第63話 追放幼女、消石灰を手に入れる
2024/08/26 爵位と家系に関する一部表現を修正しました
それからしばらくして、買い付けに行っていたサイモンが帰ってきた。砂金の精錬に必要な素材の他、消石灰を大量に買い付けてきてもらったのだ。
何に使うのかというと、水と砂を混ぜてモルタル とかいうものを作るのだという。モルタルというのは、レンガや石を積み上げるとき、崩れないように間に塗って固める灰色の液体らしい。
よく知らないけど、放っておくと固まって石のように硬くなるらしい。なので、多分コンクリート みたいなものなんじゃないかと思う。
とにかく、このモルタルというのがあるとレンガ造りの家や壁が作れるようになって、版築土塁みたいに簡単に雨で流れちゃうようなことがなくなるんだって。
レンガ造りならこの前みたいな嵐で被害を受けるってことも減るだろうしね。
「サイモン、アンナ、ありがとう。お疲れ様」
「いえ。当然のことをしただけです。それより男爵様、さっそくビッターレイで商談をもちかけられたのですが、値切られたのでその場で断っておきました」
「あ、そうなんだ。いいよ、別に、そんなに積極的にレンタルしたいわけじゃないからね」
「かしこまりました」
「うん。他には?」
「いえ、特には」
「わかったよ。お疲れさま。じゃあ、必要な物資をウォルターのところに運んでおいて」
「はい。それでは失礼します」
「うん。消石灰はあたしが運んどくね」
「ありがとうございます」
「じゃ、消石灰を運んでるお前たちはあたしについてきて」
カランコロン。
こうして大きな荷車を引くフォレストディアのスケルトンたちを引き連れ、あたしはパトリックたちの待つ倉庫へと向かった。
するとそこにはパトリックだけでなく、ウィルたち自警団のメンバーが勢揃いしていた。
「あれ? みんなも来てたんだ。手伝いに来てくれたの?」
「へい」
「ありがとう。じゃあ、荷車から消石灰を受け取って倉庫の中にしまってくれる?」
「へい」
ウィルたちは見るからに重そうな袋を軽々と持ち上げ、倉庫へと運んでいく。そして一通り運び終わるとウィルが話しかけてきた。
「この砂みてぇのが消石灰っすか」
「うん」
「姫さん、ホントにこんなんが硬くなるんすか?」
「らしいよ」
「はぁ~」
ウィルは納得していない様子だが、あたしも詳しいことはわからないのでなんともいえない。
「みんな、お手伝いありがとう」
「へい」
ウィルたちはすぐに解散すると思っていたのだが、一向にその気配がない。
「……あれ? もしかしてパトリックだけじゃなくって、ウィルたちも工事に参加するの?」
「いや、実はゴブすけたちがなんでもやっちまうんで、俺ら、やることがないんすよ。なんで……」
「あ、そっか。そうなんだ。じゃあ、パトリックに聞いて協力してうまいことやっておいてね。あ! あと、スケルトンが足りない場合も言ってね」
「へい」
「モルタルのやり方はゴブリンのスケルトンたちが覚えているはずだから、指示すればできるはずだよ。まずは……」
こうしてあたしはウィルたちに仕事を任せ、家へと戻るのだった。
◆◇◆
一方その頃、クラリントンに十数名の騎士を含む、百名ほどの一団がやってきていた。サウスベリー侯爵の紋章を掲げた騎士たちは騎乗したまま、人で混雑する町の大通りを抜けて真っすぐに町長邸へと向かっていく。
そんな彼らを、なんと町長が門の前で出迎える。
「騎士団の皆様、ようこそお越しくださいました。私はサウスベリー侯爵閣下よりクラリントンの町長を仰せつかっておりますアシュトン・ヒギンズと申します」
「出迎えご苦労。団長のセオドリック・ドーソンだ」
騎士たちの中でもひと際体が大きく、立派な飾りのついた鎧を着た男が馬上からぶっきらぼうにそう答えた。
「ドーソン? ドーソン家ということは、もしやラングレー男爵閣下の?」
「……ラングレー男爵は俺の兄だ」
「なるほど! どうりで! 雰囲気が違うと思っておりました。もしや他にも貴族家のお方が?」
セオドリックは小さく舌打ちをした。
「余計な口を叩くな。いつまで待たせるつもりだ?」
「申し訳ございません! ささ、どうぞお入りください」
こうしてセオドリックたちは乗馬したまま、町長邸の敷地へと入っていく。そうして百人ほどの一団が敷地に吸い込まれていき、町長邸の門はすぐに閉じられた。
そうして屋敷の扉の前までやってきた騎士たちは、ようやくそこで馬から降りた。
「町長。準備は?」
「はっ! すぐに応接室が使えるようになっております!」
「いいだろう。ならばすぐに始めるぞ」
「ははっ!」
町長は十数名の騎士を案内し、屋敷の中へと消えていく。そして残りの従騎士や従者たちは使用人たちに案内され、騎士たちの馬を馬小屋へと連れて行くのだった。
◆◇◆
応接室らしき場所に通された騎士たちは、さっそく本題を切り出す。
「スカーレットフォードの状況確認でございますか……」
「そうだ。スカーレットフォード男爵閣下には一度、サウスベリーにお戻りいただくことが決定した。それに伴い、今すぐに通商禁止令を解除して交易を再開せよとのことだ」
「交易の再開ですか……」
「そうだ。何か?」
「い、いえ……ですが侯爵閣下は――」
「黙れ! これは我が主の決定である!」
セオドリックは大声でそう言い切った。
「そもそも! スカーレットフォードは魔の森の中にある開拓村だろうが!」
「で、ですが……」
「それに! スカーレットフォード男爵閣下は幼い身の上で魔の森に赴かれたと聞いているぞ? いくら不幸な行き違いがあったとはいえ、通商禁止でさぞかしご苦労なさったことだろう。我が主の深いお考えに基づいた措置であるのは間違いないが、街道の整備を怠るなど言語道断! 町長は我が主の顔に泥を塗るつもりか!」
「へ? で、ですから通商禁止は侯爵閣下のご決定でして、封鎖もお喜――」
「ほう?」
「ひっ!?」
「お前は我が主がわざわざ、街道を封鎖しろなどという非道なことお命じになったとでも言うつもりか?」
「い、いえ、そのようなご命令はありませんでしたが……」
「ならば! 街道を整備していなかったというのは町長、貴様の怠慢であろう」
「そんな! 使いもしない街道を整備するなど! 魔の森の中なのですぞ!?」
「なるほど。町長の考えはよく分かった。我が主へは正しく報告しておこう。叛意有り、とな」
「ひっ!? お、お待ちください! どうか! どうかそれだけは!」
「ならば分かっているな? 全力で街道の復旧と整備をせよ!」
「ははっ! 直ちに人夫を集めて参ります!」
町長はそう言って、大急ぎで応接室を飛び出していった。
「各自、休息を取れ。明日よりの魔の森の探索に備えよ」
「「「はっ!」」」
セオドリックの宣言に、他の騎士たちは力強く答えたのだった。
※1 一般にモルタルとはセメントに水と砂を混ぜたものを指しますが、作中では消石灰を使っているため、正確には石灰モルタルと呼ばれる建材となります。
※2 一般に言うコンクリートとはセメントに水と砂に加え、さらに荒骨材となる砂利を混ぜたものです。モルタルに比べて接着力は劣りますが、ひび割れしにくくなると言われています。建物などの建築物に使われている鉄筋コンクリートはそのコンクリートに鉄筋を入れ、引っ張りにも強くしたものとなります。
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