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「街に出ます」


 ルーカスは物書き机の前に立って、そう言った。杖をついた状態で立たされているのは、書斎に忍び込んだ腹いせだろうか。メイベルが黙って本を戻し、部屋を出ようとすると、話があるからと呼び止められたのだった。


「出ていいのですか? 私は追われる身でしょうに」


 緊張感なくメイベルが言うと、ルーカスは呆れた目をして言った。


「〈嵐追い〉の恐ろしさを知らないでしょう。彼らは女でも平気で殴りますし、拷問もします。口では言えないようなことを当然のようにしています。そんなやつらに追われているんですよ」


 メイベルは息を呑んだ。顔も覚えていない母のことが頭をよぎる。


「わかりました。どうせ私に選択権はないんでしょう」


 ルーカスは肯定の代わりにメイベルの目を見た。


「準備ができしだい外に出ます」



 *



 支度はヘーゼルが行ってくれた。どこから調達したのか分からない淡いピンクの服を着せられ、髪は編み込まれたかと思うとひとつにまとめられた。ヘーゼルいわく、これが街のお嬢様方の一般的な髪型なのだそうだ。


「これに帽子をかぶるのです」


 ドレッサーの前で髪を整えながら、どこか釈然としない声色でヘーゼルは言った。


「髪を隠し、普通のお嬢様のようにするといっても、メイベルさまはどこか浮世離れしていますね。似合わないわけではないのですが……」

「気にしなくていいわよ。服なんてどうでもいいもの」

「わたくしが納得いかないのですよ」


 お年頃ですから、と言うヘーゼルに、メイベルはなんだか気まずくなった。そう言われると、意識しないといけない気がして居心地が悪かった。


「ヘーゼル。私考えたのよ」


 髪にピンをさしてもらいながら、メイベルは鏡のなかの自分を見つめた。世にも珍しい白い髪と、祖母に似た──そしてきっと母にも似ていたであろう翡翠の瞳が映っている。


「どうしてこんな目に遭うとわかっていて、母は私を産んだのかしら。早く私を産んで、追われる役目を私に譲り渡したかったのかしら」


 鏡越しにヘーゼルの顔を見ると、心底悲しそうな顔をしていた。メイベルはへーゼルを悲しませたかったわけではないので、あわててつけ加えた。


「私を産まなきゃ良かったなんて言わないわ。ただ、私だったら子どもを産まずにそのまま死んじゃうのにって思っただけ」

「幸せを求めてはいけない理由なんて、ないのですよ」


 ヘーゼルはまだ悲しそうな顔をしながら、静かに言った。


「わかっていても、幸せになりたいのです。メイベルさまのお母さまやおばあさまは、辛い道でも幸せになる覚悟をしてきたのではないですか」

「そうかしら」


 メイベルにはよくわからなかった。そんな覚悟なら、しないでもいいというのが本音だった。ヘーゼルは優しく言った。


「メイベルさまも、恋をするかもしれません」

「しないわ」


 メイベルはきっぱり言った。


「死んだっていいもの」


 祖母と離ればなれになった時から、もう決めていたことだった。子どもを産めば、その子が苦しむ羽目になる。そんな真似はしない、とメイベルは心に決めていた。メイベルを置いて亡くなった母のようにはならない。母になんてならない。当然恋もしない。それで何も不都合はないではないか。


 ヘーゼルは黙って、メイベルの頭に顔が隠れるほどつばの広い帽子をかぶせた。つばを上げると、鏡越しに目が合う。ヘーゼルは口を開き、何か言いかけたかと思うと、諦めたように口を閉ざした。

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