第88話 追放幼女、再び噂をされる
2024/09/11 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
スケルトンに関する話が一巡し、話題はスカーレットフォードに関するものへと戻ってきた。
「そういえば、スカーレットフォードってどんなところですの?」
「とっても広い畑が広がっていて、長閑でとてもいいところですわ」
「でも、魔物が襲ってくるのではなくて?」
「開拓村ですものねぇ。恐ろしいですわ」
「あら、そんなことはありませんわ。だって、スカーレットフォードはとても高い街壁に囲まれていましてよ?」
「あら? そうなんですのね。わたくし、開拓村と聞いていましたからてっきり木の柵があるだけかと思っていましたわ」
「そんなことはありませんわ。しかも街壁だけじゃなくって、水堀まであるんですのよ」
「まあ! 水堀まで? この町よりすごいですわ!」
「ええ。街壁も水堀も出来たばかりだそうですわ」
「ということはオリヴィア様が造られたってことですのよね?」
「ええ、そうですわ」
「さすがオリヴィア様ですわ!」
「ですわねぇ~」
「やはりオリヴィア様は『ゴブすけ』を使って?」
「きっとそうですわ」
「『ゴブすけ』、本当に働き者ですわねぇ」
「「「ねぇ~」」」
再びスケルトンの話題に戻ったのだが、二回目ということもあったのだろう。今度はすぐにオリヴィアに関する話題へと移っていく。
「そういえば、収穫祭に行かれたのですよね?」
「ええ」
「じゃあ、もしやオリヴィア様が奉納舞を?」
「そうですわ。漆黒の魔力を見事に操られながら見事に奉納舞を舞っておられましたわ」
「まあ! 漆黒の?」
「ええ! オリヴィア様の瞳と御髪の色と同じで、吸い込まれそうなほどでしたわ」
「すごいですわ~」
「しかもオリヴィア様、純白のワンピースに麦穂の冠をお召しになっていたのですけれど、そのお姿が本当に可憐で、それでいて大人顔負けの優雅な舞いを披露してくださっていて…………」
ミュリエルはうっとりとした様子でそう語った。
「ああ、わたくしも見たかったですわ」
「わたくしも~」
「ねえ、今度オリヴィア様がいらしたらわたくしたちもお目通りさせてくださいまし」
「ミュリエル様、お願いしますわ」
するとミュリエルはやや困ったような表情を浮かべる。
「そうはしてあげたいけれど、でもオリヴィア様はお忙しいお方ですのよね……」
「あっ! そうですわね」
「あんなに幼いのにご領主様ですものね」
「わたくしったら出過ぎた真似を……」
「いいえ。皆さんがオリヴィア様に憧れる気持ち、わたくしもよく分かりますもの。でも、今オリヴィア様は本当に大変なのですわ」
そう言ってミュリエルは物憂げな表情を浮かべた。
「どういうことですの?」
「気になりますわ」
「でも……」
ミュリエルは物憂げな表情のまま、小さくため息をついた。
「もう! じらさないでくださいまし」
「ミュリエル様ぁ~」
「教えてくださいまし~」
取り巻きたちはなんとかミュリエルに話させようと、必死におねだりをする。しばらくおねだりをされ続けていたミュリエルだったが突然表情を崩し、困ったように小さく微笑んだ。
「……分かりましたわ。皆さん、特別ですわよ。他の方には内緒にしてくださいまし」
「もちろんですわ!」
取り巻きたちはこくこくと頷き、キラキラした目でミュリエルを見つめながら
「実は収穫祭の夜になんと――」
ミュリエルは声のトーンを落とし、サウスベリー侯爵騎士団が襲撃を仕掛けてきたことを暴露した。
「まあっ!」
「なんて恥知らずな!」
「サウスベリー侯爵はきっと今に神罰を受けるに違いありませんわ!」
取り巻きたちは口々にサウスベリー侯爵を非難する。
「ちょっと、声が大きいですわ」
「あっ……ごめんなさい」
ミュリエルに注意され、取り巻きたちは声のトーンを落とす。
「でも、ミュリエル様。ということはやはりラズロー伯爵騎士団の方々がオリヴィア様をお守りしたんですの?」
「いいえ。むしろラズロー伯爵騎士団もバイスター公爵騎士団も、ほとんど何もしていないと聞いておりますわ」
「えっ!?」
「どういうことですの?」
「だって、その日は感謝祭ですもの。大人たちは皆、お酒を飲んでいましたもの」
「ああ、それはそうですわねぇ」
「この町の大人たちもそうですものねぇ」
「……あら? なら、一体誰が卑劣な騎士たちから……まさか?」
「ええ、そのまさかですわ。オリヴィア様は『ゴブすけ』を巧みに指揮し、数百とも数千ともいわれる大軍で攻め寄せた騎士たちをまったく寄せ付けずに蹴散らしたのですわ」
「まあっ! 数千の騎士を!?」
「素敵ですわぁ」
取り巻きたちは声のトーンを上げ、口々にオリヴィアを褒め称える。
「ですから、声が大きいですわ」
「あっ!」
「そうでしたわ」
「ええ、気を付けてくださいまし」
取り巻きたちは無言になり、小さく頷いた。
「しかも卑劣なことに、忍び込んできた騎士爵がオリヴィア様の乳母の方を人質に取ったのですわ」
「人質ですって!?」
「騎士爵が!? まさか! 騎士爵ともあろう者が人質だなんて!」
「信じられませんわ!」
取り巻きたちの声のトーンが再び上がった。だがミュリエルは注意をせず、そのまま話を続ける。
「でも、オリヴィア様と乳母の方が機転を利かせて返り討ちにしたそうですわ」
「まあっ!」
「どんな機転ですの?」
「ええ、わたくしも実際に見たわけではありませんの。ただ……」
ミュリエルは困ったような表情を浮かべ、まるでもったいつけるかのように言葉を切った。取り巻きたちはミュリエルの話を一言一句聞き漏らすまいと注目する。
「お父さまが次期バイスター公爵閣下から聞いた話によれば、なんと言葉も交わさず、視線だけでタイミングを合わせて魔法を使ったらしいですわ」
「まあ!」
「絆を感じますわ~」
「素敵ですわね~」
それからミュリエルは話を盛りに盛り、自分が見てもいない先頭に立って戦うオリヴィアのカッコよさと襲撃を仕掛けてきた騎士団の悪辣さを語るのだった。
◆◇◆
一方その頃、クラリントンには解放されたビルが到着していた。
「開門! サウスベリー侯爵騎士団の騎士、ビル・フットである!」
「えっ!? 他の騎士の方々はどうしたのですか!?」
「いいから早く開門せよ! なぜ騎士であるこの俺がお前にそのようなことを報告しなければならんのだ!」
「っ! も、申し訳ございません! 開門!」
ビルは門が開くなり、慌てた様子で町の中へと駆け込んだ。そしてそのまま真っすぐに騎士団の駐留している宿へと走って行く。
それを見送った門番の男の一人がぼそりと呟く。
「……なんだろう。もしかしてなんかあったのかな? やっぱりドラゴンがいるっていう噂が本当で、騎士団が負けたんじゃ……」
「おい! 滅多なことを言うんじゃない!」
「そ、そうだよな。そんなわけないよな」
「そうだ! ……そうに決まっている」
そうは言いつつも、二人は不安げに顔を見合わせるのだった。