第74話 追放幼女、使者と話す(後編)
2024/08/26 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
「お断りしますわ」
あたしはできる限り平静を装ってそう答えた。
「えっ?」
断られると思っていなかったのか、セオドリックはポカンとした表情でこちらを見てきた。
あ、なんだかこの表情を見たら一気に落ち着いてきた。よし、大丈夫!
「だって、わたくしのことなど娘と認めない、と。スカーレットフォード男爵として独立しろ、と。そう仰ったのはお父さまですのよ?」
「え? おとう……さま?」
「あら? ご存じないんですの? わたくしはサウスベリー侯爵アドルフ・エインズレイの長女、オリヴィア・エインズレイですわ」
「え? そ、そんな……」
「ですから本家に迎えるも何も、わたくしは元々本家の嫡女ですわ」
あたしはそう言ってニッコリと微笑んだ。
「といっても、お父さまはわたくしのこの髪とこの目の色が大層お嫌いだったようですけれど」
「……で、ですが閣下! 我が主は閣下にお戻りいただきたいと考えておいでなのです。きっとサウスベリー侯爵令嬢として――」
「お黙りなさい!」
あたしはピシャリとその言葉を遮る。
「閣下……?」
「もう関係がないと追い出したのはそちらでしょう? 今さら話すことなどございませんわ」
「閣下……」
「他にお話が無いなら、どうぞお引き取りになって」
「ぐ……」
セオドリックは悔し気な表情を浮かべ、口ごもった。すると今度はモンタギューが口を開く。
「おい、マリー」
そう呼びかけたモンタギューの表情は見るからに悪意に満ちている。
「……なんでしょうか?」
マリーの声色が今までに聞いたこともないほど硬くなった。
「さっさと男爵閣下にお戻りいただくように説得しろ。男爵閣下もお前の言うことなら聞くだろう?」
「なっ!? わ、私は……」
「オラッ! さっさとしろ! いつまで兄を待たせる気だ! 半貴族の分際で!」
「ひっ」
マリーは小さく悲鳴を上げた。
半貴族!?
いくらマリーのお母さんが平民だからって、よくもそんな侮辱を!
「お黙りなさい!」
カッとなり、あたしは反射的にこいつの魂を縛ろうとした。
うっ!? も、ものすごい抵抗……でも!
あたしは魔力を全開にし、強引に抵抗を押し切った。
「ぐっ!?」
「よくもわたくしの乳母にそのような口が利けますわね。モンタギュー・パーシヴァル、お前を出入り禁止とします」
「なっ!? おい! マ――」
さらに強くモンタギューの魂を縛ってやると、まるで酸欠の金魚のように口をパクパクし始めた。やがてモンタギューの顔がみるみる青くなっていく。
「マリーに謝りなさい」
しかしモンタギューは謝ろうとしない。必死に目で抵抗を続けている。
こいつ! だったらこのまま!
「お、お嬢様、このままでは……」
マリーに言われ、あたしはハッとなった。
そうだ。使者を殺せば戦争になる。
あたしは縛る力を緩めた。
「ガハッ! ハァッハァッハァッ。な、なんだ? どうなってんだ? 体が!」
あたしは席を立ち、テーブルの横を回ってモンタギューに近づく。
ぺちん。
あたしはモンタギューの頬を平手打ちした。
あたしの力などたかが知れている。大して痛くはないだろう。
だが、騎士がレディに頬を平手打ちされるということは貴族社会において最上級の不名誉となるそうだ。ましてやそれが自分の仕える主の実の娘ともなれば、きっとなおのことだよね?
「もう一度言いますわ。お前のような無礼者は出入り禁止ですわ。二度と顔を見せないでくださいまし」
「くっ」
「セオドリック卿、お父さまにはお断りするとお伝えくださいまし」
「……かしこまりました」
セオドリックは悔し気な表情でそう答えた。
「それと、皆さんの滞在は許可いたしませんわ。今すぐにお引き取りください」
「……」
「パトリック、お客様がお帰りですわ。門までお見送りをしてくださる?」
「はい!」
◆◇◆
一方その頃、王都では特に貴族たちを中心に不安が広がっていた。
というのも、アレクシアが友人たちに嬉々として語った話があっという間に拡散したのだ。それは今や貴族たちだけでなく、一部の富豪たちにまで広まっている。
だが国王はそのことについてなんの声明も発表せず、聞かれたとしてもはぐらかして一切答えることはなかった。
そんな折、突如王宮内で国王がサウスベリー侯爵領方面である南西に騎士を派遣したという出どころ不明の噂が流れ始めた。
これが更なる憶測を呼び、貴族たちはさらに動揺する。
サウスベリー侯爵と距離を取ろうとする者もいれば、サウスベリー侯爵を貶める陰謀であると主張する者もいる。
だが困惑しつつも静観し、どうすれば自分たちにとって利益になるのかを見極めようとする者が大半だ。
そんな中、国王のところに宰相がやってきた。
「どうだ? 貴族派の連中は」
「順調ですが、想定外のことがわかりました」
「想定外?」
「はい。例の噂についてです」
「どういうことだ?」
「事実関係を整理したところ、主要な部分は事実でした」
「ほほう。どこまでだ?」
「はい。まず貴族名簿を確認したところ、サウスベリー侯爵アドルフ・エインズレイと前妻エルフリーデ・カニア・エインズレイの間に生まれた娘が登録されておりました。彼女は現在九歳で、名はオリヴィア・エインズレイといいます」
「ふむ」
「そして昨年、スカーレットフォード男爵位は陛下の許可の下、正式にオリヴィア・エインズレイへと譲渡されたことも記録されていました」
「そうだったか?」
「はい。譲渡証明書の副本が残っております」
「そうか……ふむ。記憶にないが、まあ、そうなのだろう。そもそも多くの従属爵位を持つ親が、子が幼いうちから一部の爵位を渡すのは普通のことであろう? 爵位譲渡の申請があれば基本的には無条件で許可しておる」
「はい。仰るとおりですし、陛下が覚えていらっしゃらないのも自然なことでしょう」
「うむ」
「問題はここからでして、サウスベリー侯爵は当時八歳の娘にろくな護衛もつけず、大したお金も渡さず、乳母一人だけを付けて魔の森の開拓村スカーレットフォードに送り込みました」
「ほう。つまりサウスベリー侯爵は本気で前妻との子を殺す気ではあったということだな」
「はい。その証拠に、娘がスカーレットフォードに赴任したその年にスカーレットフォードとの交易を禁じました」
「……なるほどな。それで悪魔憑きなどという噂が出たのか」
「いえ、悪魔憑きの出どころはオルブライト商会の跡取りの妻です。乱暴したという話はルディンハムの酒場で酔っ払いが適当に話していたことが広まったようで、それを聞きつけた彼女がその話を教会に持ち込んだようです」
「なるほどな。だが、開拓村が交易を止められたのだ。さすがにもう生きてはおるまい?」
「いえ、生存が確認されております」
「ほう?」
「なんとスカーレットフォード男爵は自力で魔の森を切り拓き、ラズロー伯爵領にあるビッターレイという町との間に街道を通しました。こちらはラズロー伯爵、そしてバイスター公爵よりそれぞれ独立に確認しております」
「独立に? ああ、なるほど、そういうことか」
国王はニヤリと不敵に笑った。
「これは使えるな」
「はい。ですが、それだけではありません」
「何? まだあるのか?」
「どうやらスカーレットフォード男爵は、魔物や動物の骨をまるで生き返ったかのように動かす特殊な魔法を使うことができるようです」
「うん? なんだ? その魔法は?」
国王は難しい表情を浮かべる。
「……ああ、そういうことか」
「はい、おそらくは」
国王の言葉に宰相はそう言って小さく頷いた。
「それでその動く骨ですが、現在『すけ』という名で呼ばれており、疲れもせず、一晩中働くそうです」
「……『すけ』? 妙な名だな」
「はい。私もそう思うのですが、ラズロー伯爵領の者たちがそのように呼んでいるそうです」
「ふむ」
「スカーレットフォード男爵はその『すけ』をひと月に一体あたり大金貨一枚で貸し出し、その資金で村を運営しているようです。さらにチャップマン商会なる商会を設立し、『すけ』のレンタル業の民間への拡大を狙っているようですが、こちらは値段が法外なこともあって新たな顧客の獲得には至っていません。今のところ、チャップマン商会の仕事はビッターレイとの交易のみです」
「ふむ……ああ、そうか。商会のほうは無礼者を遠ざける目的だな」
「はい。おそらくは」
「なるほどな。金儲けはあまり褒められた話ではないが……開拓村ということを考えれば仕方が無かろう。本来であれば実の親であるサウスベリー侯爵が支えるべきなのだがな」
「そうですね。それともう一つ、サウスベリー侯爵が騎士団を差し向けたという噂も事実です」
「ほう?」
「ですが、その目的はスカーレットフォード男爵を殺すためではなく、スカーレットフォード男爵を実家に連れ戻すためのようです」
「うん? もう一度言ってくれ」
「はい。サウスベリー侯爵は、スカーレットフォード男爵を本家に連れ戻すために騎士団を差し向けました」
「そうか。聞き間違いではなかったのだな。だがなぜだ? 殺そうと思うほど憎い前妻との娘なのだろう?」
「はい。あくまでこれは未確認の情報ですが、どうやらサウスベリー侯爵はスカーレットフォードに金山がある可能性が高いと見ているようです」
「ほう」
国王は目をスッと細めた。
「サウスベリーでは、スカーレットフォード方面から流れてくる川で昔から少量の砂金が採れていたそうです」
「……なるほどな。つまり、大規模な鉱床があることを確信する何かが起きた、と?」
「詳細は不明ですが、おそらくは」
「サウスベリー侯爵はスカーレットフォード男爵の実の親だ。呼び戻しさえすれば娘を養育の名の下で閉じ込め、代官を派遣できる。そうなれば自由に開発ができ、その利益はすべて懐に入れることができる」
「そのとおりです」
「あのクズめが」
国王は吐き捨てるようにそう呟き、宰相から視線を外す。だがすぐに何かを思いついたようで、宰相のほうへと視線を戻す。
「そういえば、オリヴィア・エインズレイはいくつだったかな?」
「現在九歳で、今年の冬に十歳となります」
「ふむ。いいことを思いついたぞ」
「はい。私もご提案しようと思っておりました」
国王と宰相はそう言うと、お互いにニヤリと笑うのだった。
次回、「第75話 追放幼女、貴賓を迎える」の公開は通常どおり、2024/08/20 (火) 18:00 を予定しております。




