第90話 追放幼女、死霊と対峙する
その日の夕方、デリアと娘のリリーちゃんを連れ、指輪をしていた遺体のところにやってきた。ジェームズがゾンビとなって現れるかもしれないからだ。
ちなみにリリーちゃんも連れてきてもらったのは、ジェームズのゾンビがリリーちゃんのほうに行ってしまうかもしれないからだ。
「男爵様。あの、本当に……?」
「うん。来るんなら今晩だと思う。逆に今晩大丈夫ならもう心配はいらないはずだよ」
「はい……」
すると松明をもってついてきているウィルがあたしに尋ねてくる。
「でも、姫さんなら大丈夫っすよね?」
「うーん、どうかな。悪霊になっていなければね」
「えっ!? そんな……」
ウィルが大きな図体に似合わず情けない声を出した。
「お嬢様、そのような危険なことは……」
「でも、あたし以外にできる人はいないからね。これも貴族としての務めでしょ?」
「……はい」
そうは言いつつも、マリーはやや不服そうな表情を浮かべている。心配してもらっているのは分かるが、そもそもジェームズの魂が悪霊になっていたらスカーレットフォードは破滅する。
だからここで逃げたところで何も変わらない。あたしが何とかしなければいけないのだ。
そうこうしているうちに太陽が沈み、ゆっくりと暗くなっていく。
「あ゛ー」
突然遺体のあった場所にゾンビが現れた。
「ああっ! あなた!」
デリアが悲痛な叫び声を上げ、近づこうとする。だがその手を慌ててウィルが掴んで止める。
「ダメだ!」
「でも!」
「デリア! ダメだよ。あれはもうジェームズじゃない。ゾンビなんだ。しかも悪霊になりかけてる」
というのも、このゾンビは薄っすらとではあるものの、どす黒く禍々しいオーラのようなものをその身に纏っている。これはゾンビの核となっている魂が悪霊になりかけている証拠だ。
だが、まだ完全な悪霊にはなっていない。まほイケに登場した悪霊はもっと強大なオーラを纏っていたし、姿かたちもゾンビのそれとは違ってもっとおどろおどろしいものだった。
だからあれは、悪霊と普通の状態のちょうど中間くらいなんじゃないかと思う。
あたしはすぐさま、葬送魔法を掛けた。黒く禍々しい魔法陣が現れ、どす黒い光が立ち昇る。
だが! ものすごい強烈に抵抗されている!
「くぅっ……やっぱり一筋縄ではいかないね」
悪霊となった魂は募らせた恨みなどを晴らすため、こうして輪廻の輪に帰ることを拒否してくる。それがたとえ、元々魔力を持っていない人のものだったとしても、だ。
というのも悪霊とは、強い怨念を持った魂が別の似たような怨念を呑み込みながら少しずつ成長し、ぐちゃぐちゃになって自我を失ったなれの果てだ。その際に魔力や精霊の残滓などといった様々なものを一緒に取り込み、輪廻の輪に帰ることを拒否するだけの魔力を持ってしまうのだ。
だから悪霊となってしまった魂を輪廻の輪に帰すには、それを上回るだけの魔力が必要となるのだ。もしこいつがあたしの魔力を上回っていた場合、光の神聖魔法で浄化する以外に方法はない。
でも! まだ完全に悪霊になっていない今なら!
「デリア! 彼に呼び掛けて! ちゃんと昇天してほしいって!」
「は、はい! あなた! 私は無事です! リリーも、元気です! ほら!」
「あ゛ー」
だがジェームズだったゾンビは止まる様子もなく、デリアに近づいていく。
「あなた! 私が分からないの!? あなた!」
「あ゛ー」
「ひっ!?」
するとデリアと手を繋いでいるリリーちゃんが恐怖に表情をこわばらせた。
「リリー? 見なくていいわ!」
デリアがリリーちゃんを抱きかかえ、ジェームズだったゾンビを見ずに済むようにした。するとジェームズだったゾンビがピクリと止まる。
「あなた!」
「あ゛ー」
再びジェームズだったゾンビがデリアたちのほうへと歩き始める。
あれ? もしかして?
「リリーちゃん、怖いかもしれないけど、あれはパパだよ」
「えっ!? 男爵様!?」
デリアが非難するような口調でそう叫んだ。
「パァパ……?」
リリーの言葉が聞こえたのか、ジェームズだったゾンビの動きが再び止まる。
今だ!
あたしは魔力を全開にして葬送魔法に注ぎ込んだ。するとジェームズだったゾンビの抵抗を打ち破る!
やがてゾンビの肉体がさらさらと崩れ落ち、薄っすらと黒いオーラを纏ったジェームズの魂だけがぼんやりと浮かんでいる。
やった!
「あなた!」
デリアが近づこうとするが、ジェームズはもう半分悪霊となっているのだ。生前の正気を保てているとは到底思えない。
現にジェームズの魂は今も葬送魔法を拒否し続け、この世に留まろうとしているのだ。それがデリアやリリーちゃんに対する執着なのか、それとも別の何かなのかはわからないが、ここで止めるわけにはいかない。
あたしはもう一度葬送魔法に大量の魔力を注ぎ込み、ジェームズの魂を強制的にあの世へと飛ばした。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「あなた! あなたぁぁぁぁぁぁ!」
デリアの悲痛な叫び声があたりに響き渡る。
……きっと、きっとこれでいいんだ。
こうすればジェームズの魂は冥界に行き、長い時間をかけて浄化されて輪廻の輪に戻れるはずだから。
ああ、それにしても疲れたね。もうほとんど魔力が残っていないや。
「ふぅ」
あたしは大きく息を吐き、膝に手をついてがっくりとうなだれた。
「お嬢様、お疲れ様でした」
するとマリーがいつもどおりの優しい声色で労ってくれ、そっとケープを羽織らせてくれた。
「うん。マリー、ありがと」
次回更新は通常どおり、2024/09/29 (日) 18:00 を予定しております。