第92話 追放幼女、さらに噂をされる
次回更新は通常どおり、2024/10/13 (日) 18:00 を予定しております。
ここはビッターレイのとある場末の酒場。そこには今日も男たちが集まり、エールを片手に日頃の憂さを晴らしていた。
「そういや、また例の幼女男爵様の噂が入ってきたぜ」
「お! もしかしてまた確かな情報源か?」
「おうよ。聞きたいか?」
「もちろん!」
「なんでもよ。ミュリエルお嬢様がスカーレットフォードに行ったらしいんだよ。収穫祭で」
「へぇ。それで?」
「で、なんか幼女男爵様が奉納舞をした日の夜にどっかの騎士団が攻めてきたらしいんだよ」
「はぁ!? 騎士団が収穫祭を?」
「さすがに嘘だろうよ。あり得ねぇって」
「嘘じゃねぇって。ミュリエルお嬢様がそう言ってたらしいんだって」
「マジかよ」
「信じらんねぇな」
「でもミュリエルお嬢様が言ってたとなると……」
男たちは困惑した表情でお互いに顔を見合わせる。
「まあいいや。で、一体どこの騎士団がやったんだ?」
「いや、それがよ。ミュリエルお嬢様もさすがにまずいと思ったのか、どこの騎士団かはぼかしてたらしいんだよ」
「なら勘違いじゃねぇのか?」
「いや、それはないって」
「ならなんで肝心なところが分かんねぇんだよ」
「情報源だってずっとテーブルの近くで聞いてられるわけじゃねえからな。通りがかったときとか、大声で話しているときだけしか無理なんだよ」
「そうかぁ。うーん、でも、やるとしたらやっぱり……」
「サウ――」
「おっと! そっから先はダメだ」
噂を仕入れている男が慌てて具体名を出そうとした男を止めた。
「なんだよ。なんで止めるんだよ」
「さすがにそれを言うのはまずいんだよ。何せ、ミュリエルお嬢様が聞かれないようにわざとぼかしてたんだぞ?」
「ん? どういうことだ?」
「なんだ、分かんねぇのか?」
モーティマーズから噂を仕入れている男は呆れたような表情を浮かべた。だが同じテーブルに座る飲み仲間たちはさっぱり分かっていないようで、噂を仕入れている男の顔をじっと見ている。
「ちっ。しゃーねーな」
噂を仕入れている男は芝居がかった仕草で頭をガシガシと掻いた。
「いいか? 整理するぞ。ミュリエルお嬢様はスカーレットフォードの収穫祭に参加した。そしたらその収穫祭の夜に、なんちゃら騎士団が攻めてきた。ここまではいいよな?」
「ああ」
「じゃあ、質問だ。ミュリエルお嬢様はどういうお方だ?」
「は? そりゃあ、エドワード様のお嬢様だろうが。みんな知ってるぜ」
「じゃあ、そのエドワード様はどういうお方だ?」
「え? そりゃあ町長だろう」
「それ以外には?」
「え? あー、騎士爵様で……ああ、あとは我らが英雄ラズロー伯爵の次男だな」
「つーことは、ミュリエルお嬢様は?」
「ん? ラズロー伯爵の孫娘?」
「そうだ。つーことはつまり? なんちゃら騎士団は?」
「「「あ!」」」
噂を仕入れている男の誘導でようやく他の飲み仲間たちも事の重大さを理解したようだ。
「もしかして……」
「そういうことだ」
噂を仕入れている男はそう言って意味深な笑みを浮かべた。
「ま、つってもミュリエルお嬢様には何もなかったらしいんだけどな」
「そうなのか? どうせ開拓村なんて掘っ立て小屋が並んでるだけだろうし、騎士団に襲われたらどうしようもないだろ?」
「それがよ。なんか、高い街壁に水堀まであるらしいぜ」
「マジかよ。水堀があるなんて、うちより充実してんじゃん」
「え? ちょっと待て。そんな要塞みたいなとこを襲ったのか?」
「そうなるな」
「……その騎士団って、何人くらいいたんだ?」
「なんか、五千人くらいいたらしい」
「はぁっ!?」
「五千!?」
「しかも騎士爵が何十人もいたらしい」
「えっ!?」
「騎士爵が何十人も!?」
「まるで戦争みたいじゃん」
「いや、戦争じゃねえか? 普通に」
「あ……それもそうか」
男たちは顔を見合わせるが、そのうちの一人がすぐにハッとした表情になる。
「いや、ちょっと待て。そんなのが襲ってきたのにミュリエルお嬢様は何もされてないってことか?」
「ああ」
「……もしかして、ラズロー伯爵騎士団が戦った?」
「いや、違うぜ」
「どういうことだ?」
「なんでも、幼女男爵様が大立ち回りをして、一人で全部撃退したらしい」
「「「はっ!?」」」
「魔法と『ゴブすけ』を華麗に操って、まるで騎士を寄せ付けなかったらしい」
「マジか……」
「定かじゃねえんだけどよ。情報源が聞いてた感じだと、なんか『ゴブすけ』は幼女男爵様の魔法でどんどん強くなるっぽいんだそうだ」
「へぇ」
「そこに幼女男爵様の天才的な指揮と作戦が重なった結果なんだとさ。詳しくは分かんねぇが、森の中では魔物がいるところに誘い込んで同士討ちをさせて、さらに水堀と街壁で守りを固めつつ、それでも突破した奴らは幼女男爵様が魔法で一網打尽にしたらしい」
「はぁぁぁ」
「やっぱ天才ってマジですげぇんだな」
「でも、幼女男爵様がサウ……騎士団の連中をちぎっては投げるの、見てみたいかも」
「たしかに。あのムカつくサ……じゃなかった。まあ、なんだ。ざまあみろって感じだな」
「エインズレイのクソったれどもが!」
「おい! 言うなって」
「おっと、そうだった。あれ? 待てよ? そういや幼女男爵様って、エインズレイ家の奴じゃなかったっけ?」
「お? あー、そういやそうだったな。んー、まあ、アレだ。いいエインズレイもいるってことで」
「だな!」
男たちはガハハと笑うと、ジョッキを傾けるのだった。