第91話 クラリントンの酒場にて(1)
2025/06/19 誤字を修正しました
クラリントンへと戻ったビルは真っすぐに騎士団の駐屯地へと向かい、それから一時間ほどで再び門に姿を現した。後ろにはぞろぞろと荷馬車が連なっている。
「開門せよ!」
「え? ビル卿? そちらの荷馬車は……?」
門番たちは不思議そうにビルたちを見てそう尋ねるが、ビルは不快感をあらわに怒鳴りつける。
「お前はいつから騎士団の任務を詮索できる立場になったんだ! さっさと開門しろ!」
「も、申し訳ございません!」
門番たちが慌てて門を開くと、ビルたちはぞろぞろと外へと出て行く。最後の荷馬車が外に出て、門を閉じたところで門番たちは顔を見合わせた。
「一体どうしたんだ?」
「荷馬車の奴らってさ。全員従騎士だよな?」
「かなり若かったしなぁ」
「でもよ。他の騎士たちはどうなったんだ? 騎士爵さまもいたよな?」
「ああ。何人もいたって聞いてるけど……」
門番たちは不安げな表情を浮かべていたが、ビルたちの動きを見てギョッとした表情になる。
「お、おいおい。どうしてビル卿だけサウスベリーのほうに向かってるんだ?」
「あれ、かなり急いでるよな……」
「やっぱり何かあったんじゃ……」
「何かって……もしかして全め――」
「おい! 滅多なことを言うんじゃねぇ!」
「そ、そうだよな」
そうは言いつつも、門番たちは不安げな様子のままビルの馬が走り去るのを見送った。
そしてそれから数時間後、今度はちょうど人一人が入りそうな大きさの簡素な木箱を大量に積んだ荷馬車が続々と戻ってきた。しかも木箱には大きく名前が記入されているのだ。
門番たちは引きつった表情でそれを迎えたが、これまでに何度も叱られたおかげか詮索するようなことはせず、無言でその荷馬車を通したのだった。
◆◇◆
その日の夜、クラリントンのとある場末の安酒場に男たちが集まり、こんな会話をしている。
「なあ、知ってるか? 騎士団の話」
「棺の件だろ? 聞いたっちゃあ聞いたが、あれってマジなのか? さすがに――」
「いや、間違いないぜ。あの噂は本当だ」
「何か知っているのか?」
「ああ。何せ、この目で見たからな」
「マジで? どこでだ!?」
「大通りだよ。今日の現場がちょうど中央通りでのレンガ積みだったんだ」
「なるほどな。で、どんな感じだったんだ?」
「噂どおりだぜ。荷馬車に棺を満載してた」
「どうして棺だってわかったんだ?」
「そりゃあ、やたらとデカい名札っぽいのがついてたからな。ちょうど人が一人すっぽり入るくらい大きさの長細い木箱に名前が入ってるなんて、棺以外にねぇだろ」
「たしかに……」
「しかもな。馬車一台じゃなくて、数えただけでも十台はいたぜ」
「十台も!?」
「そんなに死者がでたってことか!?」
「だろうな」
「つーことは、なんだ? 騎士団はドラゴンの討伐に失敗したのか?」
「うーん、どうだろうなぁ」
レンガ積みをしていたという男はそう言って、難しい表情で首を横に振った。
「どういうことだ?」
「いや、だってよ。さすがにドラゴンに負けてたら死体は残らねえんじゃねえか?」
「あー、たしかになぁ」
「じゃあ、何にやられたんだ?」
「さぁ。なんだろうなぁ」
「おいおい、知らねぇのかよ」
「俺が知ってるわけねぇだろ。レンガ積んでたときにたまたま見ただけなんだからよ」
「ああ、それもそうか」
「じゃあ、予想はどうだ? 何にやられたと思う?」
「んー、意外と盗賊に負けたとか?」
「ええっ? 盗賊はねぇだろうよ。今回は騎士爵サマまでいたらしいじゃねぇか」
「マジで!?」
今度はレンガ積みの男が驚いて聞き返した。
「おう! なんか結構ヤバい騎士爵サマらしくてよ。あのボルタのクソ野郎が処刑されたらしいぜ」
「おっ! マジ!? やった!」
「あいつ、本当にクソ野郎だったからなぁ」
「ああ。レンガ職人組合、材木加工職人組合、毛織物組合、あとパン職人組合もだっけか? 他になんかあったっけ?」
「水車職人組合じゃないか?」
「ああ、そうそう。それだ。たしかあのクソ野郎が貴族絡みの商売で無茶苦茶なことしたんだっけ?」
「あんときはかなりブチ切れてたよなぁ。タークレイ商会の本体とも揉めたんだっけ?」
「ああ。そんで組合員が全員移住しちまったんだよな」
「あったなぁ。そんなこと。あれ? でもうちの町の水車、どれも普通に動いてるよな? 粉ひき出来なくなったなんて聞いたことないぜ?」
「ああ、なんかボルタがタークレイ商会の伝手でどっかからか後釜を連れてきたらしい。そんで使用料が値上げされて、そんでパン職人組合とボルタが揉めたんだよ」
「ああ、そういう話だったのか。でもパンの値段、上がってねぇよな?」
「さすがにパン職人組合には勝てなかったらしくてな。値上げはすぐに撤回されたらしい」
「へえ、そうなんだ。天下のタークレイ商会でもそんなことあるんだな」
「なんか、町長のところへ卸すパンの値段を上げたらしいぜ。使用料が高いからって」
「ぶはっ。マジか! なるほどなぁ」
男たちは楽しげにジョッキを傾ける。
「そういやさ。その貴族絡みの商売ってどこのお貴族様だったんだ? さすがにお貴族様を怒らせたらボルタでもヤバいんじゃね?」
「あー、たしか……なんだっけ? ほら、魔の森の中の男爵領。あっただろ? なんて名前だっけ?」
「あー、あったなぁ。なんだっけ?」
「スカーレットフォードじゃなかったっけ?」
「あっ! それだ! それって商工組合が取引禁止にしたところだよな?」
「そうそう。その……って、あれ? あそこってたしか、騎士の代官様が治めてるんじゃなかったっけ?」
「だよなぁ……ん? いや、ちょっと待てよ?」
そう言ってレンガ積みをしていたという男は腕組みをし、何かを考えているような仕草をした。
「なんだ? どうした?」
「あのよ。俺、気付いたかもしれねぇ」
「なんだ? どういうことだ?」
「ほら、色々とおかしかっただろ? 今までずっと仲良くやってきた開拓村とタークレイ商会が揉めるなんてよ」
「それはそうだよなぁ。開拓村がタークレイ商会と揉めたら生きていけねぇよなぁ」
「だろ? だから、多分代替わりして、どっかのお貴族様が村長になったんじゃねぇか? お貴族様は平民になんざ頭を下げたりはしねぇだろうしよ」
「たしかに。それなら揉めたってのも分かるか」
「だろ? そんでだ。あの大量の棺、もしかして騎士団がスカーレットフォード男爵領に攻め込んで、返り討ちに遭ったんじゃないか?」
「はぁっ!? そんなわけねぇだろう。魔の森の開拓村だぞ? そりゃあ魔物と戦う戦力はいるんだろうが……騎士団が負けるなんて絶対あり得ねぇって!」
同席する男たちはレンガ積みをしていたという男の推測を全力で否定する。
「でもよぉ。男爵様ってことは魔力持ちだろ? そんじょそこらの騎士様よりも強いんじゃねぇか?」
「そうなのか?」
「いや、知らねえけど」
「「「知らねえのかよ!」」」
男たちから一斉にツッコミが入る。
「いや、まあ、でもよ。なんか、そっち方面の道を急いで整備してたってのは有名だろ? 冒険者がガンガン死んでたし」
「ああ、あったなぁ。でも、騎士団ってかなりの人数だったんだろ?」
「まあなぁ」
「なら、どっちかっていうとその男爵様を倒して、そのときに男爵様と道中の魔物どもにやられた騎士の死体を運んでるって言われたほうがありえそうじゃねぇか?」
「お! たしかに! そりゃそうだわな」
こうして説得力のある結論を見つけた男たちは一気にエールを呷ると、すぐにウェイトレスを呼び止める。
「エールをもう一杯!」
こうしてクラリントンの夜は更けていくのだった。
次回更新は通常どおり、2024/10/06 (日) 18:00 を予定しております。