0 「ふたりぼっちの兄妹」
自分自身の身にこだわりはない。けれども、妹のことまで同じというわけにはいかなかった。
入り組んだ道の影から影を、縫う。
夜に沈んで、すっかりと眠りに落ちたイスタ帝国北東の小都市、その一角。少年が少女の手を引き、石の床を走る。息は短く、拍動する胸は絶えず肺をいじめたが、彼にとってその負担は問題にならない。けれども。
苦しい、苦しいと頭に響く。
陸の上だというのに、口と鼻には溺れるような感覚があった。風を切るのに夢中になっていた少年は慌てて振り向き、後ろ手に引っ張っていた妹を抱き止める。だらりと彼の腕にぶら下がるような格好で、少女の膝は石畳の上へ落ちた。喘いで嘔吐にも似た咳を繰り返す妹に、少年は気が動転しかける。
逃げて、いた。元いた場所から。その正しさや妥当さについては計り知れないまま。
月の青白い光の影の中に、二人分の息遣いが満ちる。互いに、どっと汗を噴いていた。斜面の街、丘の中腹に位置する土地には風が吹き荒び、冷たい。うるさく鳴り立てる心臓の音に呼応するように、二人して浅く息を繰り返した。
足音が聞こえている。
複数、まだ遠く、しかし確実に近付く。
走らなければと少年は思う。再び手を引いたが、妹の体はふらふらと頼りなく、今にも転びそうにした。足をもつれさせる彼女の肩を半ば抱えて、建物と建物の間、上下に入り組む脇道へと進む。くねって、くぐって、角を曲がって……。
やがて、切り立った場所へ出た。柵もなく途切れた道の先を覗く。抉れた短い断崖を下りた下の方では、平べったい屋根の建物が数棟、階段状に続く。横殴りに吹き抜ける風が、少年の金の前髪を揺らした。
下までの深さは、優に一階層分はある。一人であれば着地も敵うが、前後を失うくらいに疲弊した妹を連れてそうすることは、明らかに無謀だ。
そうだというのに彼の判断には、欠片ほどの逡巡もなかった。
肩と背中に腕を回し、一回り小柄な体を持ち上げる。ぎゅっと、離さないことを決意するように強く抱きしめて、少年は途切れた道の先へと体重を預けた。
落ちる――。一秒数える暇もなく、肩から屋根に衝突する。ほんのわずか撥ねて落下を終えると、すぐに上体を起こした。けろりと、傍から見れば遠く昔に廃れた魔法でも用いたのかと思うくらい、何事もなさそうだった。妹に怪我がないことを確かめると、屋根の隅、なんとなく身を隠せそうな場所へ移動する。ここで夜を明かそうと、決める。雨で削れて幾らか滑らかなだけの岩肌に、軋む背中を預けて……。
兄妹は、寄るべのない身を寄せ合っている。