第72話 騎士の誤算
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2025/07/22 誤字を修正しました
セオドリックたちはタークレイ商会の支部にやってきた。すると十代前半と思われる若い従業員の男がそれに気付き、すぐに声を掛ける。
「いらっしゃいませ、騎士さま。タークレイ商会クラリントン支部にどのようなご用でしょうか」
「スカーレットフォードへと最後に向かった商隊の者はいるか?」
「え? ええと、それは……」
「いるのかいないのか、どちらだ?」
「ええと……?」
従業員が困惑していると、セオドリックは突然剣を突き付ける。
「いるのかどうかを聞いている。答えぬのであれば我が主への反逆として処刑する」
「い、います! いると思うので呼んできます!」
「早くしろ」
「は、はい! 支部長! 支部長~!」
従業員はそう叫びながら走って奥へと消えて行った。するとすぐに五十くらいのでっぷりと太った男を連れて戻ってくる。
「騎士さま、お待たせしました。タークレイ商会クラリントン支部長のコーディ・フォスターと申します」
「来い。スカーレットフォードまで案内してもらうぞ。拒否する場合は反逆と見なす」
「はい?」
突然の命令に支部長は困惑した表情を浮かべた。すると若い従業員が支部長のアシストをする。
「支部長、騎士さまはスカーレットフォードまで行ったことのある人を探してるんです。さっき言ったじゃないですか」
「ん? あ、ああ。そうか。ええと、騎士さま、申し訳ございません。私はご挨拶に参っただけ――」
「ならば早く連れてこい! 何度も余計な手間を掛けさせるな!」
セオドリックは大声で一喝し、剣を支部長に突きつける。
「ひっ!? は、はい! ただいま!」
支部長は脱兎のごとく駆け出し、奥へと消えていった。
「あ、えっと……」
困惑する若い従業員だったがセオドリックはそれに見向きもせず、支部長が消えた先をじっと睨み付けていたのだった。
◆◇◆
その後、セオドリックはボルタたちが水車を押し売りしようとしたときに同行していた商人たちを引き連れ、再びスカーレットフォードへと出発した。
そして何度となく魔物に襲われつつも、彼らの案内で再び土砂で道が塞がれた場所までやってきた。
「あ、あれ? なんでこんなものが?」
「自然にできる……わけないよな……」
商人たちは全員、困惑した様子で土砂の壁を見上げている。そんな彼らにセオドリックは不機嫌そうに声を掛ける。
「おい」
「は、はい!」
「つまり道は間違っておらず、何者かがこの壁を作って道を塞いだということだな?」
「はい。道は間違っていません。ただ……」
「ただ?」
「いえ、その、こうなっていることは我々も知らず……」
するとセオドリックは露骨に舌打ちをした。それから商人たちを見て、もう一度舌打ちをする。
「仕方ない。迂回するぞ」
「「「はっ!」」」
こうしてセオドリックたちは道の跡を外れ、ぐるりと大きく迂回して反対側の道の跡に戻ってきた。
「一体どれほど思い上がっているのか。我が主にはしっかりご報告せねば……」
セオドリックはぼそりと呟いた。
「町長か、それともタークレイ商会か。いずれにせよ、魔力を持たぬ平民の分際で」
「そ、そんな! 支部長は!」
「ほう?」
セオドリックの独り言を聞いていた商人の一人が思わずといった様子で支部長を庇う。
「ということは、お前は町長の仕業だと言いたいのだな?」
「それは……そんなはずは……」
「では誰がやったというのだ? そもそも、スカーレットフォードへと続く唯一の道を塞いだのは町長と貴様らタークレイ商会がやったことではないのか?」
「う……で、ですが、我々がやったのは魔の森の入口に杭を打っただけです。このような工事が行われたなど……」
「ほう? では貴様は魔の森の中にある小さな開拓村がこれほどの量の土砂を運び、自ら外界と繋がる唯一の道を塞いだと?」
「そ、それは……」
商人の男はそのまま口をつぐんだ。
「ふん。まあいい。今はスカーレットフォード男爵閣下にお会いすることが優先だ。先を急ぐぞ」
セオドリックの言葉に、商人の男は安堵した表情を浮かべるのだった。
◆◇◆
それからしばらく進み、セオドリックたちはスカーレットフォード男爵領とサウスベリー侯爵領の境界となる小川へとやってきた。
だが橋はすでに落ちており、親柱の残骸らしきものが道の両側に残っている。そして橋の手前側の道の中央に、まるで道を塞ぐかのように木製の看板が設置されていた。
そこには、『これより先スカーレットフォード男爵領。許可なき者立ち入りを禁ずる。スカーレットフォード男爵オリヴィア・エインズレイ』と書かれていた。
それを見たセオドリックはカッと目を見開き、商人たちをギロリと睨む。
「ひっ」
商人たちは小さく悲鳴を上げ、身を縮こまらせた。一方のセオドリックは再び視線を看板に戻し、大きなため息をついた。
「なるほどな。我が主がスカーレットフォード男爵閣下を保護するように仰ったのは、閣下がエインズレイ家のお方だったからなのだな」
そんなセオドリックを商人たちはおどおどした様子で見ていた。
「過剰な人数で行くことは失礼に当たる。モンタギュー卿、リチャード卿、共に来い」
「「はっ!」」
水魔法で地面をぬかるみに変えた騎士に加えてもう一人の騎士が即座に返事をした。
「残る者はこの場で待機せよ」
「「「はっ!」」」
その指示に商人たちはホッとした表情を浮かべたが、すぐにセオドリックが釘を刺す。
「商人ども、貴様らは道案内をしろ。ついてこい」
「は、はい……」
商人たちはがっくりとうなだれるのだった。
◆◇◆
それから一日歩き、セオドリックたちは一度たりとも魔物に襲われることなく魔の森を抜け、スカーレットフォードが見える場所までやってきた。
するとそこには幅二十メートルはあろうかという巨大な堀があり、その対岸には高さ五メートルほどの石造りの街壁がそびえ立っていた。
堀は満々と水を湛えており、跳ね橋のかわりに小さな木製の桟橋がある。さらに対岸にも同じように桟橋があり、移動用と思しき小舟が係留されている。対岸の桟橋の先には大きな門もあるが、固く閉ざされていてその中を窺い知ることはできない。
目の前に広がる光景にセオドリックは目を見開き、慌てた様子で商人たちを問い詰める。
「な、なんだ……これは? おい! スカーレットフォードは開拓村で、石造りの建物は一軒もないのではなかったか!?」
「わ、私たちが去年、訪れたときはたしかに!」
「たった一年でこれほどの街壁と堀を造ったとでも言うのか!」
「それは……その……」
激怒するセオドリックに、商人たちはひたすらまごまごしていたのであった。
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