだぜ」

 返す言葉が浮かばなかったアンリエッタを見て、どこか得意げな調子でオッテンバールは笑う。

「ハハ、僕には親がいないんで正味なところはわからないがね。言えるのは、費用やお礼の云々っていうのは君じゃなくってこいつらが何とかすべきってことだ。立て替えをしてやる分にはもちろん自由だが、のっけから君がしゃしゃり出てくる案件じゃない」

「でも、この子たちはまだ子どもなのに」

「関係ないね。面倒を掛けさせてる当人を素通りにする理由にはならない」

 オッテンバールの言葉には一理ある。けれども一理あるからこそ、改めて認識させたくないことでもあると、アンリエッタは思う。

「別に、したくて人を頼っているわけではないんです。他にやりようがないからで、それで受けた助けの全部を面倒とか貸し借りだとして請け負わせることが正しいとは、私には思えません」

 兄妹は結局、周りを頼らなければどうしようもない境遇なのだ。そんな状態で道理や責任を突き付ければ、二人はそれを真正面から受け止め過ぎてしまう。大の大人であったってそんなことをこなせるとは限らないのに、だ。

「だから、君が代わりに請け負うって?」

「はい」

 くく、とオッテンバールは再び噛み殺した鼻息を鳴らした。

「君が親なら、それもアリかもしれないな。()()()()んだろ?」

「――っ」

 アンリエッタが言葉に窮した隙にオッテンバールは立ち上がって、傍らのルウィヒの頭をぽんぽんと叩いた。

「ほらほら。手が止まってるぜ、へたくそ」

 触れられた少女が顔を上げた。窺うように、じっと彼のことを見上げる。

「そう――地道にこなすことだね。今度また、色々と教えてやるよ」

 そう言い置いて、オッテンバールが立ち去る。

 呆けたようにも見える表情で頬を強張らせるレームと目が合って、アンリエッタはどうしようもなく戸惑う。


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