12、嵐が吹く前兆
「聞きたいことは山ほどあるの。答えてくれるわよね?」
メイベルの圧に周囲は押し黙る。ギルだけが慌ててメイベルをなだめてくれた。
「そうだな、まずは嬢ちゃんからだよな」
メイベルは腕を組み、憤然として一同を見渡した。
「私はどうして、追われてるわけ?」
率直に聞くと、皆もごもごと口を動かしながら顔を見合わせる。
「……要するに、〈嵐が丘の娘〉の問題は、その血筋なんだよ」
おどおどした男が、顔色を窺いながら言った。メイベルは眉をひそめる。
「血筋?」
「そう。今の女王陛下の先祖がこの国を作って、ってことは知っているよな」
メイベルは無言で頷いた。小屋にいたとき、本で読んだ。数百年前、ある者が小さな国をまとめ、建国したのだ。その者が王となり、今の女王陛下に続いている。最も知られている史実だ。
「今こそウィンバーをはじめとする商業都市が発展していたり、整然とした都があったりするわけだが、国をまとめたと言っても、もとは小さな民族の集まりだったんだ」
「それと何か関係があるの?」
聞くと、男は目を逸らし、もごもごと呟いた。
「……まあ、信じるか信じないかは別としてな、その民族の一つに白い髪に翡翠の瞳の一族がいたんだと。なんでも、嵐を操る不思議な力を持っていたらしい」
まるっきりメイベルやメイベルの祖母の容姿だ。しかし、メイベルは眉をひそめた。
「そんなの、ただのおとぎ話じゃない」
「違うんだよ、嬢ちゃん」
男は前のめりに訴えかけた。
「おとぎ話とも言いきれないほど怖い説があるんだ。〈嵐〉は国を壊すというメタファーなんじゃないかと、裏じゃよく言われている」
「国を壊す?」
「……そんなにこわい顔しないでくれよ。一応理由はあるんだ。〈嵐が丘の娘〉は、王族の血を引いてるんじゃないかって言われてる。今は女王陛下が56年間治世されているわけだが、〈嵐が丘の娘〉は、その傍系もしくは、本来は正当な血筋だったのが、陰謀で追放されているんじゃないかって」
「そんなものを信じる馬鹿がどこにいるの?」
メイベルが言い放つと、ギルは笑った。
「容赦ねえなあ、嬢ちゃん」
「ギルバート、笑いごとじゃないだろう……」
話をしていたおどおどした男がギルに視線を向ける。彼はメイベルにも訝しげな目を向けた。
「君も、馬鹿だなんて言い張ってられないんだぞ。西の方じゃたまに知っている人がいるかいないかだが、東、とくにその中央で、その容姿はなんて噂されているか知っているか?白い髪に緑の瞳をもつ女は、──」
「そこまで言わなくていいだろう」
男の言葉は遮られた。隣に座っていた、寡黙そうな男が止めたのだ。おどおどした男は気まずそうに黙って、また続けた。
「とにかく、忌み嫌われているってことだけ言っておくよ。せめてその目立つ髪でも、染めておかないと」
「なんだか、まるで説明された気がしないんだけど」
メイベルは形のよい眉をつりあげた。
「消えた嵐の理由は、何なの? ミミズクの彼は? そしてルーカス、あんたは何がしたいの? 〈嵐が丘の娘〉がもし本当にあなたたちの言う通り、良く思われていないのだとしたら、どうして私の助けになろうとするの?」
目の前が真っ暗闇の中、手探りかつ周りの状況にがんじがらめになっていたメイベルは、もどかしさに憤るしかなかった。
「俺たちこそ、嵐が丘のこのについては、よく知ってるわけじゃないんだ。くだらない噂くらいに思っていた。すまないが、勘弁してくれよ。俺たちはただ、小さい頃から世話してやったルーカスの尻拭いをしようってだけだ」
ギルバートが焦ったように喋る。メイベルは、怒りと疑問がぐるぐると渦巻くなか、一筋の光を得たように、自分の中の冷静な部分が告げている声を聞いた──ほとんど無意識だったかもしれない、それは直感ともいうべきものが導きだした真実だった。
メイベルはすぐに自分のしなければならないことを悟った。
(逃げないと──)
この人たちは何かを隠している。裏で何かを企んでいる。最初から、何もかもが人工的で都合が良かったというのに。メイベルには、いつも祖母に言われていることがあった。おまえはおまえを信じなさい、目に見えるものが全てと思ってはいけないよ。大雨が来ても、暴風が来ても、根を張らないとすぐに飛ばされてしまう。そんなことでは〈嵐が丘〉では生きていけないよ……。
メイベルは内心で冷や汗をかいた。ここは地下だ。どうやって逃げる? 出口を盗み見ると、ヘーゼルと目が合った。ヘーゼルすらもメイベルを陥れようとしているのだろうか。そう考えた途端に、心が乱れはじめる。ざわつく。なにか──なぎ倒してしまいたくなるような。渦巻くような。
そう、風が吹くような。
嵐が吹く前兆のような。
「あなたも私を利用する気?」
メイベルは身を固くし、そう口走っていた。ギルたちの表情がわずかに動く。
「……」
皆、黙ったまま答えない。
「今の話も、どこまでが嘘で、どこまでが本当?」
いいわ、と言ってメイベルは扉へ向かう。メイベルは落ち着かなかった。認めたくないが、焦りと不安がじりじりと迫ってくる。メイベルの行き先を阻んだのは、ヘーゼルだった。
「メイベルさま、どこに行くのです」
「外に出るの」
「……お通しすることはできません」
「やっぱりそうなのね」
メイベルはヘーゼルの目をまっすぐに見た。
「だましていたの?」
「……嘘はありません。ただわたくしにも、自由がないというだけで」
ヘーゼルが悲しそうな顔をする。反対にメイベルの目は冷めきっていた。男たちが警戒してか、メイベルの手を掴み、肩を捕まえた。
「メイベル、助けるつもりがないっていつ気付いた?」
ギルはメイベルにたずねた。苦笑しつつ、後ろめたそうにしているところがやはりいい人そうで、メイベルにも彼らに害意があった訳ではないことをさとった。ただ、利用しようとしていただけであって。
「直感よ」
「直感かあ」
ギルは頭をかいた。そしてちらりとルーカスを見る。
「高見の見物もいい加減にしろよな、ルーカス。おまえ途中で気付いて、黙っていたろ」
「予定とは違ったけど、あんたたちが取り引きしてくれて、こっちの目的が済むのならそれでいいと思ったんだ」
メイベルは今度こそ本当にルーカスを殴りたくなった。ギルやその他の男たちはまだ冷静に対応できるが、どうもこの同年代の少年が偉ぶっているのは信じがたいほど許せず、はらわたが煮えくり返りそうになるのだった。しかし、拳を握って一歩踏み出そうとしたとき、メイベルの背後から何か塊のようなものが飛んできて、その場を混乱させた。狭い地下室内をびゅんびゅんと飛び回り、爪でメイベルを捕まえる手を引っ掻きつづける。
「ミミズク……!」
メイベルが思わず叫ぶと、ミミズクは飛び回りながら喋った。
「遅くなって、ごめんよ!」
メイベルは急いで扉を振り返り、一目散にそこを目指した。階段を駆け上り、外に出ると、空は暗い灰色の雲に覆い尽くされており、遠くでごろごろと聞き慣れた雷の音も鳴っていた。不規則な風が、メイベルの白い髪を何度も持ちあげる。
メイベルはとにかく走った。白い石畳を走り続ける。足が痛もうが走りつづた。そのうちぽつりぽつりと雨が降りはじめ、数分後にはどしゃ降りの雨になっていた。窓に叩きつけるような、風の激しい、嵐のような雨だった。




