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第86話 追放幼女、難題に直面する

 続いてアルフレッド卿はあちこちに浮いている木の板のようなものの確認を始めた。


「なるほど。浮体式の仮設橋を架けて水堀を渡ったようですね。オリヴィア嬢、水堀の水位をもっと下げねばこのように簡単に突破されてしまいますよ。最低でもあと二メートルくらいは下げたほうがよろしいかと」

「そのようですわね。ご助言、感謝いたしますわ」


 アルフレッド卿はニコリと微笑んだが、水中を見て顔をしかめた。


「……こちらも中々ですね」


 アルフレッド卿の隣に行って水堀の中を(のぞ)いてみたのだが、あまりの光景にあたしも思わず顔をしかめてしまった。


 水底には鎧を着たままの騎士たちが何人も沈んでおり、しかもそのほとんどは目立った外傷がないのだ。


 きっと彼らは鎧の重さで泳げず、溺れてしまったのだろう。


 いくら命じられたからとはいえ、転落して溺死という最後には同情する。


「ええ、いくらなんでもこんな……」

「オリヴィア嬢、どうなさいますか? 光神教の司祭様をお呼びしましょうか?」


 アルフレッド卿は突然真顔になり、真剣な目であたしの目をじっと見てきた。


「え? そ、そう、ですわね……」

「もっとも、オリヴィア嬢には不要かもしれませんが」

「えっ?」


 突然思っても見ないことを言われ、思わず聞き返した。するとアルフレッド卿はフッと笑い、くしゃりと表情を崩す。


「アルフレッド卿?」

「オリヴィア嬢、領主がこの程度で動揺してはいけませんよ。ましてや、顔に出すなど論外です」

「あ……」

「オリヴィア嬢の魔力は闇なのでしょう?」

「それは……その……」

「ほら、また顔に出ていますよ」

「う……」

「闇の魔力は死と魂を司り、光の神聖力と対を成すとも言われる魔力です。死者の魂を送るのであれば闇ほど適したものはありません」

「……なぜ、闇の魔力のことを?」

「私は次期バイスター公爵であり、バイスター・ゴドウィン家は王家に連なる家系です。極めて珍しいとはいえ、闇は実在する属性です。次期公爵として、その特性を知っているのは当然のことですよ」

「そう、ですわね……」


 ううん、どうしよう。なんだかアルフレッド卿に上手く喋らされていて、こちらだけ情報を提供しちゃっている気がする。


 だが、そう考えていることすらアルフレッド卿にはお見通しだったらしい。


「さて、こちらから色々と聞くばかりでは申し訳ないですね」

「えっ?」

「オリヴィア嬢、このような領地戦は初めてですね?」

「ええ、そうですわね」

「では、今後どのようにすべきかはご存じですか?」

「それは……反撃する?」


 するとアルフレッド卿はまたくしゃりと表情を崩した。


「では、もしよろしければお教えしましょうか?」

「あ、ありがとう存じますわ」

「はい。ではまず、前提を整理しましょう。今回のような領地戦に限らず、戦が起こるのには必ず原因があり、その原因を取り除かねば戦は終わりません。これはよろしいですね?」

「ええ」

「今回、サウスベリー侯爵はオリヴィア嬢の身柄を要求してきました。それはなぜでしょう?」

「そうですわね。やはり金鉱山の利権を欲しがったのではなくて?」

「では、サウスベリー侯爵は金鉱山の利権を手に入れるために兵を送ってきたとしましょう。となるとどうでしょう。今回、オリヴィア嬢はサウスベリー侯爵の勢力を上手く撃退しました。ですが、残念ながら根本的な問題は何も解決していないということは分かりますね?」

「ええ」

「ということは、サウスベリー侯爵にはスカーレットフォードを攻める動機が残っており、いずれまた争いが起きるということを意味しています。そしてもしそうなったとき、次はより巧妙に行われるはずです」

「そう、ですわね」

「そのため、オリヴィア嬢は根本的な原因を取り除く必要があります。それには大きく分けて二つの方法がありますが、分かりますか?」


 二つの方法? ええと、それって……。


「まず一つ目です。これは簡単で、サウスベリー侯爵の要求を受け入れることです。こうすればサウスベリー侯爵が派兵する理由はなくなります」

「そんなこと!」

「そうですね。であればもう一つの選択肢を取ることになります。それがどのようなものか、分かりますか?」

「……いえ」

「サウスベリー侯爵に『手が出せない』と思わせるのです」

「手が、出せない……」

「そうです。たとえばオリヴィア嬢が挙兵し、サウスベリーを奪ってしまえばもうサウスベリー侯爵がスカーレットフォードに攻めてくることはないでしょう。そうなったのであれば、きっとオリヴィア嬢がサウスベリー侯爵となっているでしょうからね」

「それは……」

「はい。現実的には難しいでしょう。いくら『ゴブすけ』がいるとはいえ、撃退できたのは地の利があったことが大きいはずです。サウスベリー侯爵領は王国でも屈指の豊かな領地で、数多くの騎士を擁する強大な騎士団を誇っていますからね」

「ええ、そうですわね」

「では武力で劣るオリヴィア様はどうするのが正解でしょう?」

「ええと……」

「簡単な話です。同じだけの武力を保持すればいいのですよ。といっても、すぐにというのは人口面からも金銭面からも物資の面からも不可能ですが」

「そうですわね」

「では、どうすればいいのか? それは他者の武力を利用すれば良いのです」

「他者の武力?」

「はい。そうです。たとえばラズロー伯爵ですね。ラズロー伯爵とサウスベリー侯爵が犬猿の仲であることは有名な話です。エドワード卿、そうですね?」

「そのとおりですな」

「では、仮にスカーレットフォード男爵がラズロー伯爵の寄子になったとしましょう。そうすれば、サウスベリー侯爵も容易に手出しは出来なくなります。なぜならスカーレットフォード男爵への攻撃は、ラズロー伯爵への攻撃を意味することになりますからね。いかがですか?」

「……」


 それはそれでどうなんだろう。単に生物学上の父親であるあのおじさんに利権を差し出すか、ラズロー伯爵に利権を差し出すかの違いでしかない気がする。


「あとは、国王陛下に仲裁を求めるということもできますね」


 ……それってもっと大変なことになるのでは?


 あまり覚えていないけど、たしかまほイケに出てきた王さまってかなり強欲だった記憶があるんだよね。


 記憶違いならいいけど、もし王さまが本当に強欲で、金鉱山が争いの原因なら王家で管理するって言われたら断れなくない?


「……考えておきますわ」

「そうですか。国王陛下の仲裁をご希望でしたらいつでもご連絡ください。すぐに橋渡しをしましょう」

「ありがとう存じますわ」


 こうしてあたしたちは現場の確認を終え、それからすぐにアルフレッド卿とエドワード卿は帰路についたのだった。


◆◇◆


 帰りの馬車の中で、アルフレッドは小さく(つぶや)いた。


「オリヴィア・エインズレイ、たしかに末恐ろしい」


 それに同乗している夫人が反応する。


「あなたがそこまで評価するだなんて珍しいですわね。あの子、そこまでですの?」

「ええ、天才などという言葉すら陳腐に感じるほどです。あの年齢であれほどの魔力、さらに大人顔負けの思考力と判断力。どれをとっても不世出の天才です」

「まあ……」

「まったく、サウスベリー侯爵が馬鹿で助かりましたよ。もし彼女が後継者で、英才教育を受けていたら一体どれほどの脅威となっていたことか」

「あらあら」

「とはいえ、彼女は父親と違って根は善人のようです。あの乳母のおかげでしょうね」

「それならばもっとお話をして来ればよかったですわ」

「仕方ありません。我々も準備不足でした。それに、サウスベリー侯爵のせいでそれどころではありませんでしたしね」

「そうですわね。まさか神聖なる感謝祭の夜に襲撃など……」


 夫人は怒り半分、呆れ半分といったような表情を浮かべた。


「ですが、これでもう父娘(おやこ)の和解は無くなったと考えていいでしょう」

「でも、どうなさるおつもりですの? 提案は断られてしまったのでしょう?」

「問題ありませんよ。想定の範囲内ですから」

「あら? 何か当てはあるんですの?」

「もちろんですよ」


 アルフレッドはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「あら? ……あらあら、そうですわね」


 夫人もそう言ってクスクスと笑うのだった。

 九月より当面の間、毎週日曜日 18:00 更新となります。よって次回更新は 2024/09/01 (日) 18:00 を予定しております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 渡る世間は鬼ばかり…
[良い点] これだけ一方的に襲撃されても王家が何も懲罰出来ないのであれば、もはや群雄割拠の戦国時代と変わらんですな。 ならば騎士の死体は全てスケルトンナイト化して、来るべき戦いへの切り札として保管して…
[良い点] 陰謀、打算、利権 渦巻く貴族って感じが10歳にも伝わりますね 親切な顔しつつ欲望は全開で幼女に接する大人 [気になる点] 魂を送るところは見なくて良かったのかな [一言] 騎士すけは秘匿戦…
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