11、剥がれはじめる皮
「おうおう、視線が痛いなぁ」
おちゃらけるスカー・ペルーを、男のひとりがうるせえ、と一蹴した。
「じいさん、どこまで聞いてたんだ?」
ギルが呆れまじりに聞くと、スカー・ペルーは肩をすくめた。
「あらかた聞いてたさ。ルーカスが、悪かったなぁ」
スカー・ペルーは顔を暗くして謝った。
「まず言うが、おれやギルたちは、けっして敵じゃないよ。ルーカスが勝手なことをした。それを恥じてるんだ。〈嵐が丘〉や〈娘〉のことは知ってるが、だからといってどうと言うつもりもないさ」
「信じていいの?」
スカー・ペルーは深くうなずいた。メイベルには、この老人が悪い人には見えなかった。
「おれたちに出来ることはするつもりだ。〈嵐追い〉からかくまうくらいはできるだろう」
「でも、そんなことをしたらあなたたちが危険なんじゃないの?」
「おれたちのような半分ごろつきの商売人、うしろ暗いことの一つや二つ、今さらさ。それに、うちの可愛がっているルーカスのやったことだ。おれたちが責任をとる」
ルーカスはずっと黙っていた。スカー・ペルーはそんなルーカスに矛先を向ける。
「おい、ルーカス。反省したか。人さまを大切にしろと習わなかったのか」
「……習ったさ。でもそれは、周りに大切にされてきたやつだけが言えるきれいごとだろ」
近くにいた男が、ぐしゃぐしゃとルーカスの黒髪を掻き回した。
「嬢ちゃん、わりいな。こいつ、すれてんだ」
「許してないから問題ないわ」
メイベルは言い放った。しばしルーカスとにらみ合う。
「悪いけど今はこっちも素直に謝る気にならない」
「謝る気にならない、ですって? 百分の百でそっちが悪いくせに図々しいにも程があるわよ」
「じゃあ君はあのまま〈嵐追い〉に捕まったほうが良かったって言うのか?」
「人助けのつもりじゃないんでしょ。それを恩着せがましく言わないでくれる」
ぎすぎすしたふたりを、大人たちがなんとかなだめようとするが、事が事なので仲裁できない。
「だいたい、あんたは偉そうにすましちゃって、なんなのあの態度は。今とすごい落差じゃない。裏表ある人間は嫌われるっておばあちゃんが言ってたわよ」
「儀礼的態度をまともに受けとるほうがどうかしてるんじゃないか」
「儀礼的態度ですって? 余裕ぶってただけじゃない」
「君が正直すぎるだけだろ。節度のない人間も嫌われるって知ってたかい?」
らちのあかない喧嘩に、スカー・ペルーはため息をついた。
「ルーカスが悪いのはわかってる。話が進まないから、メイベル嬢、悪いが、一旦勘弁してやってくれ。殴ってもなんでもいい」
「……わかったわ」
ルーカスは反論しなかった。一応、自分が悪いということはわかっているらしい。メイベルはルーカスの胸ぐらをつかみ、思い切り引き寄せると──そのまま自分の額とぶつけた。ルーカスも机につっぷしたが、メイベルの額に走った激痛も相当のものだった。
「殴るのはみっともないから、これくらいにしておく」
メイベルの言葉に男たちが湧いたのは、必然だった。
*
「まずは経緯を聞かせてくれ。身の安全がかかってるからな」
男たちはルーカスと、メイベルを中心にして真ん中のテーブルに集まっていた。さんざんこけにされていたルーカスも、今は真剣な顔をしている。ギルに問いかけられたルーカスは、机に広げられた地図に集中していた。
「〈嵐が丘〉は、このあたり。そこからこのウィンバーのエイマンの屋敷まで馬車で連れてきて、ひと月近くここに滞在していた」
「なんでこんな近いところに長くいたんだ。いつ見つかってもおかしくないぞ」
ギルが口をはさむ。ルーカスが言いにくそうに答えた。
「……メイベルが、骨を折ったんだ」
(名を呼ばれた)
ルーカスはさっきの件で一応メイベルを尊重せざるを得なくなったらしい。他人行儀で義務的な接し方から一変したため、別人と接しているかのような強烈な違和感を覚えた。冷たい青年が、急に年相応の少年になったのだ。年上に見えたが、メイベルとそう年は離れていないのではないだろうか。
「まさか、おまえが折ったんじゃ」
「崖から落ちただけだ。そこまで腐ってない」
向けられる冷ややかな目に、ルーカスは拳を叩いて反抗した。
「そこまで信用ないのか」
「おまえのすれ方は、相当だぞ」
誰ともつかない声に周りがうんうんと頷く。ルーカスはそれを無視して話を続けた。
「入念に周囲は調べ続けていたし、警戒もしていた。だから今日は一発の心づもりでここに来たんだ。バルディンとも会う約束してたし。そこからは完全に奴に頼るつもりだった。そういう経緯だ」
そうなればあんたたちにもバレなかったのに、とルーカスは小声でつけ加えた。
ギルは顔を曇らせた。
「都まで連れていくつもりだったのか?」
「……そうだ」
「国や貴族さまと取り引きするつもりだったとか言わないだろうな」
「……正直言うと、そのつもりだったさ。僕だって理由なくこんなことしてるわけじゃない」
「それがどうなのかって話だろう。メイベルは道具じゃないぞ」
また口論になりそうだったところへ、メイベルが口をはさんだ。
「あの、ちょっといい?」
メイベルはピンクのドレスから着替え、粗末な使い古された服を着ていた。宿のおかみさんから、掃除婦の服を借りてきたのだ。このよれた薄汚れたシャツとスカートは、不思議とピンク色のドレスよりもメイベルに似合っていた。白い髪と翡翠の瞳がかえって輝き、元来持つ鋭利な生命力が溢れ、メイベルの美しさを強調していた。
メイベルとはもともとこういう娘だった。嵐のような娘なのだ。着飾り、動きにくい服を着れば、粗野なうつくしさが相殺されてしまう。着替えてきたメイベルを見た一同は、まるで着飾って垢抜けた娘を見たように、みすぼらしい格好をしたメイベルを出迎えた。その別人具合にあっけにとられるものもいた。メイベルという少女の本質があらわれ、その場にいるだれもがはじめてメイベルを見るような反応をした。
メイベルは組んでいた腕をほどき、立ち上がると、地図をばん、と叩いた。地図の目の前にいたルーカスがうっとおしそうにメイベルを見る。
「まずは私に説明があるべきだと思わない?」
男たちは申し訳なさそうに黙る。ヘーゼルだけが、「よくやりました」と片すみで小さく拍手していた。




