第71話 追放幼女、氷室を確認する
2024/08/26 ご指摘いただいた誤字、爵位と家系に関する一部表現を修正しました。ありがとうございました
九月となり、収穫祭まであと一か月を切ったがスカーレットフォードは平和そのものだ。
町の大改造も少しずつ進んでいて、クラリントン側の堀と街壁の建設が完了した。ただ、水道の建設はまだ終わっていないし、町中の建物の建て替えもまだまだだ。
新しくできた建物と言えば、ウォルターの工房の隣に建てた精錬所くらいかな。もちろん絶賛稼働中で、鉱山で採れた砂金から金と銀を抽出してくれている。
しかし、この鉱山関係でスケルトンをかなり使っていて、もうほとんどフル稼働状態になっている。
村のみんなの生活の維持に必要な分は削れないし、それに最近は魔物の姿をまったく見ないけど、それでも警備を削るわけにもいかないからね。
そんなわけなのでここ最近はあたしが直接手を動かすことはなくなり、もっぱらマリーと事務仕事をしている。
ただ、事務仕事ってそんなにないから、早く終わらせすぎると暇になっちゃうんだよねぇ。
でね、実は今日もそうなんだ。昨日頑張って帳簿付けを終わらせたらやることがなくなっちゃった。
そんなわけで、冬の間に作っておいた氷室の様子を確認してみようと思う。
春にお肉を入れてから一度も入っていないけど、今はどうなっているかな?
あたしは庭に作った氷室へと降りる階段の扉を開けた。
あ! 涼しい!
まだ地上だというのにしっかりと冷気が伝わってきている。
あたしはランプを片手に階段を降りていき、氷室の扉を開けた。
「あっ! まだ雪が残ってる! すごい!」
大分溶けてはいるけど、まだしっかりと塊の雪が残っている。
うーん、でもこれだと次の冬までは持たなそうだね。
これってもっと雪の量を増やせばいいのかな? それとも、もっと深いところに作るべき?
今はモルタルもあるし、次はちゃんとしたのを作りたいね。
「お肉はどうかな?」
棚の上に置いてあるワイルドボアのお肉を手に取ってみる。
冷たいし硬いね。ランプの明かりだとよく分からないけど、一応まだちゃんと凍っているっぽい。
食べられるのかな?
うーん、分かんないや。マリーに見てもらおうっと。
あたしは凍ったお肉を持ち、氷室を後にするのだった。
◆◇◆
「マリー」
「お嬢様、どうなさいました?」
「これ、まだ食べられる?」
「え?」
マリーは差し出されたワイルドボアの肉を見て、怪訝そうに眉をひそめた。
「これは?」
「ワイルドボアのお肉。今年の春頃のやつを保管しておいたやつなんだけど」
「春のお肉ですか?」
マリーはワイルドボアのお肉を手に取った。
「え? 凍っている?」
「うん。庭に掘った氷室で保存しておいたんだけど……」
「えっ!? 氷室ですか!? いつの間に?」
「この前の冬に掘っておいたの。こうやって保存できるようになれば食べ物の問題もちょっとは解決するかなって」
「お嬢様……」
マリーは複雑そうな表情を浮かべつつ、凍ったお肉の匂いを嗅いだ。
「一応、異臭はしませんね。とりあえず、こちらは預かっておきます」
マリーはそう言うと、お肉を持ってどこかへと歩いて行く。
あたしはてっきり調理場に持って行ったのだと思っていたのだが、その日の食卓にワイルドボアの肉を使った料理が並ぶことはなかった。
そして翌日、あたしはなぜかウィルたちに美味しい肉を食べさせてもらったとお礼を言われ、すごいと絶賛されたのだった。
えっ? どういうこと!?
◆◇◆
一方その頃、クラリントンにある町長の館にセオドリックの姿があった。セオドリックの表情には明らかに怒りの色が滲んでおり、ずかずかと廊下を歩いて行く。
そのあまりの剣幕に、セオドリックを止める使用人は一人もいない。
やがて執務室へとやってきたセオドリックは、ノックすらせずに乱暴に扉を開ける。
「なんだ! 騒々しい! 今は客――」
「ほう? 貴様はいつから私にそのような口をきける立場になった?」
「も、も、も、申し訳ございません。またうちの使用人が愚かなことをしたのかと……」
言い訳をする町長をセオドリックはギロリと睨みつける。
「そ、それで、いかがなさいました? 何か問題でも?」
「ああ、貴様らの管理がいい加減だったせいで道が分からん。詳しい案内人を寄越せ」
「それでしたら! こちらのボルタという者が適任かと!」
「ええっ!?」
「この者はタークレイ商会の者でして、何度もスカーレットフォードとの間を往復しております」
「そうか。ならば来い」
「お、お言葉ですが、私はスカーレットフォード男爵閣下のご機嫌を損ねてしまいまして、それで、その、出入り禁止を言い渡されておりまして……」
「ならば代役を立てよ」
「え? そ、それでしたら……ええと……タークレイ商会の支部に一度……」
「そうか。分かった」
セオドリックはそう言うと、剣を抜いた。
「えっ?」
「貴様は平民の分際で貴族、それも男爵であらせられるスカーレットフォード男爵閣下のご機嫌を損ねた。そのような罪人がなぜのうのうと生きているのだ?」
「は?」
「ましてやそのことを詫びてもいない様子。通商禁止もおおかた、貴様らが我が主を騙した結果なのだろう」
次の瞬間、ボルタの首は宙を舞っていた。
「町長、あまり我が主を舐めるなよ。もし我が主の名を貶めるようなことがあれば……」
セオドリックはそう言って血のべっとり付いた剣を町長に向けた。
「分かっているな?」
町長は顔面蒼白になりながらも、がくがくと首を何度も縦に振る。
「いいだろう。そいつは反逆者だ。処理しておけ」
「は、はいぃ」
こうしてセオドリックは執務室を後にし、タークレイ商会のクラリントン支部へと向かうのだった。
次回、「第72話 騎士の誤算」の公開は通常どおり、明日 2024/08/18 (日) 18:00 を予定しております。