第93話 クラリントンの酒場にて(2)
2024/10/18 ご指摘いただいた誤字等を修正しました。ありがとうございました
クラリントンに棺が運び込まれ始めてから三日目の夜を迎え、裏路地にひっそりと佇む小さな酒場をげんなりとした表情の門番たちが訪れていた。
酒場の店内は落ち着いた雰囲気で、彼らの他に客はまばらだ。そのせいか、彼らの暗い表情がどうしても目立ってしまう。
しかし彼らはそんなことに気をつかう余裕が無いのか、さっとカウンターに座ってすぐに注文をする。
「マスター、エールを人数分と、お任せでつまみを」
「かしこまりました」
しっかりとした身なりのマスターは穏やかな口調でそう答えると、テキパキと用意をしていく。
「お待たせしました。エールとチーズの盛り合わせです」
無言でジョッキを受け取った彼らはさっそく乾杯をするが、その表情はやはり暗いままだ。ぐびぐびと半分くらいを一気に呷った者もいたが、すぐに大きなため息をついてしまった。
そのまま暗い表情で俯き、無言でジョッキをじっと見ている彼らにマスターは穏やかな表情で話しかける。
「どうかなさいましたか? この私なんかでよろしければお話をお聞きしますよ」
「え? ……ああ、そうだな」
男たちは顔を見合わせ、そのまましばらくの沈黙が流れた。だが一人の男が意を決したような表情で頷くと、おもむろに口を開く。
「実はな。俺たちは門番をやっているんだが……」
「そうでしたか。門番といえば町に悪人が入らないように守って下さっている、とても大変なお仕事ですね」
すると男は複雑そうな表情を浮かべた。
「ま、まあ、そうなんだが……」
「はい」
「その、なんだ。ちょっとこのところ、イヤなものを見過ぎていてな」
「イヤなものですか?」
「ああ。まあ、ほら、その、なんだ。その……」
「はい」
マスターは急かすことなく、じっくりと男の話に耳を傾けている。
それからしばらく男が黙っていると、今度は隣の男が口を開いた。
「死体だよ。しかも騎士の、だ。マスターも知っているだろ? 大量の棺が運び込まれてるって」
「……ええ。噂は耳にしたことがございます」
「毎日毎日、何十、下手したら百はあるんじゃないかって数のソレを見せられてるんだ」
「それはそれは……」
「あの棺、魔の森のほうから運ばれて来てるんだ」
「魔の森から、ですか?」
「ああ。多分、幼女男爵様のところだと思うんだが……」
「幼女男爵? それは一体……?」
「スカーレットフォード男爵様だよ。前に一度だけ、この町に来たことがあって、俺はそのときの入街検査を担当してたんだ。なんか牛の牽いてる荷車に乗ってる侯爵様のご令嬢で、名前は……なんだっけ? ええと……アリシア?」
「あれ? そうだっけ? プリシラじゃなかったか?」
「いや、オリヴィアだったような?」
「フェリシア……だったかも?」
門番の兵士たちは名前をきちんと覚えていないようだ。色々な名前を好き勝手に言っており、マスターはやや苦笑いを浮かべつつもそれを見守っている。
「でな。俺らは空の棺を運び出すところを見ていないんだ。だからきっとその幼女男爵様のところから棺を貰ってるんだとは思うんだ」
「そうでしたか……」
「ああ。俺たちも詳しくは知らないんだが、騎士団が本気で魔の森に挑んでたってことは分かる」
「そうなのですね。では、少し前の冒険者が大勢亡くなられた件も?」
「そうだ。送り出した冒険者の一人が、魔の森が活性化してるって言ってたんだ。それでスカーレットフォードまでの道をどうにかするって。ただ……」
「……もしや、その方も?」
「ああ。その日のうちに……」
「そうでしたか……」
マスターは真剣な表情を浮かべ、小さく祈りをささげた。
「俺たち、もう危ないんじゃないかと思っているんだ。マスターはどう思う?」
「……」
マスターは真剣な目で男たちの目を見るが、彼らもまた真剣な表情でマスターのほうを見ている。
「どうでしょう。私にはなんとも分かりかねますが、本当に危険なのであればすぐにでも応援の騎士が駆けつけるのではないでしょうか?」
「……そうか? うーん、そうかもしれないなぁ」
「町長からはなんの告知もありませんしね」
「それはそうなんだが……うちの町長はなぁ」
「だよなぁ」
男たちはそう言って深いため息をついた。
「色々とストレスをお抱えのようですね。せっかくですから、全部ここで吐き出してしまってはいかがですか? 私は職業柄、秘密は絶対に守りますので」
「……そうか? そうだな」
こうして門番の男たちは日頃の様々な不満をマスターにぶちまけるのだった。
◆◇◆
門番の男たちがマスターに愚痴を聞いてもらっているころ、そこから少し離れた場所にある安い酒場は多くの客で賑わっていた。そこにはレンガ積みの仕事をしていて棺が運ばれるのを見たと証言した男もおり、以前と同じ仲間たちとジョッキを傾けていた。
証言をした男が話を切り出す。
「なあ、知ってるか?」
「何をだ?」
「黒い骨の噂だよ」
「黒い骨?」
「そうか。まだ知られていないのか」
「おい、だからなんなんだって」
「俺、今日の仕事は中央広場にある店の改修工事だったんだがな」
「へえ、そうだったんだ。それで?」
「なんか、行商人が来てたんだけどよ。妙なことを聞き回っていたんだ」
「妙なこと?」
「ああ。棺を運ぶ黒い骨を見たが、あれはなんなんだ? ってな」
「は? なんだそりゃ?」
「知らねぇよ。行商人がそう聞いてきたんだよ」
「はぁ。で、なんて答えたんだ?」
「見たことも聞いたこともねぇって」
「ま、そりゃそうか。で? その行商人はどこでその黒い骨? を見たんだ?」
「街道の分岐だってよ」
「分岐? ってどこのだ?」
「スカーレットフォードとの分岐だと思う。森の奥に開拓村があるのは本当か、とも聞かれたからな」
「……っぽいなぁ」
「黒い骨、か。なんだと思う?」
「さぁな。さっぱり想像がつかねぇが、なんか不気味だよな」
すると男たちのうちの一人がぼそりと呟く。
「……なんか死神っぽいな」
「たしかに……」
男たちの間にはなんとも微妙な空気が流れる。
「……なあ、もしかして騎士団はドラゴンじゃなくて、死神にやられた?」
その言葉に一人の男がハッとした表情を浮かべた。
「あのよ」
「なんだ?」
「もしかして、水が減ってるのも死神の呪いだったり?」
「まさか……」
「そんなことは……」
「「「……」」」
男たちは引きつった表情でお互いに顔を見合わせる。
「もしかして……」
「俺ら、ヤバい?」
次回更新は通常どおり、2024/10/20 (日) 18:00 を予定しております。