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8、街

 玄関口に立ったのは、昼過ぎだった。メイベルたちは軽く食事をとって、玄関前に集合した。


 メイベルはすっかり良いところのお嬢様のような格好をしていた。派手すぎず、地味すぎない品のいい意匠だが、おしゃれなどしたことがないメイベルはおおいに戸惑った。


「なんだか変じゃない?」


 メイベルは足もとのピンク色に目を落とした。何度見ても落ち着かない。


「大丈夫ですよ。可愛らしいですわ」


 メイベルの後ろで、ヘーゼルがほほえましく言った。メイベルは念のため車いすに乗って街を移動する。その車いすを押してくれるのがヘーゼルだった。


 ルーカスはいつの間に仲良くなったのか、という不審そうな視線を二人に向けたが、何も言わなかった。彼も通常の面白みのない服から、少し洒落たよい格好──正装をしている。彼は手袋を嵌めながら、相変わらず冷淡な声で言った。


「一歩外に出た瞬間から、油断は禁物です。〈嵐追い〉はいつどこで襲ってきてもおかしくない。とくにあなたは街に出慣れないでしょうから、浮かれすぎたりしないでくださいね」

「うるさいわね。もうちょっとましな言い方できないの」


 乱暴な言い方をしたメイベルにびっくりして、ルーカスがメイベルを見た。ヘーゼルは「ふふっ」と声をもらしてあわてて押さえた。


「ヘーゼル」

「申しわけありません」


 ヘーゼルを咎める口調がどこか拗ねていた。メイベルは面白いものを見た、と思った。


「さて、行きましょ。うだうだしてても仕方ないわ」


 車輪に手をかけ、前に進むと、重い木製の扉を押す。

 扉を開くと、石畳の通りは往来が多く、にぎやかな雰囲気に満ちあふれていた。話し声のざわつきや通りにならぶ店の数々の雑多な声、かすかに流れる陽気な音楽。メイベルは目を輝かせた。


 西方の都市、ウィンバー。交易の中心地であり、美しく整った中央の都と対をなす、雑然とした発展した都市。話だけは聞いていたが、こんなににぎやかだとは知らなかった。


「すごいわ……」


 表に出かけたメイベルを、人々がちらちらと見ては通り過ぎていく。通る人々は丘のふもとの小さな市とは違い、生地のしっかりした服に色のあざやかな服を身につけていた。装飾品をつけている人も多い。


(勢いよく飛び出したのはいいけど、どっちに行けばいいのかしら)


 メイベルが左右を見てきょろきょろしていると、隣にいつの間にかルーカスが立っていた。隙がない。


「息せき切るのもいいですが」


 ルーカスはメイベルをちらりと見た。


「どちらに行くかわかっているのでしょうか?」


 メイベルは眉間にしわをつくり、顔を背けた。ルーカスがどこか勝ち誇ったように口の端で少し笑っていた。


「ヘーゼル」

「申しわけありません」


 笑いをこらえていたヘーゼルは、今度はメイベルに咎められた。



 *



 街を進むあいだ、メイベルは何度も好奇の視線を浴びた。車いすに乗っているからだ。


「ねえ、大丈夫なの。目立っているじゃない」

「仕方ありません。割り切りましょう。顔はしっかり隠していてください。それより、設定は覚えていますね」

「私がお金持ちの令嬢で、あなたとヘーゼルが使用人でしょ」

「忘れないでください」

「わかってるわよ」


 しかし、メイベルは街を見ていくうちに、視線が気にならなくなっていった。通りには、見たことのないものがたくさんある。自分が首を伸ばしていることに気づいてはあわてて引っ込めることの繰り返しだった。


(せっかく大きな都市に来ているのに……)


 我慢して前を向いていなければならない。つまらなくなったメイベルは当たりついでにたずねた。


「どこに行くかくらい教えてくれてもいいんじゃない? どうせ私は拘束された身だし」

「今から行くのは、宿です。安くはない店ですが、あそこは会合の場になっているもので」


 ルーカスはあっさり答えた。


「会合? あれだけ言っておいて、人前に私を出すつもり?」

「僕の小さい頃からの馴染みなので大丈夫です。素性は隠します。面倒ですが、本命に会うための段取りです」


(余計に信じられないのだけど)


 メイベルは後ろのヘーゼルの顔をうかがったが、ヘーゼルは首を振った。ヘーゼルも知らないらしい。


「できればおしとやかにしてもらいたいものです」


 反感を覚える言い方をされて、むかっと来たが、おしとやかではない自覚はあったので、メイベルは言い返せず黙ることになった。



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