第99話 追放幼女、魔の森を行く
2025/05/24 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました。
あたしはマリーとパトリック、サイモンの三人と共に、かつてないほど大量のスケルトンたちを連れて魔の森の中を進んでいる。
その数はゆうに百体を超えており、戦力としてはフォレストウルフのスケルトン六十体とクレセントベアのスケルトン五体がいる。さらにあたしたちの騎乗用にフォレストディアのスケルトンを四体、荷物運び用としてワイルドボアのスケルトンを一体、道案内と伝令、偵察用に鳥のスケルトンを五十体、さらに使用人代わりとしてゴブリンのスケルトンも一体連れてきている。
そんな大所帯での旅だが、それほど順調とは言えない状況だ。というのも、スカーレットフォードから離れれば離れるほど魔物と遭遇する頻度は上がり、今では一日に何度も魔物に襲われるようになっている。
ビッターレイに初めて行ったときは五日で二回だけだったことを考えると雲泥の差だ。
スカーレットフォード街道がすっかり安全になったおかげで感覚が鈍っていたけれど、やはりここが魔の森の中なのだということを思い出させられる。
そうこうしているうちに、五日目となった。今日も落ち葉の積もる森の中を進んでいると、なんと正面にゴブリンの集団が現れた。
あたしはD-8の背中の上からすぐに指示を出す。
「あっ! ゴブリン! ウルフ-19から28、展開して囲い込んで!」
カランコロン。
フォレストウルフのスケルトンたちがゴブリンたちに向かって走りだす。ゴブリンたちもあたしたちに気付いたようで、手に持つ棍棒で応戦……あ、あれ?
なんと、ゴブリンたちは一目散に逃げていったではないか!
「ストップ! 追わなくていいよ」
あたしはフォレストウルフのスケルトンたちを呼び戻す。
「マリー、あれってやっぱりスケルトンを見て逃げたんだよね?」
「はい。私にはそのように見えました」
「そうだよねぇ。やっぱりゴブリンの襲撃がなくなったのって……」
「はい。恐れられているのだと思います」
「そっかぁ」
ま、いっか。襲われないならそれに越したことはないしね。ゴブリンのスケルトンの数が増えないのはちょっと困るけど、こっちから狩りに行くのはちょっと違う気がするし。
え? クレセントベアは狩りに行っただろう?
うーん、それはそうなんだけどさ。あいつらは焼肉の匂いに釣られて来て、あたしたちを見たら食べようと襲ってくるでしょ?
でも、あたしたちを見て逃げていくゴブリンを狩るのはさすがにどうかなって思うんだ。
もちろんどっちも魔物だし、あたしたちが弱ければ襲われるんだろうけど……。
「お嬢様」
「あ、うん。そうだね。先を急ごう」
こうしてあたしたちは森の中を再び進み始めるのだった。
◆◇◆
一方その頃、サウスベリー侯爵邸で執務をするブライアンのところへ以前もやってきていた裕福そうな一人の中年の男が訪れていた。
「どうしましたか? 奥様の新しいドレスは頼んでいないはずですが?」
「いやぁ、それが大変なことになりましてね」
「大変なこと?」
「ええ、そうなんですよ。なんと、陛下がお嬢様を招待されたそうですよ」
「なっ!? オリヴィアお嬢様を!?」
ブライアンは慌てて立ち上がる。
「ああ、やはりそういうことですか。妙だと思ったんですよ。噂を潰そうにも妙に具体的な噂が次々と出てくる。それで王宮に探りを入れてみたら、なんと噂の出どころは宰相閣下ときたものだ」
「……」
ブライアンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「……オリヴィアお嬢様の件は旦那様の命により、極秘の扱いでした。知っている者はほとんどいません」
「そのようですね。我々ボルダー商会にも明かさないほどに」
「……」
「困るんですよねぇ。こんなに大事なことを秘密にされちゃ」
「旦那様のご命令です」
すると男は大きなため息をついた。
「ま、とにかく、噂の件はもう無理ですよ。いくら我々でも、今の少ない予算では満足な仕事はできません」
「……十分にお金は出しているではありませんか」
「まるで足りませんよ。先代のときは今の十倍以上の予算がありましたからね。そのおかげで王家にも対抗できていただけです」
「……」
「そんなわけで、諦めてください。噂の件はもう十分に広まってしまいました。しかも今回の招待の件、一部は掴んでいますよ」
「どの筋ですか?」
「バイスター公爵筋ですね。それからアレクシア第二王女殿下の周囲です」
「バイスター公爵は分かりますが、なぜアレクシア第二王女殿下に?」
「噂の発信源の一つですよ。どうやら国王陛下が直接、噂の火消しをする方向へと誘導しているようです」
「そういうことですか。いかにもな手口ですね。それで、招待の仲介役は?」
「ラズロー伯爵です」
それを聞いたブライアンは大きなため息をついた。
「わかりました。予算は増やしますので、その噂を旦那様がオリヴィアお嬢様を愛しているという噂で打ち消してください」
「……難しいでしょうが、やってみましょう」
男はそう言って立ち上がった。そしてそのまま退室していこうとしたが突然ピタリと立ち止まって振り返る。
「そうそう」
「なんですか?」
「領地内の噂も大変なことになっていますよ。このままでは先代の――」
「ええ、分かっています。打てる手は打っていますよ」
「そうでしたか。余計なことを申し上げましたね。それでは失礼します」
男はそう言うと今度こそ退室していった。それを見送ったブライアンは再び大きなため息をついた。
「さて、予算をどう工面しますかね。強引な港の独占でサウスベリーからの収入は今後落ち込む一方ですし……物流の減少には噂も絡んでいるのでしょうね」
ブライアンは険しい表情を浮かべ、またもや大きなため息をつく。
「とはいえ、国王陛下に謁見するまでにはまだまだ猶予はあるはず。王都へは我らがサウスベリー侯爵領を通るか、海路で大きく迂回するしかありません。今のうちにオリヴィアお嬢様の身柄をなんとしてでも確保せねば。まずはラグロン男爵の働きに期待、といったところでしょうか」
ブライアンはそう呟き、ストンと椅子に腰を下ろした。
そして再び大きなため息をつくと、突然ハッとした表情を浮かべる。
「待てよ? オリヴィアお嬢様が魔の森を北に抜ける……いえ、さすがに不可能ですね。北に行けば奴らの餌食でしょうしね。いや? むしろ強行してくれたほうが好都合……」
ぶつぶつとそんなことを呟いたが、またもや大きなため息をついた。
「はぁ、止めましょう。こんな妄想をしても仕方がありませんね。私は私のやるべきことしなければ」
ブライアンはふぅっ、と大きく息を吐くと執務を再開するのだった。
◆◇◆
一方、執務室から出てきた男は呆れた様子でぼそりと呟く。
「やれやれ。ラス家の天才児が無様なこった。さて、どうしたものかねぇ」
次回更新は通常どおり、2024/12/01 (日) 18:00 を予定しております。