第66話 追放幼女、ダムを完成させる
2024/08/26 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました
これが早いのかどうかはわからないが、着工から一か月ほどでダムが完成した。このダムはあたしたちが普段水源として利用している小川ではなく、丘を一つ越えたところにある比較的広い川で建設を進めていたものだ。
これは大改造の一環で、このダムを新たなスカーレットフォードの水瓶とするのだ。ここに溜めた水は水路を通してスカーレットフォードまで運ばれ、飲用と農業用の上水となる。
それに伴い、今水源として利用している小川は鍛冶屋などで使う工業用水としてのみ利用することにした。
上流に鉱山があるしね。鉱毒事件とか起こったらイヤだもん。
あ、それと、ついでに下水もそこにまとめて流す予定になっている。
下水を垂れ流すなんて、と思うかもしれないけれど、ウォルターに聞いたところによるとクラリントンの鍛冶場では廃水はその辺に垂れ流してたらしい。マリーも下水はその辺に垂れ流すのが普通だと言っていたので、この世界はそんなものなんだと思う。
もちろん下流のほうに汚水が流れて行っちゃうけど、仕方ないよね。だって、どうやったら汚染が出ないようにできるのかわからないし。
一応、鉛とかはなるべく回収するようにはしようと思うけど、あたしの知識じゃ全部回収するなんて無理だもんね。
というわけで、あたしはさっそくフォレストディアのスケルトンに乗り、ダムにやってきた。ちなみに今日はなんと、マリーと一緒だ。
いつも家で書類仕事ばかりさせちゃっているからね。たまには気分転換しようと言って、一緒に来てもらったんだ。
さて、肝心のダムだが、そこには高さ十メートル、幅五十メートルほどの斜めの石垣が出来上がっていた。
そう、これがダムの堤体だ。
「マリー、すごいね。たった一か月でこれなんて……」
「はい。森の中にこれほどのものが……」
うん。良かった。気分転換になってるみたい。
「姫様~!」
そんなあたしたちにパトリックが堤体の上から声を掛けてきた。
あたしが大きく手を振ると、パトリックはあたしに向かって大きく一礼してきた。
そんな大げさな、と思っていたのだか、今度はなぜかパトリックはそのまま大急ぎで向こうのほうへと走って行く。
「……何? あれ?」
「お嬢様を迎えに来るつもりなのではないでしょうか?」
「え? ああ、そういうこと」
しばらく待っていると、堤体の上から降りてきたパトリックが全力疾走してきた。
「はぁ、はぁ、はぁ。お待たせしましたっす」
「え? ああ、うん。あたしたちのほうから行ったのに」
「だって、姫様、護衛がいないじゃないっすか。ウィルさんはどうしたんすか?」
「え? 大丈夫だよ~。ゴブリンのスケルトンたちがあちこちにいるし、クレセントベアのスケルトンも二体連れてるんだよ?」
「それはそうっすけど……」
「それより大丈夫? 息切れてるよ? ほら、深呼吸して」
「は、はい……」
パトリックは何度か深呼吸して息を整えた。
「落ち着いた?」
「はい」
「じゃ、登ろうか。案内して?」
「はい!」
パトリックはゆっくりと歩きだした。そしてそのまま堤体の取り付いている坂を登り、横から堤体の上へとやってきた。
堤体の向こう側はかなり深く掘られており、貯水量を増やす工夫をしているのが見て取れる。
「排水路はどうなってるの?」
「はい! できてるっす!」
「じゃあ、そっちも見に行こうか」
「はい!」
あたしたちは再びパトリックに案内され、堤体から向かって右側の丘へと移動した。するとそこには丘を削り取って作られた水路があり、しっかり護岸工事もなされている。
この水路は溜まった水を下流――といっても、丘の向こう側だけれど――に流すためのもので、スカーレットフォードまで上水を運ぶための取水口は反対側にある。
「あれ? なんでこの排水路の周りまでこんなに削ってるの?」
「ああ、なんかゴブすけたちが勝手に掘り始めたんす。よく分かんないっすけど、なんかこうなってたっす」
「ふーん? なんでだろ? マリー、分かる?」
「いえ……」
「ちょっと降りてみようか」
「はい」
あたしたちはその削られた部分まで降りてみた。
幅は大体十五メートルくらいかな?
そのちょうど中央あたりの部分がさらに深く掘られていて、左右には水位調整用の止水板を嵌めるための溝が掘られている。
あたしはきょろきょろと周囲を見回してみた。
……あれ? もしかして?
「降りるから屈んで」
カランコロン。
フォレストディアのスケルトンが屈んだので、あたしは地面に降りた。そしてすぐにしゃがんで堤体のほうを見る。
「お嬢様? 一体何を?」
「あ! やっぱり!」
「どういうことでしょう?」
「ほら、マリーもしゃがんでみて」
「はい」
困惑した様子のマリーだが、しゃがんで一緒に堤体のほうを見た。
「ほら、ここって、あの堤体よりも低くなってるでしょ?」
「そうですね……あ! そういうことですか!」
「うん。多分、これってこの前みたいに大雨が降っても、堤体を超えないようにするためのものなんじゃない? だからこれ、絶対洪水対策だよ!」
「はい。そのようですね。スケルトンとはここまでのことが……」
「ね! すごいよね!」
多分、ビッターレイでも同じような仕組みになっているんだと思う。それで同じように作るように命令したから、同じように洪水対策の仕組みを作ろうとしたんじゃないかな?
別にスカーレットフォードが直接下流にあるわけじゃないから必要ない かもしれないけど。
あたしたちが感心していると、横からパトリックの声が聞こえてきた。
「えっと……すごいっす?」
絶対分かってなさそうだけど……。
「うん。とにかく、完成だね。パトリック、お疲れ様!」
「はい!」
あたしが褒めてやると、パトリックは心底嬉しそうな表情でそう答えたのだった。
◆◇◆
一方その頃、王都の露店がずらりと立ち並ぶ通りは人でごった返していた。露店には食材から骨董品まで様々なものを売る露店が軒を連ねている。
そんな露店の一角で食器を売っている男が、ホットドッグを売っている隣の屋台の男と世間話をしていた。その手には、隣の屋台の男から買ったホットドッグがある。
「そういや、なんか面白い儲け話はあるかい?」
「ああ? そんな簡単に儲けられる話があるなら俺がやってるって」
食器売りの男に聞かれ、ホットドッグ売りの男はそう答える。
「ま、でも損しないための噂ならあるぜ?」
「ん? どういうことだ?」
「サウスベリー侯爵領だよ。あそこには近づかねぇほうがいい」
「はぁ? サウスベリー侯爵領といえば、この国でも一二を争う豊かな領地じゃねぇか。税だって安いんだし、港だって一番だろう? なんでまた?」
「なんかよ。サウスベリー侯爵が……」
男は悪魔憑きとなったサウスベリー侯爵が幼い娘を惨殺して、魔の森に捨てたこと、そして司祭たちから神罰が下ると予言されているということを説明した。
「はぁ……悪魔憑きねぇ」
「おいおい、信じてねぇな? この町じゃ有名な話だぞ」
「ただの噂じゃねぇのか?」
「違うぜ。何しろ、ついにサウスベリー侯爵が挙兵したからな」
「挙兵?」
「ああ。数千の兵士をクラリントンっちゅう魔の森の近くの町に送ったんだ」
「どういうことだ? 幼い娘は惨殺されたんだろ? なんで今さら?」
「そりゃあ……もちろんアレだよ」
「アレ?」
「ほら、悪魔憑きだからよ。死体が欲しくなったんじゃねえか? もしくは、その娘がゾンビになって彷徨ってるか」
「うわぁ、マジかよ……」
「ああ。とにかく、なんかもう、滅茶苦茶きな臭いらしいからな。サウスベリー侯爵領、特に魔の森に近い北西部だな。あの辺にだけは絶対近づかねぇほうがいい」
「そうかい。分かったよ。ま、どうせこのあとは東に行くつもりだったから関係ないが、忠告ありがとよ」
「おうよ」
すると男はホットドッグにかぶりつく。
「お? 美味いな、これ」
「だろう? 冷めねぇうちに食ってくれよ」
「ああ」
※今回作られたダムはフィルダムと呼ばれる形式のもので、その歴史は紀元前まで遡ると言われています。フィルダムの場合は越水すると堤体が崩壊するおそれがあるため、想定を超える大雨でも越水しないための工夫が必要となります。