5ー1
各々に番号を付された細かい図形の内の一つを、アンリエッタは指差す。
「ということはこちらも、疑わしい物件ということですか?」
隣のフランツに訊ねると、彼は一つ頷いて別の場所も示した。
「こことか、ここもだな。大きさはだいぶ違った気がするが」
「地図自体は古い記録から起こされたものみたいですから、一部の物件は抹消されたり統合されたりしているんでしょう。念のため、周辺の権利者も照会してみます」
フランツが頷くのを見て、アンリエッタは今しがたピックアップした地番をメモする。
大机に広げた土地目録付属地図の中では、四角とか三角の図形が寄り集まってうねり、それぞれの区画を形成している。都市周縁、丘陵部の奥まった辺りにある一帯を示す地図だった。地形の都合だろう、尖ったり緩くアーチしたりして、斜面や断崖に対応しているのがなんとなく窺える。中心街から離れ閑散とするその一帯は、由緒ある家土地であればいざ知らず、利便性に欠けるためにその価値を押しなべて低く査定されるとロランからは聞いていた。例の機関が、研究支援の途絶のためにこちらへ移ったというフランツの推測も、まあまあ頷けそうだと思うアンリエッタである。
走り書きした住所を地図上のそれと突き合わせて確認したアンリエッタは閲覧室を出て、登記情報検索窓口へと向かう。
マティルド不動産公示所ではその制度上、あまねく市民に登記記録の閲覧と取得を開放しているが、実態で言えば自由公開とするには程遠い。所定の様式の申請書と理由書を提出し、疑り深い担当官の質疑をそつなく答えてようやく、目的の情報に辿り着くことができる。公書士資格を有するアンリエッタの場合そのハードルは幾分か下がるが、なんでも自在に記録を取得できるかと言えば、そうでもない。
「商利用で使うってなってますけど、あんなとこで何売るの?」
「依頼者より口外を禁じられています」
「別によそにバラしたりしませんよ。場所も結構バラバラだし、気になっただけ」
「たまたま条件に合った場所がその辺りだというだけです。――ところで、申請に何か問題は?」
手続きを終えて閲覧室に戻る。やがて、申請した登記情報が届けられる。
「同姓同名……というわけではないでしょうね」
幾つかの土地の権利者に同じ名前があるのを確認して、アンリエッタは言った。請求した住所全てではないにしろ、先にフランツが見込んでいた以外の土地にもその人物は名を連ねている。
「他に持ってる不動産を調べて所在地を浮き彫りにしたい。名前で照会したいところだが、できそうかい?」
「基本的に名義者の同意が必要になります。それと……」
続く言葉を濁したアンリエッタに、フランツが小さく首を傾げた。
「私、以前この名前を見たことがあるんです」
それもほんの、数日前にだ。アニーに図面を起こしてもらった、あの案件の買い手。つまりこの人物は。
「もしかすると、マティルド中に物件を所持している可能性があります」




