第70話 追放幼女、金の採掘を始める
2024/08/23 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました。
それから二日で土砂ダムの撤去が完了した。
土砂ダムに溜まっていた水があたしの想像よりもかなり少なかったこともあり、ダムを崩したことによる人的被害はゼロだった。もちろんため池には大量の土砂が流れ込んでいるけど、スケルトンたちが毎日頑張って浚渫しているのですぐに元の状態に戻ると思う。
それに土砂の中にはほんの少しだけど砂金が混ざっているし、砂金採りと思えば悪くないよね!
あと、さすがに余った土砂は使い道がないので、またクラリントンのほうに捨てに行かせている。
え? また不法投棄をするのか?
今回は違うよ。もうすでに不法投棄はし終わってるからね。今度はあたしたちの側の、道じゃない川岸に土塁を作るの。
もちろん単に積み上げるだけだから大して強固なわけでもないけど、残土処理も兼ねてちょっとした防衛施設ができるなら一石二鳥でしょ?
と、そんなどうでもいい話はさておき、ようやく金の採掘に着手できるようになったのでさっそく掘っていこうと思う。
とりあえず露天掘りで金鉱脈の露出している部分から掘り進めつつ、川の水が流れ込まないようにする治水対策を同時にやっていくつもりだ。
といっても、今回はあたしが直接手を出すわけではない。治水対策もとりあえずは水深を深くするだけで良さそうなので、仕事を欲しがっていたウィルに任せてある。
さて、あたしは何をしようかな?
うーん、久しぶりに事務仕事かな?
◆◇◆
一方その頃、クラリントンでは二つの理由で大変な騒ぎとなっていた。
まず一つ目は、農業に甚大な影響が出るレベルにまで川の水位が低下していることだ。この原因はもちろんオリヴィアたちが川の上流にダムを作って大量に取水していることなのだが、それをクラリントンの者たちが知る由もない。
そしてもう一つは、そんな町に騎士三百名を含む総勢千名もの部隊がやってきたことだ。このことが上流にドラゴンが住み着いて水をすべて飲みつくしているなどという荒唐無稽な噂に真実味を与えてしまい、住民たちの間に不安と動揺が広がっているのだ。
そのせいもあってか、町から逃げるように転居していく住民まで出る始末だ。
しかし町長はそうした事態を気に留めることもなく、スカーレットフォードまでの道の復旧に全力を注いでいた。
それを担うのは冒険者たちで、彼らは高給で雇い入れられて魔物退治と道の復旧を行っている。そしてそんな冒険者たちは通常では考えられない頻度で魔物に襲われ、帰らぬ人となることも少なくない。
もちろん魔力を持たぬ者が魔の森に入る以上、命の危険があるのは当然のことだ。それゆえの高給でもある。
だが、この状況が住民たちの不安をさらにかきたてているのだ。
そんな中、到着して以来準備を続けていた騎士団がついに魔の森の攻略を開始した。隊長はもちろん、前回の調査団を率いていたセオドリックである。
「すぐに魔物の密度は濃くなる。気を引き締めろ」
「「「はっ!」」」
セオドリックたちはしっかり草刈りが行われ、歩きやすくなった街道を慎重に進んでいき、やがて以前ワイルドボアと戦った地点に到達した。
ここから先はまだ草刈りがあまり行われていないようだ。さらに魔物に襲われた冒険者たちが捨てていったと思われる壊れた武器などが無造作に打ち捨てられている。
「ちっ。町長め……まあ、いい。所詮平民などこの程度だったな」
セオドリックは忌々し気にそう吐き捨てる。
「ここから先は未踏の地だと思え! 通常では考えられない数の魔物が出るぞ!」
「「「はっ!」」」
その言葉に騎士たちの表情が一気に硬くなった。
「前進!」
セオドリックの命令に従い、騎士たちは草むらへと突入する。日が届きにくいおかげで背丈はさほど高くないが、前回よりも草は成長していて歩きにくくなっているため、草刈りをしながらの前進である。
そうして五百メートルほど進んだところで、正面から草むらをなぎ倒しながらワイルドボアが猛スピードで突っ込んできた。
「ワイルドボアだ!」
「ここは私が! 水の精霊よ! 我が求めに応じ、ぬかるみを成せ!」
一人の騎士が魔法を放ち、目の前の地面を泥沼へと変えた。その泥沼に突っ込んだワイルドボアはバランスを崩し、ジタバタと暴れまわる。
すると周囲の騎士たちが一斉に槍を構え、整然とした動きで突き立てる。今回の騎士たちはかなり練度が高いようで、大量の槍が全身に突き刺さったワイルドボアはあっさりと動かなくなった。
「警戒を怠るな! 従騎士、ワイルドボアを処理せよ! すぐに装備を点検し、次に備えろ!」
「「「はっ!」」」
騎士たちはテキパキと次の行動に移るのだった。
◆◇◆
それから二日間、セオドリックたちは一時間に数回という異常に高い頻度で魔物に襲われつつもなんとか前進し、スカーレットフォードとの境界の小川の近くまでやってきた。
だがそこで彼らを待っていたものは、道を埋めつくした見上げるほど高い土の壁だった。その上部には日が当たっているおかげか、背の高い草が生い茂っている。
「……どういうことだ? 道を間違えたのか?」
セオドリックは近くにいる騎士に尋ねるが、彼も困惑している様子だ。
「ここが路盤の跡のように見えますが……」
「では、なぜ道が途切れているのだ?」
「私に聞かれましても……」
「……そうだな。ちっ。道が未舗装なのは仕方ないにしても、まさか案内標識すらないとはな。まったく、あの町長は一体どれだけスカーレットフォード男爵閣下を、いや、我々貴族を軽んじているのか」
セオドリックは町長への怒りを隠そうともせず、憎々し気にそう吐き捨てた。
「道を間違えている可能性がある! 一度戻り、路盤の痕跡を探せ!」
「「「はっ!」」」
こうしてセオドリックたちは来た道を引き返して行くのだった。
◆◇◆
一方その頃、ベルバリー伯爵というそこそこ有力な貴族の王都邸では、家族揃っての晩さん会が行われていた。
「お父さま、わたくし、今日アレクシア王女殿下のお茶会にお招きいただいておりましたの」
「おお、ライラ。そうかそうか。どうだった? 王女殿下はお元気そうだったか?」
「はい、とっても! それに、とても興味深いお話をしてくださいましたわ」
「ほう、それはどんなだい?」
「ええ。お父さまもサウスベリー侯爵の噂はご存じでしょう?」
「ああ、そうだね」
ベルバリー伯爵はやや呆れてはいる様子だが、それでも娘に対して暖かい視線を向けている。
「なんと、国王陛下は今後、サウスベリー侯爵に関するあの噂をした者を処罰なさる方針なのだそうですわ」
「何?」
ベルバリー伯爵はピクリと眉を動かし、真剣な表情となった。
「それは王女殿下がそう仰っていたのか? 国王陛下がそのように?」
「ええ。国王陛下が直々に、そのように仰ったのだと王女殿下が仰っていましたわ」
「そうか。しかし、まさか国王陛下があのように低俗な噂の相手をなさる……?」
ベルバリー伯爵は難しい表情を浮かべながらぶつぶつと何かを呟いている。
「お父さま?」
「ん? ああ、ごめんごめん。王女殿下はその件について他になんと?」
「いえ、何も。でもわたくし、サウスベリー侯爵の噂は控えることにしますわ。せっかく王女殿下がそのように教えて下さったのですもの」
「ああ、そうだね。そうしなさい。みんなも気をつけなさい」
「「「はい」」」
「使用人の諸君もだ。同僚たちにも徹底するように伝えなさい。追って通達するが、もし見つけた場合は処罰するぞ」
食堂に集まっていた使用人たちは神妙な面持ちで頷いたのだった。
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