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第五話 たった一つの冴えないやり方

二学期が始まった9月、星路は無限に広がる草原に立っていた。

空は青く、風は穏やか。呼吸をするだけで若草と花の香りが全身に充満する。

そこには生命が満ちていた。


彼の隣には、真っ白い服に身を包んだ女がいた。

顔立ちはくっきりしていた。鼻筋がスッと通っていて、シャープな顎をしていた。

見た目でいうと二十代くらいなのだが、絶対にそんなはずがなかった。

理由は、彼女の瞳である。

黄金に輝く瞳から星二は神々しさを感じ取っていた。


彼女は愛おしそうに足元の草花を見つめた。


「ここまで回復するのには、三百年ほどかかった」


「……三百年ね」


女性は草むらをゆっくりと歩き出す。その後姿には覇気がなく、年老いた枯れ木が揺らいでいるのと似ていた。

背を向けたまま彼女は語った。


「改めて。私は妖精女王。名をアリシア」


「俺は、いらないよな」


「ああ。私はお前をよく知っている。数多くの魔法少女と契りを交わしていることも。その心に、怒りがあることも」


星路はアリシアの背中をじっと見つめる。

ほとんど睨んでいた。


「お前からすれば、私は敵なんだろう。アリサ、ひなた、桜子、多くの女子を戦場に送り込んだ鬼畜だ」


「そうだな。そうだよ、ほんと。その鬼畜が、俺になんの用事だ?」


「言っただろ。お前の願いを叶えようというんだ」


「詐欺師でももうちょっと上手いことを言うんだけどな」


「でも、お前は乗った」


「すべての魔法少女を救う力をって言われたら、まあね」


二人はそのまま草むらを歩いていく。


   ◯


地方の某高校で事件が起こった。

朝、一瞬で校舎の窓ガラスが粉砕され、周囲の街路樹がへし折られていたのだ。まるで突然の嵐に襲われたような光景であるが、生徒も教師もその瞬間を目撃していなかった。


この事件のために学校は休校になり、生徒たちは家に帰された。

しかし、一人、連絡がつかないものもいた。

二年生。男子生徒。


名前は、青木星路。

彼の姿だけがこつ然と消えていた。


芸能事務所クインプロ。

その会議室に、社長の月見里サユがいた。

彼女はホワイトボードに情報を書き連ねて整理していた。


「まず、午前8時00分。校舎、校門の周辺が破壊される」


「同時刻、通報」


「午前8時20分、休校が決定。生徒たちの安否を確認する」


「午前8時55分、全校生徒の安全が確認される。一人、青木星路以外は。そうして…………」


会議室の扉が開かれる。

入ってきたのは銀髪、大柄の女性。魔法少女ベアトリスだ。


「社長、アリサたちが調べてわかりました。青木星路は家を出てからすぐ、消えています。彼の匂いがなかったそうで」


「ん。家を出たのは何時?」


「7時45分」


「なるほどなるほど」


ホワイトボードに『7時45分:介入』と記した。

ベアトリスが月見里サユの隣に並んで、質問する。


「介入って書くからには、誰かが攫ったということで? 怪物に喰われたとかじゃあなく」


「そうね。アリシアだわ。懐かしい女」


「どんな魔法少女です?」


月見里サユはいいやと首を振った。


「魔法少女じゃない。私の戦友、妖精女王アリシア」


彼女は虚空から年代物の古びた煙管を取り出し、咥えた。

火を点けてないのに白い煙がゆらゆらと昇っていく。


「あの女が出てきたなら、追うことはできないわね」


「なぜです。社長の魔法は空間に干渉する。ワープです。どこにでもいけるじゃないですか」


「アリシアは彼を妖精の世界に連れて行ったのよ。そこまでは私の魔法でも追えないの」


   ◯


アリシアと遭遇したのは、学校の校門前。

朝だったのに他の生徒や教師など、一人もいない異空間だった。

そこで願いを叶えてやると言われて、ついてきたのだ。明らかにただの人間どころか、魔法少女でもないとわかったので。


星路は率直な質問をした。


「俺が魔法を使えるようにしてくれるのか? そうしてくれたら話は簡単なんだけど」


「ことはそう単純じゃあない。魔法少女にすることはできるが、男はちょっとちがう。役割がな」


「役割?」


「昔は男と女、一緒に力を与えていた。しかし、男の方はいらなくなってしまった。だから女だけが相手になっていたんだ」


「いらない、ね……。どういうことだ? 魔法を使って戦ってのが男じゃあなかったのか?」


「少し、ちがう。男は、肉体だった」


アリシアの言っていることはよくわからなかった。


魔法少女と怪物。彼が関わるようになって十年も経っていない。それでも怪物に命がけ――というよりも命を捨てる勢いで挑み続けてきた。

しかし、実のところ、昔も今も魔法少女が何なのか、怪物が何なのか、ちっともわかっちゃいなかった。ただ、意地と怒りを燃料に走ってきた。


それが、いま、わかろうとしている。

魔法少女とは、怪物とは。

なぜ自分に力が与えられないのかも。


少し、怖い――。


「どこまで歩く?」


「すぐさ。ほら、見えてきた。あそこが目的地だ」


アリシアが指さした先、草原の中に、巨大な岩が鎮座してあった。

緑と青のコントラストの中に現れた黒い巨大岩。

大地から高く伸びており、まるで空から落ちてきて突き刺さったような形状になっている。

遠目からでもその異様さと雄大さが伝わってくる。

そして、その異常さも。


その岩は、数秒間に一回ほどのペースで赤く明滅した。

高熱を蓄えているのだろうか。

溶岩のようにも見えるが、それなら地面に広がっていくはずだった。


アリシアが言った。


「あれは鼓動だ」


「……心臓なのか?」


隣のアリシアが物憂げに微笑んだ。


「そうだとも。命を失いながらも、いまなお燃え尽きていない。まだ生きている、魔王の心臓だ」


「魔王って」


再び歩き出す。

星路も彼女についていく。


「魔王でもインベーダーでも好きに呼べ。妖精たちだけでは歯が立たず、人間の力を借りるしかなかった。多くの魔法少女と戦士が挑み続け、多くの犠牲を払ったが勝利した。だが、残されたものがあった」


「それが、あの心臓か」


「ちがう」


「ちがうのかよ」


「放置しておいてもよかったんだ。問題とは、男――、戦士たちだ。彼らと魔法少女は協力して戦っていたが、その戦い方、どんなものだと思う?」


「それは――――…………」


星路はすぐに『答え』にたどり着いたが、口に出せなかった。

なので、第二候補を答えた。


「戦士って言うからには、剣と盾を持って戦ったんじゃないか?」


アリシアが小さく笑った。


「青木星二、テストでわざと間違いを書くのか?」


「…………」


「正直に答えろ。おそらく、それが正解だ」


星路は、その場にしゃがみこんだ。

鉛のように重い、重いため息を吐いた。


「男は『怪物』になる」


「そうだ」


「『怪物』になって、魔法少女を取り込み、戦う」


「そうだ」


「『魔法少女』と『怪物』は融合して完成する」


「そうだ。正解だ。わかってるんじゃないか。いつごろ気づいた」


星路の口元に薄っすらとした笑みが浮かんだ。自虐的だった。


「いまだよ。いま、いま、いま。そうかそうかそうか、そういうことかよ」


桜子を思い出す。彼女は危うく怪物に取り込まれるところだった。

多くの魔法少女がそうしたピンチを経験し、実際に何人かはそのまま取り込まれただろう。

あれが『本来の戦い』だったのだ。


「怪物が悪の大魔王の手先だっていうなら、魔法少女を取り込んだら世界を襲うはずだろ。なのに、そこから先にどうなるか誰も知らない。おかしいんだよ、最初から」


「うむ。なら、なぜいまも怪物はそうやって行動すると思う?」


「…………怪物――、戦士は、もう死んでいるんじゃないか。心臓と同じように」


「ああ。その通り。戦いの果てに戦士は力尽きた。だが、その肉体は残って、生前の活動を模倣している。そこになんの意味もなく、思考も存在しない。電流を流したら死体が動いたなんていうのと何も変わらない」


「ということは、魔法少女たちの今の戦いは」


「壮大な後始末だ」


   ◯


クインプロの社屋、その会議室に青木星路の関係者が集められた。もちろん、魔法少女だけ。春風アリサ、夏川ひなた。犬山桜子もいる。ベアトリスも。


そこで、月見里サユは魔法少女と怪物の関係を語った。

いまやっているのは、壮大な後始末であるというのも。


最初に発言したのは、桜子だった。


「なぜ、その肝心のことを教えてもらえなかったんですか。怪物の正体がもともとは人間だったなんて、魔法少女をやるうえで重要なことです」


「重要だからこそ教えるわけにはいかなかったの。やめられたら困るもの」


「ほとんど騙してたようなもんじゃないですか……」


「そうね。否定しないわ」


次に、ベアトリスが尋ねた。


「社長はなぜなんですか?」


「どういう意味?」


「怪物の正体を秘匿していた理由はわかります。でも、それなら社長はなぜ知っていたんですか? もしかして、妖精だったりします?」


まさかと月見里サユは否定した。


「私は、大昔のあの戦いに参加していたの。その顛末もよく知っている」


「何歳です?」


「秘密よ」


その次に、春風アリサが手を上げた。

彼女は恐ろしく鋭い眼をしていた。怒りなのか、恨みなのか、誰にもわからなかった。


「怪物の正体、社長の年齢はどうでもいい。その妖精女王がなぜセージくんを連れ去ったのか、肝はそこ。社長、どうなんです」


「確証を持っていえることは、ないわね」


「なら、妖精女王がセージくんにできることを教えて下さい」


「妖精にできることなんて一つしかないわ。契約よ。でも、」


「でも?」


「いまさら戦士にしたところで意味はない。魔法少女の敵が増えるだけ。むしろ、逆なの」


妖精女王が主題ではないと、サユは言った。


「主題は青木星路。彼の望み。アリシアはそれを叶えようとしている」


「セージくんは、魔法少女の解放を望みます」


「そう。そうよね、あの子は。なら、なにをするかしら」


一つは、魔法少女から力を奪うこと。

けど、それはないとアリサは否定した。


「セージくんの手で大勢の人を危険にさらすことになる。やらない」


「じゃあ、ほかは?」


「怪物を全部倒す……?」


いや無理でしょと、全員が首を振った。

世界中に魔法少女が存在していても、なお、怪物には後手に回ってしまうのだ。それを星路がなんらかの力を得たところでどうにかなるとは思えない。

月見里サユは、額をこんこんと人差し指の第二関節で叩いて、言った。


「アリシアはそれを叶えられる。だから呼んだのよ」


   ◯


妖精女王アリシアに連れられて、黒ずんだ巨大心臓の前に星二はやってきた。

そばに立つとその熱量と、鼓動の際に生じる震動を感じ取ることができる。物言わぬ物体となっていてもなお、そこには生命力が残っていた。


星路は心臓に手を当てる。肉が焼ける音がした。

相当な痛みであるが、彼は離そうとしない。


「本当にできるのか?」


「できるさ。お前がその望みを違えなければ。ただし、ほんの一日と経たず、お前は燃え尽きて灰になる」


「死ぬってことか」


「そりゃあな。その一日で、お前の願いは叶えられる」


だから、とアリシアは続けた。


「程々でやめておけ」


「こういうときは二度と引き返すことはできないっていうもんじゃないか?」


アリシアが昏く笑った。


「後始末にそんな悲壮な覚悟なんかいらないよ」


「俺に取っちゃ後始末じゃない。決着だ」


星路は手を伸ばしたまま、足を前に進めた。

すると、彼の手は心臓のなかに沈み込んでいく。

ドクンと心臓が赤く明滅すると、彼の身体も同じように明滅する。


溶け合っていた。魔王の心臓と融合しようとしていた。

怪物ではなく、より悍ましいものになろうとしている。

そうして、消える。

それが星路の願い。


子どものころ、怪物に襲われた。

正しくは、怪物が出現した位置に運悪く星路がいた。

死ぬか大怪我のどちらかだったが、すんでのところで魔法少女になったアリサに助けられた。


青木星路という生意気で喧嘩ばかりのクソガキを助けたのは、アイドルを目指して厳しいレッスンを受けていた春風アリサだった。

夢に向かって頑張っていた幼馴染が、命を削って人のために戦っている。

彼女だけじゃない。

夏川ひなたも、犬山桜子も、ベアトリスも、人生を変える選択をした。


「俺は、俺はなんだい……。俺は……」


星路は、夢を持っていなかった。

その日その日、喧嘩に勝っていたら満足だった。


同い年の女の子が命がけで戦っているときに、旨い飯を食っていたら幸せだった。


年下の女の子が傷ついているときに夜遅くまでゲームをして、楽しかった。


顔も名前も知らない女の子たちが傷つき、ボロボロになるまで戦って人を救っているとき、宿題を忘れて惰眠を貪っていた。


「俺は、生きているのが恥ずかしかった……」


恥だけだろうか。

劣等感もあった。

正義感もあっただろう。

羨望もあったかもしれない。


ああ、だがしかし、唯一絶対なのは――――――――怒。


怒怒怒。

怒怒怒怒怒。

怒怒怒怒怒怒怒怒怒。

怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒。


怒り。

自我を埋め尽くす怒り。

自我から溢れ出す怒り。

尽くを灰にする怒り。


火を点けろ。

肉を、骨を、魂を、存在を、燃やし尽くせ。

でなければ、恥ずかしくってたまらない。





「―――――――――――――変身!!」


青木星路は、唱えた。

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