第76話 追放幼女、会談をする
2024/08/26 爵位と家系に関する一部表現を修正しました
挨拶が終わるとキース卿は下がっていき、一団の中ほどの馬車から二人の男性が出てきた。一人はエドワード卿で、もう一人は二十歳くらいの若い金髪の男性だ。端正な顔立ちだが日焼けしていて精悍な感じもあり、はっきり言ってかなりのイケメンだ。
二人は用意された馬に乗り、列の間を通ってあたしの前にやってくる。
「男爵閣下」
「エドワード卿、ご無沙汰しておりますわ」
「こちらこそご無沙汰しております。本来であればもっと早くお伺いしたかったのですが……」
「構いませんわ。しばらくは安定しておりませんでしたもの」
あたしとエドワード卿は笑顔で社交辞令を交わす。
「ところでエドワード卿、そちらのお方は?」
「はい、この男はバイスター公爵閣下のご長男で次期公爵でもあるアルフレッド・ゴドウィンと申す者です。現在の爵位は騎士爵です」
「まあ! あなた様が次期バイスター公爵となられるお方なのですね。はじめまして。わたくしはオリヴィア・エインズレイ、ここスカーレットフォードを治める男爵ですわ」
「はじめまして、男爵閣下。アルフレッド・ゴドウィンと申します」
「次期公爵となられるお方に閣下、などと呼ばれるのは畏れ多いですわ。わたくしのことはどうか、名前でお呼びになって」
「なんとありがたいことでしょう。それでは遠慮なく、オリヴィア嬢、と」
「はい」
「ですがオリヴィア嬢、いくら私めが次期公爵とはいえ今はただの騎士爵です。どうか私めのことはお気軽に名前でお呼びください」
「わかりましたわ、アルフレッド卿」
あたしはニッコリとほほ笑みながら右手を差し出した。するとアルフレッド卿は笑顔を浮かべたままあたしの手を取り、その甲にキスをする仕草をした。
と、ここまでが面倒くさい儀礼的なやり取りだ。
一応解説しておくと、アルフレッド卿は今のところ騎士爵なので、男爵であるあたしよりも身分が下だ。だがアルフレッド卿はすでにバイスター公爵の後継ぎであると公表されているので、今後は確実に身分が上がる。そうなると序列が最上位の公爵が最下位の男爵を閣下と呼んでいたことになり、それは醜聞となってしまう可能性がある。
だからあたしのほうは親しい相手にだけが許される名前呼びを許し、騎士とレディという関係に留めておくことで醜聞を封じる、ということらしい。
え? それが醜聞になる意味が分からない?
大丈夫、あたしもさっぱり意味が分からないから。
それはさておき、あたしはアルフレッド卿と並んで村の中の畑を通り抜け、中央広場までやってきた。そこではマリーを先頭に、村の女性たちがメイドの格好をして待ち構えている。
「着きましたわ。ここがスカーレットフォードの中央広場、あちらが明日の感謝祭の舞台ですわ」
あたしはそう言って、ほとんど設置が終わっている仮設の舞台を指さした。
「なるほど。スカーレットフォードでは毎年舞台を作っているのですね」
「ええ。木だけはたくさんありますの。道中でもたくさんご覧になられたでしょう?」
するとアルフレッド卿は複雑な笑みを浮かべた。
「それと、あちらがわたくしの家ですわ。ご覧のとおり、あまり大きな家ではありませんの」
「ええ。事前にお伺いしていますよ。私たちの家族の他に護衛は二名まで、ですね?」
「ええ」
ちなみに今回の訪問団は総勢三百名ほどで、いわゆる外交官が十名ほど、騎士が従騎士なども含めて百数十名、商人が十名ほどで残りは下女だ。
一部には空き家を貸すが、残りは再開発に向けて空き地になっているエリアで野宿をしてもらう予定だ。
「それではご案内しますわ」
こうしてあたしはアルフレッド卿たちを自宅に案内するのだった。
◆◇◆
それからあたしはアルフレッド卿のものすごく美人な奥さんを紹介してもらい、エドワード卿の奥さんのグロリアさん、そしてミュリエルとの再会を喜んだ。
続いてすぐに今日のメインイベントである二人との会談が始まった。人数合わせということで、あたしのほうはマリーに同席してもらっている。
「本日はお招きいただきありがとうございます。オリヴィア嬢」
「ええ。わたくしもお二人にこうしてお越しいただき嬉しく思いますわ。アルフレッド卿、エドワード卿」
にこやかな雰囲気であたしたちの会談は始まった。するとアルフレッド卿の表情が先ほどの友好的で穏やかな笑みがスッと消え、真顔になる。
う……すごい迫力。まるで品定めでもされているみたい。
「さて、ではさっそく本題に入りましょう。オリヴィア嬢、金鉱山の探鉱はいかがですか?」
……そっか。それがバレてたんだね。
こんな直前になっていきなり次期バイスター公爵が交流もない魔の森の開拓村にやってくるなんておかしいとは思ってたんだよね。
最初はサウスベリー侯爵への牽制で、直系の嫡女を確保しに来たのかもって思ってたけど、こっちの権益を押さえに来たんだ。
でも、あの金鉱山はスカーレットフォードのために使うんだ。タダでは渡せない。
「あら? なんのことですの?」
あたしは内心を悟られないよう、笑顔のまましらばっくれる。
「ははは。ですがオリヴィア嬢、もうこのことはラズロー伯爵もバイスター公爵もご存じです。それに、王宮のほうもある程度までは勘づいているようですから、そちらも時間の問題でしょう。そうなると、このまま行けばサウスベリー侯爵のほうからも介入があるかもしれませんね」
介入? ああ、そういうことか。あいつらはそのためにあたしをあの実家という監獄に連れて行こうとしたのか。
「……どうして?」
「簡単なことです。スカーレットフォードで何が起きているかはチャップマン商会の仕入れた品を見れば分かります。購入量が増えた硝石とミョウバン、いきなり大量に仕入れ始めた鉛、これらが意味するものは、灰吹法による金銀の抽出以外に考えられません」
「……」
「ですから私たちは魔の森の中の開拓村であるスカーレットフォードを初めて訪問したにもかかわらず、あれほど立派な街壁と水堀があったことにも驚きませんでした。なぜなら消石灰を大量購入しており、『ゴブすけ』という疲れを知らぬ大量の労働力をお持ちだと知っているからです」
そっか。全部バレてるんだ。ならもうしらを切っても仕方がないね。本当はもう少し貯まってからのつもりだったけど。
「ええ、そうですわね。端的に申し上げて、順調ですわ。なんの問題もございませんの」
「ほう。と言いますと?」
「ですから、順調ですわ。問題は一切、何一つ起きておりませんの」
「……」
アルフレッド卿はじっとあたしの目を見てくる。
でも負けないよ。あたしはスカーレットフォードの領主だからね。
あたしはアルフレッド卿の目を見返し、きっぱりと宣言する。
「わたくし、スカーレットフォード産の金を広く売りたいと思っておりますの」
次回、「第77話 追放幼女、交渉をする」の公開は通常どおり、2024/08/22 (木) 18:00 を予定しております。
【御礼】
皆様に応援いただいたおかげで、本日 2024/08/21 (水) 朝に
[日間] ハイファンタジー〔ファンタジー〕ランキング第1位
を獲得しました。この場を借りて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。今後とも応援のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。




