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第二話 後輩系魔法少女はバチバチ

春風アリサがオーディションに合格し、東京に引っ越すことが決まった。

小さなお別れ会を彼女の家で開催し、空港まで見送った。


当たり前だが魔法少女がいなくなっても怪物は現れる。

そのためにアリサも引っ越しには難色を示していたが、事務所の社長からこんなことを言われた。


「この街の怪物は一掃された。しばらくは大丈夫だ。永遠とは言わないけど、魔法少女はどこにでも現れる。安心して。いざとなったら派遣するからね」


アリサが所属したクインプロは、魔法少女の支援を公にしているところだ。所属しているタレントや練習生の多くが魔法少女であるという。

アリサの両親もそのことに安心して送り出していった。


それから数年後、中学三年になったばかりのころ。

まだまだ冷たい風が吹く通学路を歩いて帰っていると、強烈な悪臭を嗅いだ。奇妙な言い方だが、悲しくなるほどの腐敗臭だ。


その匂いを追って、星路は自宅ではなく、住宅街から離れた河原へと足を進めた。


そこで、予想通りのものを目撃する。


「やっぱりいた」


その河原には、怪物がいた。

一言でいうと巨大ミミズ。

そのミミズには翼が生えており、空を飛んでいた。いくつもの口がついており、人間どころか象のような大きな生き物でも丸かじりにできてしまいそうだった。

この悪臭は、怪物から発せられるものである。ほとんどの人間には感じ取れないが、アリサとの活動のうちに星路は嗅ぎ取れるようになっていた。


すぐさまアリサに連絡を取ろうとしたが、その前に、どこからか女の子が飛んできた。


華奢で小柄な女の子だ。腰まで届く長い黒髪をした、幼いながらもキリッとした顔立ちだった。

白いレオタード姿で、頭に猫耳があり、腰に長い尻尾が生えている。手に装着した金色の鉤爪で切り刻み、足のブーツで蹴り飛ばす。

あんな卑猥な格好で怪物と戦うなんてのは魔法少女以外にいない。


怪物を何度もボコボコにして、高空から地面に蹴り落としたところで少女もはーっと大きく深呼吸をした。


そこに、星路が大きな石を投げた。


「――えっ!?」


当たったところで魔法シールドに跳ね返されるだけだが、彼女はとっさにかわした。


石はひゅーっと通り過ぎて、少女に襲いかかろうとしていた怪物にごつんと当たった。


「――まだ!? でやぁ!!」


魔法少女の鉤爪が一本の長いブレードになる。

それを振るって怪物を縦に切断。すると怪物は急速にぐずぐずと大気中に溶けていく。これが死亡である。悪臭も消えた。


仕事を終えた魔法少女が星二の目の前に飛んでくる。


「助けてくれてありがとうございました!」


「気にしなくていいよ。あー、魔法少女?」


「はい! 魔法少女、はじめました! 夏川ひなたっていいます! あの、怪物のこととか、魔法少女とか、知ってるんですか?」


「まー、それなりに……」


一年以上は戦ってきたのだ。

曲がりなりにも、アリサと並び立ってとはいかなかったが。

星路の顔が曇ったが、目の前の彼女はそんなことに気づかず迫ってくる。


「あの、先輩!」


「先輩!?」


「そうですよね。私、中1ですから。同い年ですか?」


「……中3」


「なら先輩でいいですよね! 先輩、私、魔法少女になったばかりで、なにもしらないんです! 教えてください、私に、魔法少女のこと!」


切羽詰まっているようだったが、星路は首を振った。


「魔法少女じゃないからできないよ。さっきの戦いでも、油断がなかったから大丈夫なんじゃないか?」


「でも怖いんですもん」


それはそうだ。

異形の怪物を相手に、超常的な力を持ったとからってすんなり戦えるはずがない。アリサも星路の見えないところで震えていたかもしれない。


「別に、助けないとは言わない。戦うよ、一緒に」


本当は一緒に戦えない。

後ろにいるしかない。命を張るのは、ひなただけだ。

それでも彼女は迷子が親を見つけたような表情で喜んでいた。


   ○


未だ梅雨が過ぎ去らない6月末。

夕方、蒸し暑さにうんざりしながら校舎から出たところで、声をかけられた。


「へい! セージくん!」


春風アリサだった。

タンクトップにジーンズといったラフな格好をしている。一応キャップとサングラスもしているので変装にはなっているが、そのスタイルと金髪で一目で誰だかわかってしまう。

けれど、その世間を賑わせているアイドルに、誰も見向きもしていない。


「なにかやったな、お前」


「幻影魔法を少々。器用になったでしょ。昔のようにパワーパワーパワーな女の子じゃないんだよん」


「で、今日は……」


星路はアリサの体をじっと念入りに見つめた。


「目がエッチだぜい、セージくん」


「縮んでないか確かめただけだよ」


「ん~、ふふっ。まっ、いまんところ大丈夫さ。自分でわかるもん。さ、帰ろうか」


すうっと、アリサが手を伸ばしてくる。

その手を星路は回避する。

アリサはにこりと笑う。


「魔法少女から逃げられるわけないじゃ~~ん」


彼女の指先から光の糸が伸びて星路の腕を縛り付けた。アリサは自分の腕を絡ませてくる。


「おい、アイドル!」


「幼稚園でもこうしてたじゃんか。な~にをいまさら」


「してねーよ!」


足まで縛られ二人三脚をやるように寄り添っていく。

彼女と同じ道を歩いて帰るのは五年ぶりくらいだろう。

星路にとっては懐かしい気分でもあるが、昔とは隣に立つ人物が大きく変わってしまった。

魔法少女であり、アイドルでもある。

そして星路もガキ大将ではない。

限界を知ってしまった高校生だ。


「久しぶりに歩いたけど、この街、あんまり変わってないねー」


「たまには帰ってきてるだろ」


「こんなにゆっくり歩くのもそうそうないよ。寝てばっかだよ。仕事と学業で大変なの」


「それと、魔法少女もだろ」


そこでふっとアリサが立ち止まった。

彼女は小さく微笑んで、黙って、じっと星二を見つめてくる。

長身なので、真正面に立たれたら見下されてしまうので圧迫感があった。


「なんだよ」


「うんにゃ。やっぱさー、信頼できるってのはいいよなーって。セージくん、夏川ひなたって覚えてる?」


「覚えてるよ。中学の最後の一年はあの子と一緒だったからな。俺が卒業するころには東京に引っ越してったけど」


「それがこの前に言った後輩ちゃん」


「あいつもクインプロに入ってんの?」


「魔法少女を集めてるからね、社長は。プログラマーに依頼して魔法少女専用アプリとか開発してるんだ」


要は彼女たち専用のSNSだ。

雑談など交流もできるが、主な用途は救援の依頼である。魔法でも操作できるので手を使う必要もないらしい。いいことだ。


「それで、ひなたがどうしたの? いびってるの?」


「なんでよ。あの子も困ってるから、助けてやってって話」


アリサが星路の肩に腕を回した。いい匂いがする。


「セージくん、慕われてるよねえ。あの子、どんなふうにサポートしてたの?」


「変わらねえよ。後ろから声かけて、囮になったりしたくらいだ」


「ふ~~ん。じゃっ、仕方ないかもねえ」


アリサは星路を引っ張って、適当な壁際にまで追い込んだ。

吐息が混ざり合う距離で囁かれる。


「魔法少女は本質的に孤独。公表すればまともに職につけず、理解してくれない親もいる」


「そのくせ、責任は重い」


「そう。私らが戦わないと怪物は溢れて、社会が壊れる。だからさあ、こうなるのも当然なのよ」


彼女はサングラス越しに星路の目を覗き込んでくる。心さえ見透かされそうだった。


「魔法少女に成り立てで、必死こいて怪物と戦ってた子を、魔法少女でもなんでもない先輩がとっさに助けた。これがどんなに嬉しいことかわかる?」


「わかんないな。わかったつもりになるほうが最悪だ」


「――――」


アリサは少し笑い、舌なめずりをした。


「なんだよ」


「んー、ちょっと興奮しただけ」


怖いことを言うものだった。


   ○


場所は、星路の部屋だった。

アリサはリビングで落ち着くのを待ってるといい、勝って知ったるなんとやらでコーヒーを淹れていた。


一人、部屋に戻ると、少女が床の上で正座で待っていた。

夏川ひなた。相変わらずの長く美しい黒髪だった。

私服ではなく、魔法少女の姿だった。

猫耳と長い尻尾があって、鉤爪とブーツはない。

服は白のレオタード。彼女の体を妖精のような神秘さで包み込むが、いまは、ところどころ窮屈そうになっていた。


衣装が縮んでいるのではなく、ひなたが大きくなっていた。

星路はそこには触れず、当たり障りのないあいさつからした。


「久しぶり。東京で元気してた?」


「お久しぶりです、先輩! 突然お邪魔して、申し訳ありません! これ、東京土産です!」


「初めてもらったなこれ……」


ひよこ饅頭だった。アリサはこういうのに疎い。


「それで、ひなた。どうしたんだ。お前にも異常が出たのか?」


「はい。私は、その、アリサさんとは逆に、魔力過剰症になってしまいました。その症状は、立ったらわかりやすいと思います」


そう言って、ひなたが立ち上がった。

彼女は、大きかった。星路の記憶の中では彼女は小柄で華奢な方だった。第二次性徴期を過ぎてもさして身長が伸びず、牛乳をよく飲んでいた。


ところが今の彼女はどうだろう。

小柄な背丈は大きく伸びて星路を見下ろすまでになっており、その華奢な体つきも変容し、アリサに負けず劣らずのメリハリの付いたものになっている。背中から腰にかけてのラインが官能的ですらあった。


「顔と声以外が別人すぎるだろ!」


「ひなたですぅ! 先輩、助けてくださいよぉ!」


前のめりにこられて星路は反射的にのけぞってしまう。


「魔力欠乏症は幼くなって、過剰症は成長するとでもいうってのか」


「社長はそう言ってました。これを改善するには、キスしろって」


「そこは断れよ!」


別に星路である必要などあるはずもない。男性なら誰でもいいはずだ。芸能事務所に所属しているならいい男のツテなどいくらでもある。憧れの俳優、男性アイドル、そういうのに頼んで思い出をもらったりすればいいだろう。


しかし、ひなたはやだやだと首を振った。


「先輩がいいです! 先輩じゃなきゃいやです!」


「なんでぇ……?」


「そんなの、ファーストキスは好きな人としたいからに決まってるじゃないですか」


星路の胸中は穏やかではなかった。

突然の告白に、喜びや感動が押し寄せてきているわけじゃあない。

彼もアホではない。他の男性じゃなくて彼を選んだというのなら、そこにある好意を感じ取ることはできる。


じゃあそれが恋愛感情なのかというと、怪しかった。


「ひなた、お前はいま正常じゃあない」


「見ての通りですからね。それがなんですか」


「正常じゃないときに勢いで変なこと言うもんじゃない。取り返しがつかなくなるぞ」


ひなたは、呆気にとられたように目をパチパチさせた。


「な、なんだよ。おかしなこと言ったか?」


「いえ。先輩、アリサさんが予告したとおりのことを言うものですから、ちょっと驚きました」


なんだそりゃ。


「アリサさんは言いました。きっと、セージくんは極めて冷静で大人なご意見をのたまうだろうって」


「そ、そうだよ。それがどうしたっていうんだ」


「私は、そんなもの無視しますって答えました」


ひなたの目が光った。

瞬間、彼女は星路に覆いかぶさってきた。

まるで虎が獲物に襲いかかるような動きである。しかし、星路が冷静なのは口先だけではない。

彼は驚くべき速さで床に伏せ、ひなたの股下をくぐり抜けた。


「嘘っ!?」


「嘘じゃあない」


星路は起き上がりながらひなたの背後に回り込み、素早く羽交い締めにした。

素人がやるようなものではない。星路はひなたの両脇の下から腕を回し、彼女の後頭部で手を組んで締め上げている。

レスリングの関節技でもあり、警察の逮捕術の一つでもある。

プロレスで例えると、ネルソンホールド。ここから背後に投げ落とすこともできるが、そんなことはしない。固めたところで星路は動きを止めた。


「ちょっと先輩、いつのまに格闘技やってたんですか!? 私と活動してたときにそんな暇なかったですよね!?」


「昔に喧嘩をしまくってたせいで、今でもたまに売られることがある。こうやって身動きできないまま数十分も置いておくと、相手が泣き入れて便利なんだ」


「……有名人でしたもんね、先輩。モンスターだとか、魔王だとかダサいあだ名で呼ばれてました」


「ダサさよりイキってた自分が恥ずかしくて死にそうだったよ。で、どうする? まだやるのか?」


「う~~~~ん」


ひなたは羽交い締めにされたまま考え始めた。

ハッキリ言ってしまうと、星路の拘束は無意味である。魔法少女の膂力であれば無理矢理に引き剥がすことができるが、そんなことをすれば星路がただではすまない。

吹き飛ばされ、腕や肩に怪我をする。そんなことをひなたは望まない。その優しさにつけ込んだのだ。


「先輩の気持ちはわかりました。私とキスをするわけにはいかないと」


「……嫌いってわけじゃないぞ。でも、こういうのは情動に突き動かされてするもんじゃあなくだな」


「いいえ、情動のままに動くべきです。恋ってそういうものでしょう? ですから、先輩の気持ちに関係なく、絶対キスをさせてもらいます」


ひゅーっとひなたが息を吸い込んだ。


「アリサさん! お願いします!」


「あっ、ずりい!!」


逃げる隙はなかった。

床下から光の糸が飛び出してきて星路の体を縛り、ひなたから引き剥がした。

抵抗かなわず床に縛り付けられると、その上にひなたがのしかかってくる。逃げ場はない。ないったらない。


「ごめんなさいね、先輩。でも、こうでもしないと、先輩は私の心を無視しちゃいますから。絶対に逃がしません」


「こんなの犯罪だろうが! 性犯罪!」


「先輩、体を切り刻んでも医療行為ならオッケーなんですよ?」


「屁理屈――――んんんんっ!」


ひなたは星路の唇にキスをした。

強引に奪っておきながら、されたほうが恥ずかしくなるほどに初心なものだった。

目を閉じてるだけでなく、唇も硬く閉ざしていた。本当にただくっつけるだけで吐息も舌も粘液も交わらない。

そんなので効果はあるのかと言うと、あった。


ひなたの体温が急速に上がっていく。


「……あ、熱い! あ、あううううううっ!」


星路にしがみついてひなたは悶えた。

その熱が伝わってくる。サウナどころではない。焼きごてを押し当てられている気分だったが、星路は奥歯を噛み締めてこらえた。


アリサのときとはちがって数分かかったが、ひなたの体はもとに戻った。

身長が縮み、体格も華奢になり、顔つきにも幼さが戻ってきた。目が合うと、見覚えのある無邪気な笑顔を浮かべてくれた。


「先輩……」


「……なんだ、なんか、変な雰囲気を」


「……好きっ♡」


ぐーっと再び顔を近づけてきた。


「アリサあああああ! 助けろおおおお!」


光の糸が天井から垂れてきて、ひなたを釣り上げた。


「アリサさーん、反応が早すぎます。見てましたね」


「見てたよ。セージくんの貞操の危機だからね」


アリサが部屋に入ってきた。彼女が指をふると星路の拘束がほどけた。


「お前、器用になったな。昔はビーム撃ってばっかだったが」


「才能あるみたいよ。ひなた、あんたは自力で降りてきなさい。できるでしょ」


「はーい」


ひなたは光の糸を自力でちぎって降りてきた。

そして、星路の隣にぴたりと寄り添った。


「な、なんだよ……」


「独占欲を発露してます」


星路を抱きしめながらひなたが見ているのは、目を鋭くさせているアリサのほう。

なんだかすごい表情になって、ぴたりと時間が止まっている。


「いいからどきなさい」


星路が変な沈黙を破ってひなたを押しのける。


「あぁん、久しぶりなのに」


「アホ言ってないで帰るよ。どうせまたくるんだから」


「またくるの!?」


アリサとひなた、二人がそろって頷いた。


「完治したんじゃなくて寛解しただけだもん」


「いずれ再発します。だから、そのときはまたチューさせてもらいますよ、先輩」


「彼氏作れ」


星路が言った途端、アリサとひなたは目を合わせた。


「やっぱ一線超えないとダメなんじゃないでしょうか」


「こいつは多分そうなっても逃げる。まだ機を待つ」


「なんか怖い相談してんじぇねーよ! 治ったんならさっさ帰れ!」


二人は粘らず、言われるがままにさっさと帰っていった。

窓を閉め、鍵もかけて、星路はベッドに倒れ込んだ。

怪物退治をしたわけでもないのにぐったりと疲れこんでしまったが、いまから寝るわけではない。

彼は自分のスマホでメッセージを送った。


『魔法少女、変な病気になるらしいけど、先輩は?』


返事はすぐにきた。


『部外者は黙ってろ』


星路はスマホを放り投げてため息をついた。


「こりゃなんかあったな」

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