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第61話 追放幼女、川をせき止める

2024/08/23 ご指摘いただいた誤字を修正しました。ありがとうございました

 それから十日後、なんとため池がもう完成したという報告を受け、あたしは二キロほど上流にある工事現場へとやってきた。


 もともと三か月くらいかかると思っていたので、完全に想定外のスピードだ。


「パトリック」

「あ! 姫様!」


 あたしたちが現場に到着すると、今回の工事を任せたパトリックが駆け寄ってきた。


「もう終わったんだって?」

「はい! そうっす! 見てください!」


 パトリックは自信満々に自分の背後を見るように手振りで促してくる。


「どれどれ」


 確認しようと、あたしはそちらに向かって歩いて行く。するとその先には深さが五メートルほどある空のため池が完成していた。地形を利用して掘ったので正確な面積は分からないが、多分奥行五十メートル、幅十五メートルくらいはあると思う。


 水は流れていないけど排水路だってちゃんとあり、さらに上流には人工的に掘られた水路を通って上流から流れてくる水が排水路の先で合流しているのが見て取れる。


「すごい。本当に出来てる……」

「でしょう? これも全部ネイサンのおかげっす」

「ネイサン? ネイサンって、植物博士でしょ? 工事も詳しいの?」

「そうじゃないっす。水路の場所を決めるときに植物を見てもらったんすけど、ネズミの掘った穴があるって言ってたんすよ」

「???」

「そんで詳しく話を聞いたら、ネズミだけじゃなくてイノシシも掘るらしいんすよ」


 イノシシも? あれ? それってもしかして?


「なんかネズミは巣穴を作るのに掘って、イノシシはエサを探すために地面を掘るらしいんすよ!」

「へぇ、そうなんだ。知らなかったよ」


 パトリックは興奮した様子でそう話す。


 なるほどね。やっぱりそういうことか。でも、それなら今後は色んな工事が楽になりそうだね。


「それで試しに姫様のネズすけとボアすけに掘らせてみたんすよ。そうしたらもう! ものすごくて!」

「すごいね。よくそんなこと思いついたね」


 あたしはそう言ってニッコリと微笑みかける。ちゃんと工夫したんだから誉めてあげないとね。


「へへっ」


 パトリックは嬉しそうに鼻の下を擦る。


 ……その指、ちゃんと洗ってよね。


「でですね! あっという間に適当な形の穴ができるんで、あとは姫様に言われたとおり、ゴブすけたちが綺麗にしてったって感じっす」

「それでこんなに早く終わったんだ。すごいねぇ」

「あとは、姫様の取水許可があればもう()められるっす」

「ああ、そっか。そうだね。ちょっとボブに聞いてこないと。今、川の流れを止めていいのか分かんないし」

「そうっすね」

「排水路はちゃんと繋がってるの?」

「言われたとおりの場所で元の川に合流させてるっす」

「そっか。分かったよ。じゃあ、ボブと相談してくるけど、次の工事もできるとこからお願いね」

「はい!」


 パトリックは満面の笑みでそう答えたのだった。


◆◇◆


 あたしは大急ぎで魔の森の中にある畑にやってきた。広大な農地でゴブリンのスケルトンたちが忙しそうに何かの作業をしている。


 そんなスケルトンたちに交じって畑仕事をしているボブを発見した。


「ボブー!」

「おや? 姫様。どうなさいましたか?」

「なんか、パトリックがもうため池完成させたって!」

「えええっ!? もうですか!?」

「うん。さっき見てきたんだけど、ちゃんと出来てた。それで、今から川の水を止めてもいいか聞きに来たの」

「はあ。それは構いませんが、どのくらいですか? 畑には水堀と井戸があるので当面は大丈夫ですが、ずっととなると……」

「あ、それは大丈夫! ひと月も掛からないと思うよ」

「それならば問題ありません。三か月と言われると少し困ってしまいますが」

「それは大丈夫だよ」

「ならば問題ありません」

「分かった。なんかものすごい早く進んでるから、今度畑も増やすかも」

「かしこまりました。お任せください。ですが、この季節からですと作付けは来年になるかもしれませんな」


 ボブはそう言って穏やかに微笑んだ。


「あ! そっか。そうだね。うん。わかった。じゃあ、また相談する。あたしは早く伝えに行かなきゃ」

「はい。行ってらっしゃいませ」

「うん」


 あたしはすぐに畑を出ると、ため池のほうへと向かうのだった。


 そしてその日のうちに取水を開始し、スカーレットフォードを流れる小川の水は枯れることとなったのだった。


◆◇◆


 それからしばらく経ったある日、サウスベリーにある侯爵邸の会議室にサウスベリー侯爵、ブライアン、そしてすっかり禿げ上がった人相の悪い老人の三人が集まっていた。


 この老人の名前はマクシミリアン・タークレイ、タークレイ商会の会頭である。


 まずはサウスベリー侯爵が口を開く。


「ふむ。クラリントンの近くに金鉱脈がある可能性があるだと?」

「はい。この前の大雨のあと、大量の砂金が流れてきたそうです」


 ブライアンがそう答える。


「だが、砂金はどの川にでも多少はあるのではないか?」

「はい。ですが、ほんの数日で報奨金の予算が尽きてしまうほどだったそうです。これは大雨によって上流のどこかで土砂崩れなどが起き、大規模な金鉱脈が削れたと考えるのが自然でしょう」

「なるほど……」


 サウスベリー侯爵はたぷたぷの(あご)から生えたひげをさすった。


「マクシミリアン、タークレイ商会としてはどう思う?」

「はっ。それだけの規模での流出があったとなると、かなり大規模な鉱脈があると見て間違いないでしょう。我々タークレイ商会であれば採掘から運搬、精錬、商品加工まですべてをお引き受けできます。ただ、探鉱となると問題がございます」

「問題? 何がだ?」

「場所です。クラリントンは魔の森に面しており、その川は魔の森から流れてきているのです」

「ふむ……」


 サウスベリー侯爵は再び顎ひげをさする。


「ブライアン、どう思う?」

「はい。クラリントンはスカーレットフォード男爵領と接しております。ですので、まずはスカーレットフォード男爵位を回収すべきではないかと」

「ん?」


 サウスベリー侯爵はなんのことだか分かっていないようで、虚空を眺めながら固まってしまった。


「はて? なんの話だったかな?」

「呪われたあの女です」


 その言葉を聞いたサウスベリー侯爵の表情は嫌悪に歪む。


「ちっ。そんなのもいたな。忌々しい」


 サウスベリー侯爵はそう吐き捨てた。


「まさか、アレはまだ生きているのか?」

「わかりません」


 ブライアンの回答にサウスベリー侯爵は怪訝そうな表情を浮かべる。


「どういうことだ?」

「以前、タークレイ商会から、スカーレットフォード男爵領との取引をすべて停止してほしいとの要請を受け、私が許可を出しておきました」

「ほう。となると……」

「はい。スカーレットフォード男爵領では物資が足りず、大変なことになっているはずです。もしかすると魔物に襲われ、全滅しているかもしれません」

「それならば難民がクラリントンに流れてきているのではないかね?」

「取引停止の話を受けてクラリントンの町長がスカーレットフォードへの道を封鎖したそうです。その結果、現在では完全に人の行き来が途絶えています」

「おお! ならばとっくに野垂れ死んでいるだろうな! 素晴らしい!」


 サウスベリー侯爵は満面の笑みを浮かべてそう言った。


「となると、爵位を回収しておかねばな。譲渡証明書は……まあ、焼失したことにでもしておくか。魔の森の中だ。陛下も確認などなさるまい」

「お待ちください」

「なんだ? ブライアン」

「念のため、まずは証明書を回収すべきです。万が一、スカーレットフォード男爵が生き残っていた場合に大変なことになります」

「何を言っている? 八歳の子供に一体何ができるというのだ。アレはあの女のせいで魔力がかなり強かったようだが、所詮は子供だ」

「ですが、以前ご報告したとおり、村を乗っ取っていたごろつきどもを従えています。存外、しぶとい可能性を考慮すべきでしょう」

「むむむ……そんなこともあったな。だが、ブライアンがそこまで言うのならそうしよう。もし生きていたらどうする?」

「一度、本家に戻してやりましょう。親として甘い言葉でも掛けてやれば、あのぐらいの年齢の子供はすぐになびくはずです。その上でまずは爵位を回収し、時機を見て別の爵位を与えて独立させるのがよろしいかと」

「……そうだな。仕方ないが、そうしよう。となると……ちっ。魔の森の中というのは厄介だな。まずは騎士を送るか」

「はい。まずは小規模な探索部隊を派遣し、スカーレットフォードの状況を確認させるのがよろしいかと思います。また、魔の森ですので万が一を考え騎士だけでなく騎士爵も最低一名は入れましょう」

「そうだな。となると……」


 それからもサウスベリー侯爵たちは今後の計画について話し合うのだった。

 次回更新は通常どおり、本日 20:00 を予定しております。

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[良い点] 獲らぬタヌキのなんとやら
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