第87話 追放幼女、処遇を決める
「はぁぁぁぁぁ」
執務室に戻ったあたしは大きなため息をついた。
「お嬢様……」
「ごめんね。マリー。でも、さすがにこれは頭が痛いや。ねえ、ちょっとお砂糖入りの紅茶を淹れてくれない? 茶葉、もらったでしょ?」
「かしこまりました」
マリーはすぐに執務室を出て行った。それを見送り、またもや小さくため息をつく。
さて、どうしようかな。
この金鉱山はスカーレットフォードのみんなのために使いたい。誰かに権益を明け渡すなんて、とてもじゃないけど考えられない。
……武力、か。
とりあえずクマについてはバレてないみたいだし、まずはクマ軍団の拡充が最優先だよね。
あとは討ち取った騎士たちをスケルトンにすれば……ううん、ダメ! それじゃ悪役令嬢オリヴィアと一緒じゃない!
そう、あたしは悪役令嬢オリヴィアにはならない。ちゃんとしたいい領主になるんだ!
大体、ちょっとネグレクトされたって言っただけであんな噂になったんだもの。もし騎士の遺体を兵士にしたなんて知られた日には……。
うーん。でも、やっぱり武力って考えると……ああああ! ダメダメダメ!
あああ、でも……あれ? あっ! そうだ! そうだよ! 遺体なんてあるから余計なことを考えちゃうんだ!
だったら、遺体は全部帰してあげればいいんだ。棺に入れてあげて、魂も送ってあげる。そうすれば家族だって喜ぶはず!
それで捕虜のうち一人を解放して、二度と関わらないようにってちゃんと言うんだ!
うん。それがいい!
「失礼します。紅茶を……おや? 何か思いついたことでも?」
「あ! マリー! ありがとう。あのね。あたし、騎士たちの遺体をちゃんと帰してあげようと思うんだ。どうかな?」
「遺体をですか?」
マリーはふっと優しい笑みを浮かべてくれた。
「それは良いお考えですね。騎士たちの家族は出征の際、遺体が戻らないことを覚悟しているそうですので」
「うん。そうだよね。だからまず捕まえたやつの中で元気そうなのを解放して、森の入口まで遺体を送るから取りに来るようにって伝えてもらうの」
「はい。よろしいかと」
「うん。じゃあ、森の中の遺体も回収しないとね」
「はい」
こうしてあたしはゴブリンのスケルトンに命じ、遺体の回収を命じたのだった。
◆◇◆
翌日、あたしは回収された大量の遺体を前に頭を抱えていた。
あれからモンタギューに追加で尋問したところ別働隊の存在を白状したので、念のために領境まで捜索範囲を広げたところ、次々と軽装備の遺体が発見されたのだ。
その数はスカーレットフォードまで攻めてきた騎士たちと合わせて百五十体以上にも上る。領境付近の遺体はまだ届いていないだろうから、これからもっと増えるはずだ。
そしてその遺体の中には魔物や獣に食い荒らされたと思われるものもあり、これだと身元の判別は難しいかもしれない。それでも魂はちゃんと送ってやり、残った遺体は騎士たちが野宿していた空き地にひとまず並べてある。
遺体を納める棺は今、ハロルドにお願いしてスケルトンたちと一緒に大急ぎで作ってもらっているところだ。
「はぁ。まったくもう……」
あまりの犠牲の多さに憂鬱な気分になっていると、後ろからウィルに声を掛けられた。
「姫さん、捕虜の一人を連れて来やした」
「うん、ありがとう」
ウィルはセオドリックと一緒に捕らえられた無傷のかなり若い騎士を連れている。彼は並べられた大量の仲間の遺体を前に青ざめ、あたしと遺体の間で視線を往復させている。
「お前、名前は?」
「ビル・フットと申します」
「騎士ですの?」
「は、はい。サウスベリー侯爵騎士団に所属しております!」
「そう。ではビル卿、お前に頼みがあります」
「頼み、ですか?」
「ええ、わたくしは彼らを故郷に帰してやりたいのです」
「えっ?」
あたしの言葉が意外だったのか、ポカンとした表情であたしのほうを見てきた。
「そこでビル卿、彼らの名前を教えてくださる? 時間が経ち、判別がつかなくなる前に棺に名前を刻んでやりたいのですわ」
「……わかりました。そういうことでしたら」
「ええ。ビル卿、文字は書けまして?」
「はい」
「ならば、後で木の札を運ばせますわ。そこに書いて、遺体の胸の上に置いておいてくださる?」
「わかりました」
「全員分の確認が終わったなら、ビル卿は解放いたしますわ。わたくしたちは遺体を納めた棺を森の入口まで運びますから、あとはサウスベリーの皆さんでお願いしますわ」
「……はい」
「それと、この手紙をサウスベリー侯爵に渡してくださる?」
「わかりました」
ビル卿は緊張した面持ちで頷き、手紙を受け取った。
「ではウィル、あとのことは頼みましたよ」
「うっす!」
こうしてあたしはビル卿に遺体の確認をさせると、その日のうちにビル卿を解放したのだった。
そしてそれからも続々と遺体が運び込まれ、なんと回収された遺体の総数はなんと二百五十を超えたのだった。
ちょっと待って!? どんだけ!?
◆◇◆
一方、ビッターレイへと戻ったミュリエルたちはさっそくモーティマーズでお茶会を開いていた。
「ミュリエル様! おかえりなさいませ。スカーレットフォードはいかがでした? オリヴィア様は?」
「まあ、落ち着いてくださいまし。一つずつお話ししますわ」
「わたくしたち、ずっと待っていたんですのよ」
「ええ、そんなに焦らないでくださいな。そうですわね。まずはスカーレットフォードですけれど」
ミュリエルの思わせぶりな言葉に集まった取り巻きたちは思わず唾を飲む。
「不思議な場所でしたわ」
「不思議な場所?」
「ええ。魔の森の中にあるのにとても平和ですのよ」
「まあ! 魔の森の中にあるのに?」
「ええ。きっとこれもオリヴィア様のおかげに違いありませんわ。何せ、オリヴィア様には『すけ』がたくさんついていますもの」
「そうですわね~」
「わたくしもミュリエル様のように『鳥すけ』を飼ってみたいですわ」
「あれはわたくしが飼っているんじゃありませんわ。お父さまが貸してくださるだけですもの」
「でも、家でいつでも触れ合えるんですのよね?」
「ええ」
「羨ましいですわ~」
「羨ましいけれど、わたくしは『鳥すけ』よりも『ボアすけ』が欲しいですわ。なんだかとってもチャーミングだと思いませんこと?」
「え? え、ええ。そうですわね。素敵かもしれませんわね」
「お待ちになって? わたくしは『ボアすけ』、とっても可愛らしいと思いますわ!」
それからミュリエルたちは延々とスケルトンのチャームポイントについて語り合うのだった。
次回更新は通常どおり、2024/09/08 (日) 18:00 を予定しております。